翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第三十三回配信 アメリカ人は、何故銃を使うのか。

アメリカ人は何故銃を使うのか?
この疑問に答えるようなドキュメンタリーが
最近話題になっています。
今年のカンヌ映画祭で
「55周年記念賞」を満場一致で受賞した、
つーか映画のためにその賞をつくらせてしまった、
「ボウリング・フォー・コロンバイン」(マイケル・ムーア監督)。
このドキュメンタリーは、
アメリカの銃文化を追いかけてゆくことで、
その背景にある社会の歪みを立体的に明らかにしてゆきます。

雪だるまに長距離大型トラックドライバーの
服装をさせたような風貌の男、
マイケル・ムーアはミシガン州フリント出身。
子供の頃から銃に親しむ環境で育ち、
少年時代には射撃大会で優勝した経験もある、
全米ライフル協会(NRA)の長年の会員です。

ただ彼は疑問を持ちます。
銃により殺害された人数は年間、
ドイツで381人、フランス255人、カナダ165人、
イギリス68人、オーストラリア65人、日本39人。
そしてアメリカ 11,127人。

他の国とアメリカとは、なにがそんなに違っているのか…

この辺の語り口は、最近日本でも話題の
彼の著書「アホでマヌケなアメリカ白人」
(Stupid White Men)と一緒です。
多彩な統計数字を大量に援用しつつ
常識に挑戦するような主張に説得力を持たせるスタイル。
そしてドキュメンタリーの手法は、
彼が自分のTV番組でとっていた
突撃取材のゲリラ・ビデオ スタイル。
昔の「電波少年」の松村邦洋ばりに
ときにアポなしで体当たり取材の旅のはじまりです。

まず訪れるのは、預金口座を開設すると景品として
ライフル銃をくれるミシガン州の銀行です。
ここでは銀行員が、
「当店は500丁の銃の在庫を常備しており、
銀行業の免許と銃取扱店の免許をもっております」
と胸をはります。
次に訪れたミシガン・ミリシアは
頼まれてもいないのに迷彩服を着込んで
寒空のもと射撃訓練をつづけるボランティア軍事団体。
訓練地のテントにおむつがとれない幼児まで同伴です。
こんな風に、カジュアルすぎるアメリカの銃のあり方を
カリカチュアライズして紹介して見せた後、
映画は、さまざまなアイロニーを告発し始めます。

99年4月、二人の男子生徒が高校で銃を乱射、
15人の死者と23人の負傷者をだした
コロンバイン高校の銃乱射事件は
全米にたいへん大きな衝撃を与えました。
当時、この事件が起きたコロラド州リトルトンは
デンバー郊外の平和で閑静な住宅街と報道されましたが、
この誰も想像しなかったような大量殺人がおこった町の
最大の企業は、世界最大の大量殺戮兵器製造企業、
ロッキード・マーティン。
そして高校の生徒の両親の多くも
同社の従業員であるというアイロニー。
コロンバインの事件がおこり
かつてない凶行に全米が恐れおののいたまさにその日、
クリントン政権はユーゴスラビアで、
紛争中最大規模の空爆を行なっていたというアイロニー。
そして、マイケル・ムーアは、
168人の命を奪い多くのけが人をだした95年の
オクラホマシティ連邦ビル爆破テロの犯人のひとり、
テリー・ニコルズの兄にインタビューします。
テリーの兄ジェームズは、
政府への不審を隠さず、とり憑かれたかのように
市民が武装することの重要性を語りますが、
本業は、健康食品トーフ用の大豆農家として
無農薬・有機栽培の大豆を生産しています。ヘルシーです。

観客は時に大笑いしながら、
銃と暴力をめぐるアイロニーの迷路に迷い込んでゆきます。
アメリカで何が起こっているのか? 何がおかしいのか?

まず映画は、
総世帯数1千万に対して700万丁の銃が普及している
カナダでの銃犯罪の少なさを例示しながら、
銃の普及自体が問題の本質でないと指摘します。
そして アメリカの銃による暴力の背景を、
南カリフォルニア大学の社会学者バリー・グラスナーの説、
「恐怖の文化」により説明しようとします。
アメリカ人は、
恐れる必要のない間違った対象に常に恐怖心を抱いており、
その恐怖が様々な歪みを社会に与えているのでないか
という主張です。

さまざまな都市伝説やとるにたらない危険が
大げさに報道され人々の恐怖心をあおる一方、
貧困や失業などアメリカが抱える
本当の問題が見過ごされているのではないか?
映画は静かに質問しつづけます。

ミシガン州フリント。
地方政府の援助プログラムのもと、
1日5時間の通勤時間を費やして
低賃金の仕事をふたつかけもちし、
それでも家賃が払えずに家を追い出された
シングルマザーがいます。
家を追い出されて彼女は6歳の息子を
おじさんの家に預けますが、
少年は預けられた先でたまたまみつけた銃を
学校へもってゆき、
同級生の女の子を殺害してしまいます。

本当の問題は、銃なのか? 貧困なのか?

そして最後に、
映画はドキュメンタリーであることを飛び越えて、
そんなアメリカ社会の歪みに、ささやかな反撃を試みます。

マイケル・ムーアは、コロンバイン高校で事件に巻き込まれ、
まだ銃弾が体に残ったままになっている
少年たちに提案をします。
"犯人の高校生にセミオートマチック銃の銃弾を売った
Kマートへ「返品」に行こう"。
マイケルムーアと 被害者の少年二人は
ミシガンのKマート本部へアポなし訪問。
体に残ったTEC-DC9セミオートマチック銃の銃弾を
返品したいとKマートの担当者へ伝えます。
その場で返ってきたのは「上のものに伝えます」という
広報担当者のおざなりな返事でした。
しかし翌日、ふたたび同社を訪問した三人は、
自分たちがKマートの英断を引き出したことを知ります。

またさらに彼は、
NRA会長チャールトン・ヘストンの
ビバリーヒルズの豪邸へ、
観光客向けのスターマップを頼りに
とぼとぼとアポなしで出向いてゆきます。

コロンバインの乱射事件のわずか数日後に
コロンバインから目と鼻の先であるデンバーに
NRAの大会に参加するために登場し、
フリントでの6歳の少年による事件の数ヶ月後、
まさにそのフリントで開催されたNRAの大会に参加した
チャールトン・ヘストンに直接意見をきくためです。

ずいぶん内容をつっこんでご紹介してしまいましたので、
Kマートの英断についてと、
チャールトン・ヘストンへのアポなしインタビューの
結果については、是非映画館でご確認ください。
来年早々には日本でも公開になる予定のはずです。

テーマが銃だけに、撮影取材中には
「たかが映画なのに、死にたくないよ」
と監督が素で後悔する瞬間すらあった、命がけの映画です。
また、映像作品としても、ニュース映像あり、
「サウスパーク」のクリエイターによる
オリジナル・アニメーションあり、
そしてコロンバインの乱射の最中に記録された
防犯カメラの衝撃的な映像あり、で盛りだくさんです。

優れたドキュメンタリー映画は
時に観客の世界の見方を
永遠に変えてしまうような力を持ちますが
「ボウリング・フォー・コロンバイン」は
まさにそんな作品の一つです。
タイプは違うし古い映画ですが「ゆきゆきて、神軍」が
日本社会に与えたような衝撃をアメリカ社会に与えた映画、
アメリカの銃文化に関する常識を
まさに弾丸が貫くように打ち壊す映画といえます。

アメリカでは10月13日に、全米たったの7館で公開。
すずきちは最初の週に観に行きましたが、
比較的年配の観客でほぼ満席の客席は
極めて素直にところどころ大爆笑し
そして深く衝撃を受け、最後に大喝采を送っていました。
刺激の強い映画をアメリカでみると
なぜか劇場に必ず一人はいる、
いちいちOh!とかNo!とかうめいて
こっちの集中力を乱すおばさんも、
当然のようにいましたけれども。

公開後しばらくは、
ワシントンDC近郊の連続狙撃事件の緊張が高まるなか、
宣伝を一時自粛し、盛りあがりに欠ける展開でしたが、
10月24日に狙撃犯たちが逮捕されてからは、
スポットCMが復活。
上映館数も公開6週目で248館まで増えていますし、
興行収入ランキングでは11位まであがっています。
トップテンには全米2000館以上で劇場公開されている
エンタテイメント大作が軒並み並んでいる中での
11位ですから大変な快挙といえるでしょう。

映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」は
アメリカ人は何故銃を使うのか、と問い続けることで、
アメリカ人が他者とどう向き合うか、そして、
アメリカという国が他の世界全部とどう向き合うのかを
あきらかにしています。
監督自身がTVインタビューで語った言葉を借りれば、
「誰かが武装して、攻撃してくるかもしれない。
 だから先に攻撃しよう」という恐怖があり、
そしてその恐怖の背後に、
見落とされているたくさんの事実があるのです。

最近のアメリカの主要報道機関の報道や
中間選挙の結果なんかを見ている限り、
まさに「イラクが核を持って、攻撃してくるかもしれない、
だから先に攻撃しよう」という方向で、
国論がまとまっているように見えるかもしれません。
でも、この映画の成功が示しているように、
そういった恐怖を乗り越えようとする理性の力も
まだまだアメリカは持ち合わせているのだと思います。。

2002-11-21-THU

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