翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第三十七回配信 3%の敗北


世論調査会社ギャラップ社によると
「サダムフセインを権力の座からひきおろすために
(地上軍を使って)米国は軍事行動を起こすべきか?」
という質問に対する世論調査の結果は、
過去10年間現在まで一貫して50%以上がイエスだそうです。
3月14-15日に同社が行った同様の調査でも、
侵攻に賛成が64% 反対は33%でした。

一方で、ニューヨークとロサンゼルスを含む全米の
140もの都市が何がしかの反戦決議を採択したそうですし、
昨年末以来、全米各地の都市で、
ニューヨークで50万人、サンフランシスコで20万人
というように非常に大規模な反戦デモが行なわれてきました。
"ベトナム反戦運動以来"と形容されています。

多様性こそがアメリカの本質のひとつなので
「アメリカ人」をひとくくりで考えることに
無理があるのは分かっているのですが、
イラク攻撃に関する世論調査の結果が本当に正しいのか?
懸命に戦争に反対してデモで通りを埋め尽くしている人達は
本当に少数派なのか?
納得いかない思いが日に日に募ってきました。

アメリカ人の大半が、なぜそんなに単純に
イラクに対する軍事行動を
"今"行うことを支持できるのでしょうか?


ひとつにはアメリカでは湾岸戦争以来ずっと
"サダム・フセインは鬼畜である"と
喧伝されてきたことが理由に考えられます。
クェート侵攻時のイラク軍の悪行のイメージが
アメリカ人のフセイン像のベースになっているところに、
折に触れて悪者サダム報道がなされてきました。
例えば全米ネットワークのプライムタイムのニュース番組で
"元***が語る、サダムフセインの真実!"
みたいなインタビューが企画され、
サダム・フセインの元愛人とされる女性とか
核兵器開発を強制された亡命イラク人科学者とかが登場し、
拷問ビデオをサダム・フセインが喜んで鑑賞していた、とか
何かの理由で逮捕された父親の自白を引き出すために
逮捕者の子供たちが拷問されていた、
なんて話を切々とするわけです。
こういった証言はその後TV・新聞などそこここで引用され、
話の内容だけが"事実"として定着してゆきます。
そういった"事実"をもとに判断すると
確かにサダム・フセインは極悪人ということになるし、
圧制下にあるイラク国民を助けてあげたくなるのも、
それは人情ですよね。


それから、9-11のテロ以降続く
政府批判自粛ムードも
世論形成に裏から影響を与えているかもしれません。
どうもTVやラジオのスポンサーが、
保守的な視聴者層の動向に神経質になっているらしく、
俳優でもコメディアンでも、ミュージシャンでも、
公然と反戦をとなえたり、
イラク問題について政府を批判したりすると、
有形無形の不利益をこうむるようです。
俳優ではマーティン・シーン、ショーン・ペン、
コメディアンではビル・マー
ミュージシャンではディクシー・チックスなんかが
政府批判や"失言"がらみで話題になりました。
結果として、
政治的にアクティブでない大半のTV出演者は、
イラクやテロのことを話すときは言葉を選んで
発言するムードがありありです。


もう一点、9-11以来ずっと続いている現象として、
「テロが起こるかもしれない」と考える生活に
アメリカ人が疲れてきた、ということがあると思います。
特にへんてこなテロ警報システムを
昨年3月に国土安全保障省が導入して以来、
テロ情報疲れが顕著になっています。

テロ攻撃の危険を 
/危険度:重大
オレンジ /危険度:高
黄色 /危険度:やや高
/危険度:注意
/危険度:低

と5段階にわけて今現在の状況を発表するのですが、
連邦政府機関がなにをしなくてはいけないかは、
段階ごとにきちんと決まっています。
例えば赤になったら、政府施設と公共施設が閉鎖になります。
でもそれぞれの段階で、国民がなにをどうする
べきなのかはなにも決まっていません。
また当然ですが危険度を判断する根拠となった
FBIやCIAの情報は明示されず、
突然「テロ危険度は今日から"オレンジ"です」と
発表されて終わり。
最悪なのは、レベルが上から2番目のオレンジになると
どこどこの橋が危ないかも、どのビルが危ないかも、
なんてかまびすしく報道される一方で、
危ないといわれた地元の知事や市長が、
「テロの恐怖に屈しないで平常どおりの生活を」
と市民に呼びかけたりすることです。
結果的に社会的なダブルバインドを引き起こし、
個々の市民には、危険は高まっているけどなにも出来ない
という嫌な無力感だけが残ります。

この無力感から逃れるために
おまじないまがいのルールを
日常生活に持ちこむ人もでてきます。
先月、テロ警報がオレンジのときに
たまたまニューヨークに行っていたのですが、
同行の取引先が地下鉄に乗りたがりません。
おりしも観測史上4番目の大雪で、
タクシーなどまったく走っていないのに
ひたすら地下鉄を嫌がります。
よくよく問い詰めたところ、
カリフォルニアから出張してきた取引先は白状しました。
ドルフ・ラングレンをいいひとにしたような感じの
男なのですが、
「東京の地下鉄でサリンのテロがあっただろ。
妻が心配して『NYの地下鉄に乗らないで』って言うんで、
『乗らないよ』って約束してきちゃったんだ。」
とのこと。
「地下鉄でテロにあうより、
 大雪の中うろうろして風邪引くリスクの方が
大きいでしょ!」なんて議論をしていたら、
奇跡的にタクシーが通りがかり、事無きを得ました。

滑稽に思えますがこの手の逡巡は意外と一般的らしく、
マンハッタンでなにか発生して渋滞がおこったときに
備えて自転車を買っておこうかとおもったけど、
馬鹿馬鹿しくなってやめた、なんてNY在住の人の話も
ききましたし、テロの警戒レベルが上がると、
近所のスーパーマーケットでは
微妙に飲料水の売上が上がるそうです。
「微妙に」というところに
お客の逡巡があらわれていると思います。

アメリカ国民のテロに対する無力感は
テロ警報システム導入後あきらかに増幅しています。
忘れた頃にレベルが上がったり下がったりする
テロ警報のために、多くのアメリカ人の心のどこか一部分が
不安のパンチドランカーのようになっているのです。

アルカイーダに限らず国際的なテロ活動と
イラク政府の協力関係を確信させるような情報は
まだ出てきていないと思うのですが、
こういった不安と無力感が、
対テロ戦争としてこじつけられた
イラク侵攻に対する支持への
心理的なベースになっている気がします。
なんでもいいからアメリカに対する具体的な脅威のひとつを
主体的に取り除く行為を目の当たりにしたい…
個人ではなにも出来ない苛立ちと不安の裏返しです。

日本で「アメリカ人はテロの恐怖に怯えており…」
式のことを気軽に発言される方がいますが、
現実はもう少しだけ複雑なんじゃないでしょうか。


そして最後に、なぜ"今"攻撃することに
アメリカ世論は賛成なのかという疑問がのこります。

国連決議に反して大量破壊兵器を
開発・保持しているイラクはけしからん、
しかも国連決議を12年間も無視しているので
国連での議論やもう数ヶ月の査察など待てない、 
というのがアメリカ政府の説明でした。
このような説明と武力行使に関する国連での議論、
そして国連機関による査察作業を
アメリカ国民はどのように判断したのでしょうか。

ギャラップ社は、先だって3月14−15日、
17日に国連安保理でイラク侵攻に関しての
決議が行なわれるという前提で、
以下のような条件をつけた世論調査をしていました。

・合衆国が国連決議を提案しそれが国連で承認された場合

イラク侵攻に賛成 78%
反対 19%
意見無し 3%

・合衆国が国連決議を提案しそれが国連で否決された場合

イラク侵攻に賛成 54%
 反対 43%
意見無し 3%

国連安保理での議論を条件に入れたとたんに、
イラク侵攻賛成が79%から54%にまで減少しています。
第三十一回配信「US対UN」で
ロビイストや米国世論一般が米国議会を動かした結果として、
国連の財政難がおこっているというお話をご紹介しました。
このようにアメリカの世論が米国議会を通じて
国連を振り回すことが多いのに、
今回はめずらしく世論が国連での議論に引きずられています。

イラクの武装解除についての国連決議1441が
可決されたのが昨年11月。
それ以来、アメリカのジャーナリズムは
来る日も来る日も国連での議論と査察の状況を
報道しつづけてきました。
毎日毎日国連のニュースを見せ続けられたおかげで、
国連の地位を相対化しようとする政権の意図とは裏腹に、
国連の重要性が一般に浸透してしまったのではないか、
というのがすずきちの説です。

例えば、安保理で最後まで米国に非協力的だった
フランスへの反感が米国内で高まりました。
安保理での新決議を行うことが必要である
という認識が一般に高まっていたために、
言うことをきかない常任理事国である
フランスへの反感がことさら強くなったのだと思います。

実は、3月14-15日のギャラップ社のこの調査は、
17日に現実となったケースについても質問しています。

・ 合衆国が国連に決議案を提出しないこととし、
 国連での新決議なしで軍事行動を遂行すると発言した場合

イラク侵攻に賛成 47%
 反対 50%
意見無し 3%

3%ですが反対意見がまさっています。

ただし時既に遅く、
イラクでの戦争がはじまってしまいました。
TVは一斉にGPS爆弾の精確さなどを
喧伝し始めています。
大きな切開なしに患部だけをとりのぞく
内視鏡手術のようなイメージが
この戦争について醸成されつつあるようですから、
気まぐれなアメリカ世論は、
議論にあけくれた閉塞感から解放され、
イラク侵攻への支持率をふたたび上げるでしょう。

でも3月14-15日の段階で一瞬だけ、
・10年以上にわたって確立した悪者サダムのイメージ
・9-11以降の、マスコミで政権批判をしづらい雰囲気
・テロに対する個人の無力感と不安の裏返しとしての、
 広い意味での対テロ行動一般への支持
などの条件がそろっていたにもかかわらず、
ブッシュ政権は、"今"イラクに侵攻することについて
世論の支持を得ることに敗北したのです。

国連の承認が得られず、
それでもイラク国民を解放し民主化するために
敢えて戦争を行うのならば、
せめてアメリカの国内世論くらいは
完璧に仕切っておいて欲しかったなと
すずきちは思いますけれども。

2003-03-21-FRI

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