翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第三十回配信 アメリカ対Mundial

今年5月、ワールドカップ開幕前にアメリカの
マスコミが気紛れをおこしてこの話題を取り上たとき、
「ワールドカップ」のことを、彼等は
FIFAワールドカップトーナメントとか
ワールドカップサッカートーナメントとか
呼んでいました。
とくにラジオでは、他のスポーツやチェスの
ワールドカップと映像なしで明確に区別するために、
こんな長ったらしい呼び方をしていたようです。

アメリカではむしろ女子サッカーが人気のため
記事によっては「2002年男子ワールドカップ」という
屈辱的な表現さえみかけました。

下馬評でも、
「プレミアリーグで活躍する選手も代表に多いし、
 アメリカチーム今回は強いです!
 絶対にビリってことはありません!」
なんて調子。 しかも解説イギリス英語。
今となっては誰も覚えちゃいない
フランス大会でのアメリカ代表の成績を
(日本同様予選リーグ3戦全敗なるも、
得失点差でアメリカが最下位になってくれました)
引き合いに出すなんて寝た子を起すようなことをして、
本当に応援する気があるのか? と思ったものです。

よく知られているようにアメリカでは、
その他の世界全部と違い、
命がけの熱狂も、震えるような神聖さも
とけいってしまうような陶酔も、
サッカーに見出しません。

例えばTV放送。
ワールドカップの放送権の世界的な元締めとなるべく
FIFAと巨額の放送権契約を結んだ
ドイツのキルヒグループは
巨額の契約が原因の一つとなって倒産。
さらにキルヒからワールドカップの放送権料を売りつけ
られた各国の放送局は法外な金額を歯を食いしばって
支払って獲得しています。
ちなみにNHKと民法で構成する日本のコンソーシアムが
ワールドカップの地上波+BS放送権に支払った金額は
約60億円でフランス大会のときの10倍とのこと。
これに加えてスカイパーフェクTVが獲得した
全試合のCSデジタル放送権の値段が約120億円。

一方アメリカでは、英語での放送は
地上波ABCとその系列のスポーツ専門ケーブル放送局
ESPNおよびESPN2で放送されていますが、
実際に放送権を買ったのは
アメリカのプロサッカーリーグ
メジャーリーグサッカー(MLS)。
MLSが4千万ドル〜5千万ドル(約48億〜60億円)
といわれる金額で一旦購入し、
MLSの試合の放送権と抱き合わせで放送局に提供し、
放送してもらっています。
ちなみにこの金額には、次のドイツ大会と
中国で開催される2003年の
女子サッカーワールドカップの 権利も含まれています。
フランス大会のアメリカでの英語放送の権利料が
2千2百万ドルだったそうですけれど、
大会単価で計算すると、むしろ値下がりしています。

挙句、放送局自体はワールドカップの
放送権料を払っていないのです。

日本では開催国であるにもかかわらず
スカパーに加入していないとテレビ観戦できなかった試合も
あったようですが、
お蔭様で、アメリカではケーブルに加入していさえすれば、
全試合のテレビ観戦が可能になりました。
ちなみにケーブルテレビのアメリカでの普及率は7割弱です。

MLSがこのような戦略に出たのは
人気が低迷しているリーグの人気をワールドカップに乗じて
高めようという意図によるものです。

いつも人知れず試合を行っているMLSですが、
プロサッカーとしてはおそらく世界で唯一、
ワールドカップの最中も国内リーグ戦を中断しません。
今回のワールドカップでサッカーに興味を持った人が
忘れないうちにスタジアムで観戦できるように
という目論みだったようです。
このように、MLSが大金を投入して背水の陣を引いて迎えた
ワールドカップでしたが、
アメリカ国内で注目を集めていないのは
予選リーグ序盤中も一緒でした。

生中継の場合、アメリカでの放送時間帯は、
地域によって違ってきますが深夜〜早朝にかけてになります。
そんな夜更かしだか早起きだかわからない時間帯でも、
メキシコ代表がゴールを決めるたびに、
メキシコ系の住人とおぼしき家から雄たけびがきこえ、
韓国代表がゴールを決めるたびに
韓国系の住人とおぼしき家から絶叫が聞こえました。
夜中なのにうるさいです。
そしてアメリカ代表がゴールを決めたときには街中が、
しーん。
みんなぐっすり眠っていました。

6月前半はNBAファイナルが行なわれていたこともあり、
スポーツニュースでサッカーに割かれる時間枠もなく、
6月5日のポルトガル戦の歴史的な勝利も
多くのスポーツニュースではどちらかというと
「珍しいことがおこった」という文脈で非常に簡単に
紹介されていたのみでした。
6月10日韓国戦でアンジョンファンが同点ゴールを決めた後、
韓国選手がみんなでスケートダンスを披露して
スピードスケートのアポロ・オーノにあてこすりしたときも、
ほとんど話題にならず、あてこすり損に終わりました。

そんなアメリカにあって例外的に
今回のワールドカップを熱狂的に迎えた人達の中心は
メキシコ系などのヒスパニックです。

ラテンアメリカ全域では
「ワールドカップ」と言いたいとき、
単にMundialといえばことたります。
copa mundial(スペイン語の"ワールドカップ")
とすらいう必要がなく
単にMundial("世界の")といった瞬間に
「FIFAワールドカップトーナメント」の意味になります。

スペイン語放送局ネットワークの大手Univisionは、
2002年および2006年ドイツ大会、2003年女子大会、
コンフェデレーションズカップおよび
U-20とU‐17の大会の権利をひっくるめて
アメリカにおけるスペイン語放送権を2千万ドル
(約24億円)で獲得。
いろいろパッケージでお買い得とはいえ、
MLSのディールの半額弱です。
合衆国の人口の十数%でしかないヒスパニック人口が
サッカーのマーケットとしては英語人口の約半分の規模と
考えることもできますね。

そんなこんなでアメリカ代表が苦しみながらも予選を突破し、
決勝トーナメントの相手がメキシコに決定したあたりから、
雰囲気が変わってきました。

今年のNBAファイナルではレイカーズが圧倒的に強く
4戦全勝で6月12日には早々と日程を終了してしまった
ことも追い風になったかもしれません。
アメリカチームの予想外の大健闘に加えて、
もともとサッカー好きな国内のメキシコ系住民の
盛りあがりもあり、隣国対決に注目があつまったのです。

実は6月14日にレイカーズの優勝パレードが
ロサンゼルスのステープルズセンターをメイン会場にして
行なわれ、約15万人のファンがあつまったのですが、
そこにメキシコの国旗を掲げた
サッカーのメキシコ代表サポーターの一団が意味もなく登場。
なぜかレイカーズファンにくってかかり、
反対にボコられてしまうというという事件すらおこりました。
さらにはブッシュ大統領までが
アメリカ代表監督ブルース・アリーナに電話をかけ、
「多くの国民はサッカーのことはなんにも知らないし、
 わたしもそうなのだけれど、
 みんな興奮してるし応援していますよ」
という励ましだかなんだかわからないお話をし、
見当違いな感じの盛りあがりに拍車がかかりました。
結果、6月17日のメキシコ戦は、
東部標準時で早朝2時30分開始という
最悪の時間帯だったにもかかわらず、
サッカー中継としては94年のアメリカ大会以来の
高視聴率を記録しました。
内訳は、英語放送を見たのが198万世帯(2.29%)、
スペイン語放送をみたおうちは更に多く220万世帯。
メキシコ系住民の熱狂ぶりが数字にも現われています。

次の準々決勝ドイツ戦にはいっそう注目が高まったものの、
サッカー報道に関してまったく蓄積のない
ニュース番組のアナウンサーたちは、
何をどう伝えれば良いのかわからないらしく、
みんなひたすら苦笑いを浮かべてレポートしておりました。

アメリカのテレビが普段扱っている
人気プロスポーツといえば、
MLB(野球)にNFL(アメリカンフットボール)に
NBA(バスケットボール)…。
オーストラリア大陸の有袋類のごとく、
アメリカという隔絶された環境で発生して育ってきた
スポーツばかりです。
ちなみにNHL(アイスホッケー)は、
カナダでルールが確立した競技ですから
タスマニア島の有袋類みたいなものでしょうか。
これらのスポーツで共通するのは、
基本的に海外との競争がなく、それぞれの競技で、
北米リーグが世界最高峰のリーグであること。
それから、殊にMLBやNHLには「外国人枠」という
発想そのものが存在せず、
個々のチームが世界に開かれていること。
実際にMLB、NHL さらに最近のNBAは
選手の出身国が非常に多彩です。
つまりチームごとに世界のトップレベルを
内包しているという理屈になります。

こんな風に、
世界を内包していて
かつ世界の頂点に立っているというのは、
アメリカ人がアメリカという国自体に対して抱いている
イメージの相似形です。
ですからアメリカの一般的スポーツファンもマスコミも、
おらが都市のチームが北米チャンピオンになれば
それでいきなり世界一!という仕組みに
普段なんの疑問も持たないのです。

一方サッカーはというと、
おらが都市のチーム、おらが国のチーム、
おらが国の近所の国のチームを、
段階的に応援するのが一応のお約束になっています。
そんな都市-国-大陸‐世界という階層をもった
サッカーというスポーツの最高峰であるMunidalでは、
アメリカは一参加国に過ぎません。
Munidalで勝ち進むことの難しさ素晴らしさについて、
アメリカ人が最後の最後までピンとこなかったのも
仕方が無いことだったと思います。
なにしろ、世界の一部に組みこまれることにも、
世界一でないことにもアメリカ人は慣れていないのです。

6月21日のドイツ戦でアメリカは1:0で敗退。
アメリカにとっての、
「2002年FIFA男子ワールドカップトーナメント」は
終り、テレビから困りきった苦笑いが消えました。

果たして、
アメリカがMundialを理解する日は来るのでしょうか?

取り敢えずは2006年まで、
気長に様子をみたいと思います。

2002-06-27-THU

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