翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第二十六回配信  マグロとマティーニ

酒呑みのすずきちは、初めてのバーにいくと
かならずマティーニを頼んでみます。

元はといえば、禁酒法時代(1920年〜1933年)、
美味しいお酒が手に入りにくい中で、
色んなものを混ぜて誤魔化して美味しくする工夫として
アメリカでさまざまなカクテルが発達したそうです。
中でも樽で寝かせる必要のあるウィスキーなどではなく、
手っ取り早く作れるジンなどの蒸留酒は、
当時重宝されたらしいです。

そんなジンベースのカクテルのなかでも、
最低限、ドライジンとドライベルモットと氷とがあれば、
マティーニを作ることが出来ます。
レシピが単純な分バーの個性が出やすいように思えるので、
取り敢えずこれを頼んでみることにしています。
あと、フレッシュジュースを使ったカクテルは
どうしてもアメリカで飲んだほうが美味しくなるので、
マティーニのほうが日本のバーとの比較がしやすい
ということもあります。

ただこれまでの経験で言うと、
アメリカのバーでマティーニを頼むと
大体の場合失望します。
まず「マティーニをお願いします」というと、
・ ジンにするか、ウォッカにするか?
・ ジン(ウォッカ)の銘柄は?
・ レモンピールは使うか?
バーテンダーに細かくしつこく尋ねられます。
丁度 サブウエイなんかで、
パンはどんな種類にするか?
マーガリン使うか?マヨネーズは?トマトは?レタスは?
などと割とどうでもいいことを延々と尋ねられ、
サンドイッチくらい黙って作れ!とか思うのと一緒です。

それで作るところをみてても、
ステアグラス(かっこいいビーカーみたいなやつね)など
持ってすらいないところが多く、バーによっては
学食で使うような肉厚のプラスチックのコップを
二個重ね合わせて氷とジンを放り込み
じゃこじゃこ片手でシェイクするバーテンダーすらいます。

挙句出てくるのは、
意味もなく大きなカクテルグラスに山盛りの飲み物。
日本のカクテルグラスを"並"とすると
"特盛"くらいのボリュームです。
オリーブに至っては特盛どころか、
だんご三兄弟みたいに三個串刺しでついてきます。
当然、オリーブの塩気が、"つゆだく"状態。
ゆっくり飲んでると途中でカクテルがしょっぱくなるので、
好むと好まないとにかかわらず、
適宜オリーブを齧りながら飲まないといけません。

あるバーでジンベースのマティーニを頼んだときなど、
女優のハリー・ベリーを太めにしたような
バーウエイトレスがめずらしくステアグラスをつかって
丁寧につくってくれました。
それなりに美味しく感じたのですが、
非常にドライなものがでてきました。本当にドライです。
不審に思い太めハリー・ベリーに、
ベルモットは何を使ったのか尋ねたところ、
「使ってないよ。マティーニ飲むお客さんってみんな、
ベルモットが多すぎるの少なすぎるのってうるさいから、
あたしマティーニにベルモットいれないの。
欲しかったらベルモット足したげるから遠慮しないでね」
とこともなげに言われてしまいました。
かつての英国首相チャーチルは「マティーニ」と称して、
傍らに置いたベルモットの瓶を眺めながら
ドライジンだけを飲んでいたそうですが…
店の客を全員チャーチルにしてどうする。

それでも、くじけずに飲みつづけていると
まれに美味しいマティーニに出くわすこともあります。
ニューヨークはセントラルパークの近くの、
あるホテルのバーに行ったときのことです。
そこには、もう60代かと思われる、
フランクという名のベテランバーテンダーがいて、
ホテルの宿泊客以外にも彼の顔を見に地元のお客さんが
ふらりと訪れるようなバーでした。
マティーニを頼んでみると、
正気に戻ったマッドサイエンティストのような風貌の
フランクが、やはり少し質問してきました。
「ジンでつくる?…ジンだとボンベイサファイアは好き?
 じゃあそれでつくるね」
ボンベイサファイアには、
ジン自体に上品ですが強い香りがあります。
ストレートで飲むには美味いですが、
マティーニのベースにするとしつこくなりがちです。

また駄目か…と不安に思いながら眺めていると、
シェイカーに金属の蓋がなくてコップをかぶせる、
ボストン・シェイカーというやつで
無造作に片手でじゃこじゃこ振ってます。
レモンピールなどは特に絞らず、
やはり特盛大のグラスででてきました。オリーブ三個つき。
飲んでみました…うまい。

マティーニの味わいの一部であるえぐさが
最小限に押さえられ、それでいて水っぽくありません。
香り付けのレモンピールすらも絞っていないのに
非常に爽やかな味わいです。

「フランクのマティーニはうまいだろぉ」
常連客と思われる、
高そうなスーツの偉そうなビジネスマン風のおじさんが、
自分のことのように胸を張りました。


東京で、そこそこのバーでマティーニを頼むと、
ステアグラスにいれた氷をベルモットでリンスして、
余分なベルモットは捨ててしまった後にジンを加える、
という贅沢な作り方が一般的だったりしますし、
あんまり酷いものはでてきません。
日本のバーテンダーが、ほとんど茶道のお手前のような
厳密な手順と美しい動作でカクテルをつくる様は、
なにか全く別の作業をしているかのようです。
敗戦がきっかけになって、
進駐軍と共にアメリカから入ってきたのが
日本のカクテル文化の始まりだったはずです。
でもマティーニの味と作法いう点では、
平均点レベルでは完全に日米逆転してしまったようです。

丁度、これと逆の現象がスシの世界では起きています。
握りの代表的なネタといえばマグロですが、
日本の普通のお寿司やさんでこれを注文すると、
漁船で一度超低温冷凍されたマグロがでてきます。
一方アメリカのお寿司やさんでは、
ボストンの近海もので、一度も冷凍されていないマグロを
食べるチャンスが、東海岸西海岸問わず結構あります。
冷凍されていない近海ホンマグロは、
赤身の香りが強く、ワイルドで濃厚な味わいです。
昔の日本人が生をいやがってマグロを"づけ"にして
食べていた感覚が理解できるような体験です。

マグロ漁は季節にも左右されますし、
地球的にみればホンマグロも
絶滅の危機に瀕しているそうなので、
この状況がいつまで続くかわかりません。

ただ現在アメリカでは、
"本場の"マティーニを飲もうとしても
「フランクの爽やかマティーニ」のようなものに
ありつくのは難しくなっている一方、
大都市で日本人が経営しているごく普通のスシバーで、
「ボストン近海鮮烈マグロ握り」を楽しむことなら、
より確実にかつ容易にできるようです。

2002-01-09-WED

BACK
戻る