翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第三十六回配信 ゴジラ法案


アメリカのクリスマスのテレビ番組の定番として
以前『素晴らしき哉、人生』をご紹介しました
(第二十五回配信)。
2002年のクリスマスのプライムタイムでも
NBCネットワークでちゃんと全米放送されたこの映画、
実は1946年の劇場公開当初の成績は芳しいものでは
ありませんでした。
製作費318万ドルに対して配収が330万ドル。
かろうじて元が取れているようにもみえますが、
製作費の他に宣伝費などがかかっていますから、
興行的には失敗だったといえます。
またこの映画はこの年のアカデミー賞作品賞に
ノミネートはされたものの、
受賞したのは配収でも1130万ドルを稼いだ、
『我等の生涯の最良の年』
(ウィリアム・ワイラー監督)でした。

興行成績・アカデミー賞レースいずれにおいても
成功とはいえなかった『素晴らしき哉、人生』は
普通ならそのまま、知る人ぞ知る作品として
映画史のどこかに埋もれる運命だったのです。

そんな映画に大きな転機が訪れたのは1974年のことです。
事務手続きの落ち度で、
この作品の著作権の保護期間が終了してしまいました。
今でこそ95年間という長期間にわたって保護される
アメリカ映画の著作権ですが、
当時は著作権を保護するのに政府に登録する必要があり、
その更新の手続きを怠ってしまったのです。

著作権フリーになって
誰にもお金を支払わずに放送できるようになった
この映画をたくさんのテレビ局が放送しはじめました。
それをきっかけとして『素晴らしき哉、人生』が
多くの人の目に触れることになり、
作品の素晴らしさが認知され
不朽の名作としての地位を築いたのです。

著作権の保護期間はヨーロッパでもアメリカでも
長くなる方向にあります。
アメリカでは 1998年に著作権保護期間が延長され
個人の著作物に関しては著者の死後50年から70年へ
映画など企業の著作物に関しては
発表後75年から95年へ延長されました。
ディズニーによるミッキーマウスの
アニメーション映画第一作
『蒸気船ウィリー』(1928年)の著作権保護期間が
2003年に切れるタイミングを見計らったかのように
改正されたのでミッキーマウス保護法とも揶揄された
法律です。

「知的財産は使うためにある」でも紹介されましたが、
巨大エンタテイメント企業に雇われた
弁護士やロビイストなど
本来文化や創造性を語るべきでない立場の人達が、
いたずらに既存の作品の権利を守るために
訴訟や立法を推しすすめているのではないか?
その為に、社会全体の創造性が失われてゆくのではないか?
と危惧するスタンフォード大学法学部の
レッシグ教授のような人達も現れました。
アメリカでは著作権の保護期間が
過去40年間に11回も延長されたらしく
そんな際限のない著作権延長は、表現の自由を謳った
合衆国憲法修正第一条違反しているとして、
稀少本の出版業者エルドレッドとレッシグ教授は
違憲訴訟をおこして最高裁までいって争っています。
結局、このミッキーマウス法の違憲訴訟は、
最高裁で判決が出て負けてしまいましたけれど。

さらに著作権解放派の主張では、
映画のフィルム原版は
95年間もの保管に耐えるようにできていないのに、
著作権保護の名目のもとで、商売にならない作品は
単にお蔵入りにされる傾向があるが、
お蔵入りにして作品そのものがダメになるのを待つよりも、
作品を公共所有物(パブリックドメイン)にして
みんなが利用できるようにすべきだ、
ということになるようです。

確かに今となっては、
無名で商売にならない映画だった『素晴らしき哉、人生』が、
著作権フリーになったおかげで何回もTV放送されて
再評価されました、めでたしめでたし…
というような出来事はおこならなくなってしまいました。

またインターネットの普及と、各種デジタル技術の成熟で、
いろんな分野の作品の共有や加工が容易になっていますから、
レッシグ教授ら著作権解放派が主張するような
著作権を条件つきで解放した作品を
アーティスト達がインターネット経由で共有しあって、
エンタテイメント企業の弁護士たちの介入や
不毛な訴訟合戦に巻き込まれずに、
より自由で創造的な活動をしよう!
という「クリエイティブ・コモンズ」という考え方には
物凄い可能性があると思います。
ことに音楽や文学(テキスト)はデータの容量が
小さいですからオリジナルと完全に同じクオリティの
作品の"クローン"をインターネット上で
手軽に共有することが可能です。

実際に、音楽創作に関しては、
現状のインターネット環境で作品のクローンを
やりとりすることが可能なこともあり、
レッシグ教授が運営委員会の議長をつとめる
クリエイティブ・コモンズのサイト上でも既に
さまざまなコラボレーションが実現しているようです。

ただ映画の場合はちょっと事情が違うんじゃないかと
すずきちは思っているのです。
映画(動画)の場合はデータが巨大になりますから、
今日現在で言うとインターネット経由で共有できるのは、
オリジナルからかなりの劣化を経た"コピー"だけです。
DVDなら、普通に鑑賞するには十分以上の画質ですし、
コンピュータ上で利用するのに適したフォーマットですが、
35mmのフィルムに比べたら、
依然として圧縮のかかった映像でしかありません。

映画に関していえば、35mmフィルムで撮影された作品の
"クローン"と呼ぶことができるフォーマットは、
動画映像の解像度まで考えると、
デジタル・ハイディフィニション(デジタルHD)の
ビデオということになるでしょう。
いったん映画をデジタルHD化してしまえば、
そのデータはハードディスクや磁気テープなど
いろんな形態で保管できますから、
フィルムの物理的劣化を恐れる必要もなくなります。

ただ問題なのは、過去の映画作品のクローンを
保存しかつ共有するために不可欠な過程となる
映像のデジタルHD化に
けっこうな手間とお金がかかることなのです。

旧い作品のフィルム原版の映像をデジタルHD化するには、
フィルムの映像をHDのビデオに収録(テレシネ)し、
収録された映像をPC上にとりこみ色調を補正し、
またフィルムの汚れや傷に由来する画像の汚れを
映像修復用のソフトウエアを使って
デジタル映像エンジニアが一コマ一コマきれいにする...
という気の遠くなるような作業を行ないます。
お金がかかるのです。

ちなみにこういった、
HDテレシネとコンピュータによる映像の修復の
組合わせによって、過去の作品のフィルム・アナログ映像を
デジタルに置き換える技術が成熟してきたのは、
ハリウッドにおいても98〜99年以降のことです。
そう考えると、98年というタイミングでおこなわれた
アメリカにおける著作権延長は
ミッキーマウスの著作権消滅を先延ばしにする、
なんていうさもしい目的以上の
大きな意味のあるものだったのではないでしょうか。
著作権が延長されたおかけで、
映画会社が過去作品のデジタルHD化投資を行った場合に、
投資回収のために権利を独占できる期間が長くなりました。
過去の作品をデジタル化して市場に再投入し
かつ作品を劣化しない形で恒久的に保存することが
容易になったのです。

1952年製作の『雨に唄えば』は 
著作権が保護されているおかげでデジタル化され、
生き返った映画の代表的な例です。
ミュージカルの代名詞ともいえるこの映画ですが、
火事でネガ原版が焼失してしまっていました。
この作品の権利を持っていたMGMは90年代の終わりに
残っていたフィルムを寄せ集めてPC上に取り込み、
デジタル上で修復し、見事に作品をよみがえらせました。
その新しくよみがえった映像を使って昨年2002年には
作品の50周年記念DVDを発売されています。
私たちがこのDVDで、
数々の豪華絢爛なダンスシーンが鮮明な色彩と
瑕一つない美しい映像で再生されるのを楽しむとき、
一度は火事で失われた映画を生き返らせようと頑張った
デジタル映像エンジニア達の思いも
一緒に堪能しているのです。

ちなみに日本映画の著作権保護期間は
去年までは公開後50年間。
仮にアメリカの著作権保護期間が日本と同じだったら、
1952年に製作され2002年で権利が消滅する作品のために
90年代の終わりに投資する会社はないでしょうから、
『雨に唄えば』は灰燼に帰したまま
永遠に失われていたことでしょう。

日本でも法律が改正になって70年間へと
映画の著作権の保護期間が延びるはずですが、
早くしないと今年、小津安二郎監督の代表作
『東京物語』(1953年)の権利が消滅してしまいます。
さらにほうっておくと来年は
1954年に製作された『七人の侍』と『ゴジラ』(第一作目)
の権利が切れます。
各種の著作権に関する国際条約によると、
その作品が本国の法律で保護されている期間に限って
他の締結国でも著作権が保護されるルールになっている
ようですから、これらの名作の著作権保護期間が
日本の法律で終了した瞬間に、
粗悪な品質のビデオ製品なんかが
勝手に製造され「正規品」として
市場にでまわる可能性があります。
当然ですがそういった製品がいくら売れても
日本の製作者には一銭もお金が入ってきません。

"ミッキーマウスとディズニーのために
著作権保護期間が延長され続けている!"
なんて批判がまきおこると、根拠のないやっかみもあって
とんでもない不正がまかり通っているような気になります。
でも映画ファンとしての立場でいえば、
フィルムからデジタルHDへの変わり目という
今日現在のタイミングで、
どこの国といわずに著作権存続期間を
20年くらい延ばしてあげることで、
瑕ひとつなくよみがえった過去の作品を
もう一度楽しむチャンスがふえるのです。
そして日本映画に限っていえば、
小津や黒澤やゴジラが活躍した日本映画の黄金期の作品が
海外での勝手な利用から守られるようになるわけですから、
歓迎すべき延長なんじゃないかと思います。

守りたくありませんか?ゴジラ。

2003-02-17-MON

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