翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第二十三回配信  旗 その1 

10月末、用事があってニューヨークに行ったので、
時間を作って世界貿易センターの跡地を見に、
野次馬となって行ってきました。

事件から1ヶ月半以上経った今も煙が立ち込めています。
一般の人間が近づくことができるのはセンターの跡地から
一ブロック東側を通るブロードウェイまでですが、
航空燃料が燃えた匂いなのでしょうか、
嗅いだことのないの煙の匂いが一帯に立ち込めています。
あまり不快に思える匂いではないのですが、
現場を一目見ようと集まった他の野次馬のなかには
顔をしかめながら口元をハンカチで覆う人や、
容易周到に花粉症の人がつけるような防護マスクを
つけている人たちも見うけられます。
何が起こった現場なのかを考えたら
あんまり吸いこみたくないのは人情ですね。
現に、現場の作業員には変な咳に悩まされる人が
出てきているようです。

ただ現在はなんとなく緊張感も薄れ、
規制を行っている警官たちが野次馬の女の子達と
気さくに記念写真に収まっている姿もみられました。
現場付近には「閉店セール」と銘打って
安売りをしているお店も多く、
野次馬の多くが場に不釣合いなほどの
大きな買い物袋を抱えてました。

ブロードウェイに交差する
デイ・ストリート、フルトン・ストリート等一帯の通りは
WTC方向がそれぞれ通行止めとなっており、
柵が設けられ警官が立ちふさがっています。
通行止の通りの路上にはさまざまな仮設の詰所が立ち、
その向こうに現場がのぞいています。
本当はフットボールフィールドの15倍の面積が
瓦礫の山になってしまっているそうですが、
通りから覗けるのはほんの一部です
野次馬達はみな、通行止の柵に括り付けられた
花束や、カード越しに、瓦礫の写真を撮っていました。

現場からほんの一ブロックのところ、
フルトン・ストリートとブロードウェイの角には、
奇跡的にタワーの崩壊後も無傷ですんだ
ニューヨーク最古の教会 セント・ポール教会があります。
教会のブロードウェイに面した柵には、
花束やカードだけでなく、寄せ書きのTシャツや旗、
果ては千羽鶴から般若信真経をしたためた半紙まで、
括り付けられていました。

不思議な煙の匂い、買い物袋を抱えた野次馬、
警官たちとの記念写真、
付近の柵という柵に所狭しとくくりつけられた
世界中から寄せられた花束やカード、
一ブロック向こうに少しだけのぞいてみえる瓦礫の山、
もはや何がどんな風に建っていたかも思い出せないような、
ビルの隙間の奇妙に広い空…
現場を訪れてみても、
さまざまな種類の普段経験しないことに出くわすだけで、
何が起きたのかは、うまく理解できませんでした。

そんな困惑を覚えつつ、
日を改めてエンパイアステートビルに夜昇りました。
地上のビルの入り口には、ガードマンが立ちふさがり
見学者ひとりひとりの身分証明書を確認します。
大きな荷物をかかえたバックパッカーなどはその場で
荷物の中身チェックを受けやっと入館が許されていました。
ただ、いったん展望台に上ってしまえば
ニューヨークの夜景は以前とかわらず美しく、
夜10時近くにもかかわらず展望台には
意外に多くの見学者がいます。
しかし展望台から南側を眺めると、
かつてWTCが立っていた周辺は、立ち上る煙のせいで
晴れて乾燥した日の夜中であるにもかかわらず
そこだけもやがかかっているように見えます。
展望台は吹きさらしで風がつよかったのですが、
寒風の中、煙にかすんで遠くに小さく見える跡地を
呆然と眺めてしまいまいました。

ふと思い立って、
25¢コインをいれる双眼鏡を使ってみました。
すると、ニュース映像で見なれた現場の光景を
とうとう目の当たりにすることになりました。
黒焦げの瓦礫の山のところどころから
いぶいぶと煙のすじが立ち上る跡地に
作業用のクレーンが林立するようすがはっきり見えます。
夜でも工事現場用の照明が煌煌とつけられ、
くすぶる煙をいっそう白く映し出しています。
とても長く眺めていられるような光景ではなく、
ふとほんの少しだけ双眼鏡の角度を上げると、不意に、
大きな大きな星条旗が視界に飛びこんできました。

爆心地に面した、無事だったビルの壁面に
大きな大きな星条旗が掲げられているのです。

すずきちはアメリカ国籍でもないし、
アフガニスタンとの戦争を無条件に支持するほど
単純でもないのですが、
いきなり視界にとびこんできた星条旗に、
正直なところ、非常に勇気付けられ、
いままで感じていた困惑が氷解する思いがしました。

瓦礫の山を見下ろす星条旗に勇気付けられたのは、
その旗が体現している、
(少なくとも多くのアメリカ人はそう主張する)
自由、寛容さ、民主主義といったさまざまな理念・理想や、
その理想を実現しようとする強い意志など、
テロリズムとは正反対の極にあるなにかが、
まだまだ健在であることを実感させてくれたからです。

そして攻撃のあった現場近くを実際にうろうろしても、
何が起こったのか納得いかず困惑するばかりなのは、
今回のテロが、星条旗が象徴している様々な理想を、
否定するために否定する行為でしかなかったから
なのだと思います。

否定のための否定という行為の不気味さ卑怯さが
星条旗のありがたさを一層引き立たせているのです。

2001-11-13-TUE

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