翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第二十五回配信  素晴らしき哉、人生

映画『素晴らしき哉、人生』
(フランク・キャプラ監督作品。1946年)は、
毎年一回クリスマスイブに必ず、
全米ネットワークのひとつNBCでプライムタイム
に放送される、クリスマス映画の定番中の定番です。
今年も24日夜8時から放送されました。

フランク・キャプラ監督は人情ものの名作が多く、
山田洋二監督の『寅さん』が いつもお正月に
TV放送されるのにちょっと似てるかもしれません。

ただ、熾烈な視聴率競争を繰り広げるアメリカの放送局が、
なにがあってもクリスマスイブのプライムタイムに
この映画一作品を毎年放送するのですから、
物凄く重要でないにせよ、
なにがしかの伝統行事の一部という感じです。

もっとも、夏休み期間やクリスマスのようにみんなが
旅行したりする時期、アメリカのテレビの視聴率は
てきめんに下がります。
それを見越してか他の全米ネットワークでも、
クリスマスイブは、モルモン教の聖歌隊の合唱とか、
力が入っているとは言い難い番組編成ですから、
単純に堅実な番組なのかもしれません。
マスターカードとか、トヨタとか、
プルーデンシャル保険とか、
普段から普通にプライムタイムの
番組提供しているような
大企業ばかりがスポンサーについてしましたし。

とにかく、またか、と思いながら見はじめて
いつのまにかひきこまれ、
結局、感動すらしてしまうという意味では
お正月の日曜洋画劇場の『寅さん』というよりは、
『欽ちゃんの仮装大賞』のほうが、アメリカにおける
『素晴らしき哉、人生』のクリスマス放送に
位置付けが近いかもしれません。

ジョージ・ベイリー(ジミー・スチュワート)は
海外雄飛を夢見ながら小さな田舎町で育った少年でした。
しかし父親の病気やいろいろな偶然が重なり、
父親が経営していた住宅ローン専門の信用組合の家業を
継ぐことになってしまいます。
それでも、ジョージは、貧しい人達の大きな夢である
自分の家をもつことを住宅ローンを通じて手伝うことに
やりがいを見出しながら、
美しい妻と可愛い子供達に囲まれて、
豊かではないけれど幸せな生活を送っていました。
ところがある年のクリスマス・イブ、
ちょっとした偶然と町の悪徳ボスの策略で、
ジョージの会社は資金に大きな穴をあけてしまいます。
運悪く当局のお役人たちが
彼の信用組合を監査しに訪れている最中にです。
窮地に陥ったジョージは、
自殺して自分の保険金で資金の穴を埋めようとしますが、
そこへ、神様からじきじきにジョージの命を救うように
命じられた天使クラレンスがあらわれます。

絶望し「自分なんか生まれなければ良かった」とすら
口にするジョージを 天使クラレンスは、
"ジョージが生まれなかった世界"に彼を連れてゆきます。
そして今までの彼の人生、善き行いの積み重ねが、
いかに彼のまわりの人々の人生や
まわりの世界を素晴らしいものにしてきたかを悟らせる…

というお話。


すずきちはこの映画のLDも持っていたし、
台詞をそらで言えるほど何度も観ていますが、
クリスマスイブの放送は例年つい見てしまいます。
今年もみてしまいました。

『素晴らしき哉、人生』は、そんな、
きちんと見ればちゃんと感動できる名作ではあります。
ただ、毎年一回、全米ネットワークのプライムタイムで
放送できるほどの普遍性のようなものを
この映画が持ち得たのは、
「人生で違いを生み出すとはどういうことか」
という基本的なテーマが
アメリカ人向きだったということが大きいと思います。

「(良い意味での)違いをうみだす」という考え方は、
アメリカ人の一般的な行動原理のどこかに常にあり
make the difference というのは
日常会話でさえ非常に頻繁にでくわす表現です。

例えば、今年のシーズンのイチロー選手ほどの実績を
残したとしても、
「ホームラン少ない、四球少ない、内野安打ばっかり…」
なんて、日本的な文脈では、
"相対的に足りないところ"をつい指摘するのが
思考の癖になっているところがありますよね。
まあ、「完璧な状態」から逆算して足りないところを
研鑚して行くのが日本人のいいところなんでしょうけど。

一方、アメリカ的な文脈は違います。
例えば2割6分8厘というそこそこの打率を残したものの、
規定打席には残念ながら達せず、
打撃記録の対象外となってしまった新庄選手。
メッツのバレンタイン監督は
サンフランシスコ・ジャイアンツへの
トレードにあたって彼を評して、
「彼がいなかったら今年メッツは5割勝てなかった」
と言ったそうじゃないですか。
こんな風に"相対的にであっても足してくれたもの"、
つまり生みだされた「違い」のほうへ
目が行く癖が強いようです。

ちなみに、今年のメッツのシーズン勝率は
82勝80敗の5割0分6厘。
6厘、0.6%ぶんであっても、生み出した違いを
ちゃんと評価してもらえるほうが
嬉しいこともあると思いませんか。


ちなみに今年の『素晴らしき哉、人生』の枠には、
ニューヨーク市もスポンサーでついていたらしく、
最近制作された市の観光キャンペーンCM
「ニューヨーク・ミラクル」シリーズが放送されてました。
ロバート・デニーロ、ビリー・クリスタルなど
早々たる顔ぶれでコミカルなCMが制作されたものです。
例えば、ロックフェラーセンター/アイススケート編。
野球帽を目深にかぶった決して若くなさそうな男が、
ロックフェラーセンター前のアイススケートリンクで、
ひとり、フィギュアスケートもどきを楽しんでいます。
それなりのターン、CG処理くさい回転を決めた後、
カメラの前に立ち止まった男はなんとウディ・アレン。
いつものクレクレ・ゼスチャー
(わかりますよね、お盆をもつような感じで両手を前に
突き出して小さく上下させるやつ)
を決めながら彼は言います。
「し、しんじられないでしょ。
今日生まれて初めてスケート靴を履いたんだ!」
次のカットでジュリアーニが登場して言います。
「奇跡の起こる街ニューヨーク。
あなたも奇跡の一部に!」

結局この話題に戻ってしまうのですが、
9月11日の攻撃で受けた巨大な喪失感から、
アメリカ全体は未だに立ち直っていません。
そればかりか事件から100日を区切りに
先日も各種の特番が放送されたばかりです。
人々がこの喪失感から立ち直るまでは、
旅行業界も低調だろうし航空業界も不振が続くでしょう。
だからこその"ニューヨーク・ミラクル"キャンペーン"
だとは思うし、『素晴らしき哉、人生』はキャンペーンに
相応しい映画だったとおもいます。

2001年のクリスマスイブに、
この映画をみなおすことで、
テロで亡くなられた方々それぞれが、
それぞれの人生で生み出していたであろう、
様々な「違い」に思いをはせたりする切っ掛けにも
なったんじゃないでしょうか。

いつもの年と同じ価値観を語るいつもと同じ映画でも、
今年は残念ながら意味付けが違ってしまったようです。

2001-12-28-FRI

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