翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第三十四回配信 a

日本人が一般的に不得意とする英文法のひとつに、
冠詞の用法があります。
不定冠詞aと定冠詞theの使い分けとか、
不定冠詞をとらずかつ複数形にもならない単語とか、
冠詞なし単数形と不定冠詞付単数形とで意味が違う単語とか、
いろいろややこしいです。
仕方ないのですずきちは、
文法的に問題ない限り、極力複数形の単語を使うようにして、
冠詞自体を避けるようにしています。情けないです。

ただ英語ネイティブの間でも特に話し言葉になると、
冠詞がうっかり欠落したりするというのは
結構頻繁におこる間違いです。

有名な言いまつがいの例としては
1969年7月20日アポロ11号で人類として月面に立った
ニール・アームストロング船長の有名なセリフがあります。

That's one small step for man,
one giant leap for mankind.

というセンテンスですが、ここで冠詞の使い方が問題になります。

不定冠詞つきでa manといったときは、
"ひとりの人""ひとりの男" という意味ですが、
冠詞なしでmanといったときは
"人間一般""人類"という意味になります。

ですから、よく知られているように
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、
 人類にとっては巨大な跳躍である」
といいたいのであれば本当は、

That's one small step for a man,
one giant leap for mankind.

というべきだったわけです。

ところが実際の月面でのセンテンスは、
字句どおり解釈した場合、
「これは人類にとって小さな一歩だが、
人類にとっては巨大な跳躍である」
…って、小さいのか巨大なのかはっきりしろ!
という意味不明の発言でした。

もっとも彼が言わんとしたことは、
正に世界中が瞬時に理解したので、
アームストロング船長のいいまつがいに対して
目立った突っ込みをいれた人は、当時いなかったようですね。
そればかりか、通信の状態の関係で、
"a"が聞こえなかっただけだったんだよ、
という俗説まで一瞬生まれたそうです。
それでも結局、この世紀の言いまつがえについては、
船長自身が言い間違いだったと後日認めることになりました。

それにしてもあまりに有名な、
今日でも引用されることの多いこのセンテンスですが、
引用者のこの間違いに対する対応はいろいろです。
実際のセンテンスをそのまま使用する場合あり、
"small step for (a) man" とカッコつきで付け足す場合あり、
なにごともなかったかのように
"small step for a man"と文法どおり表記する場合あり、
文章の書き手の考え方や趣味によるようです。
しかし、アポロ計画から30年以上たったあとも
aいっこのことで右往左往しなくちゃいけないなんて、
冠詞ってつくづく恐ろしいと思います。

そういえば、今年のあたまくらいからずっと、
「アポロ計画の有人月面着陸はなかった。
月面の映像は地球上で撮影されたものだ」という
陰謀論がはやっているようですね。

日本でもアメリカでもこの陰謀論を主張する
サイトが結構ありますが、ひとつ違いがあります。
日本のサイトでは、このアームストロング船長の台詞を
ショーアップされた台詞と解釈して
捏造説の根拠のひとつにしてしまうのですが、
アメリカのサイトではこの有名な台詞に対しての
言及はありません。
あたりまえですよね、捏造撮影説に立った場合
こんな、冠詞いっこあるかないかの違いの
中途半端な言いまつがいは、
撮影現場で速攻でNGとなっているべきものです。
陰謀論者にとっては無視するしかない出来事なのです。

陰謀論を振り回すと、自分が賢くなった気がしますよね。
世の中の秘密を知っているのは自分だけだ、
という高揚感すらあります。
ただそれは実際のところ、陰謀を前提にしさえすれば、
世の中の出来事は何でも説明できてしまうというからくりに
気がついていないだけなんですよね。

ですから暇つぶし以外の目的で、
陰謀論を振り回すのは止めたほうがいいですよね。

だいたいにおいて、おなじ暇つぶしなら、
69年から現在までしつこくジャーナリストを困らせている
世紀の言いまつがいを生んだほどの
アームストロング船長の緊張感、
月面へ、はじめて一歩を踏み出した男の、
その瞬間のものすごい緊張感と興奮を想像してみるほうが、
よほど楽しくてためになることだと思えるのですが。

2002-12-04-WED

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