翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第二十九回配信 ハリウッドの大変な1年 前半

第74回アカデミー賞の発表も終り、
あいかわらず独特の選考結果に
首を傾げた方も多かったと思います。
作品賞を受賞したビューティフル・マインドをはじめ、
賞にからんだ作品も日本で公開になっているようですし、
今更ですがいろいろあったアメリカ映画業界の2001年を
振りかえってみたいと思います。

2001年はおかしい、と感じたはじめは
3月のアカデミー賞授賞式あたりからです。
アカデミー賞授賞式といえば、
日本で言うとNHK紅白歌合戦のような
年に一度の国民的な大イベントですし、
ホストだって当然ながら非常に名誉な大役です。
そのホスト役を過去に数回勤めてきて
好評だったにもかかわらず、
オファーを受けたビリー・クリスタルは辞退。
理由は「撮影のため」。
そして5月にはカンヌ映画祭の審査員長を依頼された
ジョディ・フォスターが辞退。
これも理由は「撮影のため」。
「カンヌの審査員長より1200万ドルの出演料を選んだ」
などと彼女のことを揶揄したプレスもありました。

しかし、なぜこんなにみんな急に働き者になったのだろう、
と訝っていたら、2001年の前半はストライキの恐怖が
ハリウッドを覆っていたのです。
メジャー映画配給会社と地上波TVネットワークを相手に
全米脚本家組合(WGA)が締結していた労働協約が4月末に、
同じく映画俳優組合(SAG)及び
米国テレビラジオ芸術家連合(AFTRA)が締結していた
各種の労働条件や収入の配分に関する契約が
6月末にそれぞれ期限切れを迎えるタイミングでした。
過去の契約時から現在までに、
DVDはもちろん、ケーブルTVやインターネットなど
様々な新しいメディアが登場しており、
他方では海外市場の重要性も増しています。
組合側はそれぞれの組合員である脚本家や俳優達が
制作に関わった作品に関して、
そういった新しいメディアや新しい市場での利用に関する
経済的な条件の向上を求めて交渉を行いました。
それぞれの組合はストライキも辞さない構えでしたし、
つい先だって2000年にもSAG配下のCM俳優達が、
待遇改善をもとめてストライキを行っています。
またWGAの方は、古くは1952年を皮切りに、
直近の1988年まで過去何度もストライキを行っています。

そんなわけで2001年前半まで映画の撮影スケジュールは、
本当にストライキが発生することを前提に組まれていました。
ビリー・クリスタルもジョディ・フォスターも
そんなイレギュラーなスケジュールの犠牲者だったわけです。

この影響はいろいろなところに及び、有名な例でいうと、
「オーシャンズ11」では、スケジュールがあわなくなり、
一度キャスティングが噂されたにもかかわらず、
マイケル・ダグラス、ブルース・ウィリスそして
マーク・ウォルバーグなどが次々と降板。
出来あがったそのままでもかなり豪華キャストの作品ですが、
本当はもっと豪華だったんですね。
一方この作品から降りなかったマット・デイモンは、
撮影時期が重なってしまった
スピルバーグの「マイノリティ・リポート」で
トム・クルーズと共演するのを
断念しなければならなかったとのことです。

ちなみにジョディ・フォスターがカンヌの審査員長をふって
出演したのは「パニック・ルーム」。
こちらはこちらで、デビット・フィンチャー監督のもと
ニコール・キッドマン主演で撮影を開始したものの
キッドマンが怪我してしまい、1月に撮影が中断。
彼女の回復を待つことが出来ずに、
その時たまたまスケジュールに空きができていた
ジョディ・フォスターに主演を変更したという経緯です。

ほっといてもドロドロといろんなことが起こるのが
ハリウッド映画のキャスティングですが、
2001年の前半はそれに増してスケジュールの要因があり、
スターの玉突き現象がそこここで発生していたようです。

結局、WGAもSAGも既存の契約の終了期限を過ぎた後、
さらに数日間にわたる延長戦の交渉が続けられ、
ぎりぎりのところでストライキは全て回避されました。
仮にWGAが5ヵ月、SAGが3ヶ月
それぞれストライキを行なった場合、
ロサンゼルスの地域経済に与える影響は
失業者発生82000人、経済的な損失が69億ドルという
試算もありましたし、
7月頭にSAGのストライキが回避された際は、
交渉現場からの中継ニュースにも
ほっとした雰囲気が流れていました。

キャスティングの右往左往に比べると目立ちませんでしたが、
映画産業がとったストライキ対策は
撮影スケジュールの繰上げにとどまりませんでした。
日本ではどちらもきちんとリバイバル公開されたようですが、
デジタル音源で迫力を増した
「2001年宇宙の旅 新世紀特別版」や、
未公開シーンを追加した「地獄の黙示録 特別完全版」が
企画されたのです。
これらのような、デジタル技術を使って映像を修復し、
未公開映像などその他の付加価値をつけた上で
過去のヒット作をリバイバルするというビジネスは、
2000年の「エクソシスト・ディレクターズカット」の
大成功が直接のきっかけです。
ただ一方で、ストライキで新作が製作できなくなって、
公開するべき作品が品薄になった場合の保険
という意味合いも含んでいたのです。
実際、ストライキが回避されてしまったため、
「2001年宇宙の旅 新世紀特別版」も
「地獄の黙示録 特別完全版」も
米国では大都市のみの限定公開となってしまいました。
(ちなみに2002年にはいってからは、
「アマデウス」のディレクターズカットが
 大都市のみで公開になっています。)

こういった水面下のどたばたをよそに、
2001年も結局無事に、
普段どおりの夏の映画シーズンを迎えました。
「ジュラシック・パーク3」「アメリカンパイ2」
「ラッシュアワー2」「最終絶叫計画2」
などお茶を濁したような、出涸らしたような企画が
それなりの成績を残し、そんな話題作も出尽くした頃、
アメリカは9月11日を迎えました。

2002-04-16-TUE

BACK
戻る