翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第二十回配信 名無しの大事件

誰もが言葉を失った
9月11日の事件から2週間が過ぎようとしています。

ただ、不思議なことに アメリカのマスコミは
いまだに9月11日の事件について
共通の名前をつけかねているように思えます。
日本の報道では、外務省が「米国同時多発テロ」
と名づけたこともあってか、
これに準ずる表現が多いようですが、
これに該当するような、事件の全容を一言であらわす
表現がないのです。

例えばCNNの報道から拾っても
「ニューヨークとワシントンのテロリスト攻撃」
The terrorist attacks in New York and Washington

「東海岸テロリスト攻撃」
the East Coast terrorist attacks

「9月11日テロリスト攻撃」
the September 11 terrorist attacks

「ニューヨークとワシントンでの攻撃」
the attacks in New York and Washington

など記事ごとに呼び方が本当にばらばらです。
「ニューヨークとワシントン」に限定してしまうような
呼称は、ピッツバーグ近郊に墜落したユナイテッド93便に
対する視点が欠落してますよね。

また、地上波ネットワークCBSのウエッブサイトでは
「攻撃」
the attack

「世界貿易センターとペンタゴンに対する攻撃」
the attacks on the World Trade Center and the Pentagon

「9.11攻撃」
the Sept. 11 attacks

などの表現が見つかりました。
やはりリポートごとに表現がばらばらです。

「2001年9月11日、旅客機4機がハイジャックされ、
世界貿易センターと周辺のビルディングの崩落、
そして国防総省の火災を引き起こしたテロ事件」について、
なんでもかんでも名前をつけてしまうのが得意な
アメリカの報道機関が、2週間経った今も
共通の呼び方すら決めかねているのには
様々な事情があるように思います。

まず、11日の午前中の段階では情報が錯綜し、
"全部で11機の飛行機が行方不明"
などという情報すら 流れる中で、
テロ攻撃の全容が確定できませんでした。
そのせいで早い段階では名づけようがなかった
という事情があります。

また例えば、いわゆる「赤い旅団事件」のように、
テロ犯人の名前をもとに、事件に名前をつけようにも、
犯行声明をだした組織がありません。
首謀者としてオサマ・ビン・ラーディンの
名が早くから上がっていたものの、公式には、
捜査の結果による、彼の関与の証拠が
これから公表されるという段階です。
さらにビン・ラーディン当人は国家の指導者ですらなく、
アフガニスタンのタリバーン政権の「客人」という立場、
一方で、米国当局は必死でイラク関与の可能性も追及…
となると迂闊に「ビン・ラーディン事件」とは呼べません。

更に、ブッシュ大統領は早い段階からこの攻撃を
戦争行為(Act of War)」「紛争(Conflict)」と
呼びつづけ、報復攻撃のためのさまざまな地ならしをし、
結果として発生した事件自体に対しては演説の中で
明確な名称を与えていません。
そんななかで報道が報復行動の内容のほうに、
早い時期から割かれていったこともあるでしょう。

例えばですが「暗黒の火曜日(Black Tuesday)」
なんて呼び方は、誰でも思いつく感じがします。
マンハッタン島が煙と粉塵に包まれた
映像を長々とみせられたこともあり、
なんとなく妥当な印象ももあります。
しかしこれも使えない事情があるのです。
ベストセラー小説『ハンニバル』の作者
トマス・ハリスの作品に『ブラックサンデー』
というサスペンス小説があります。
パレスチナのテロリストの一団が、
民間の飛行船を乗っ取り、フットボールのスーパーボウル
が開催されているスタジアムで観衆8万人を狙った
爆弾テロを試みる…というお話です。
ジョン・フランケンハイマー監督で映画化もされましたが
日本では政治的な圧力により公開されなかったという
当時からの問題作です。

9月11日の事件にあまりに似通った話なのですが、
今回のテロ事件に直面して現のPLOアラファト議長は
9月17日と18日にパレスチナ人へ停戦遵守をよびかけ、
イスラエルも18日にパレスチナへの軍事攻撃を停止。
現在、唯一といっていいほどプラスの方向で
物事が動いているのがパレスチナ情勢であり、
デリケートな状況がつづくこの問題に対する
配慮からか、アメリカの報道で
『ブラックサンデー』と今回の事件を比較するような
論評は、私が見たり、いろいろ検索した限りでは
一切でてきませんでした。
従って『ブラックサンデー』の語路合せになってしまう
『ブラックチューズデー』も当然無しですね。


以上、初期の情報の交錯、犯人特定の不透明さ、
政府の思惑、わかりやすい名称が使えない…といろいろ
理由はありますが、
最も大きな原因は、事件に直面したアメリカ国民の
衝撃の大きさにあると思われます。
事件当日飛びかった、お見舞いのEメールやファクスでも
惨事(Tragedy)」としか呼んでいないものが
多かったとおもいます。
起こってしまった事実の、
想像を絶する悲惨さ、衝撃、喪失感の前に
普段は大変率直で単刀直入なアメリカ人の間にすら、
この事件を直接的に呼ぶのがははばかられる
雰囲気があります。
それなりに時間がたったあとも尚、「先週の出来事」とか
9月11日の惨事」とか呼ぶことが普通になっています。

MLB、NFLの試合が再開され、
テレビ番組にも徐々にプライムタイムのドラマや
深夜のトークショーがもどってきました。
今週からは続々と秋の新番組がテレビに登場します。

一方、世界貿易センターの事故現場では、
いつ終るとも知れない瓦礫の中での作業が続いており、
事件の呼び名はいまだに定まっていません。

アメリカ人は、まだ言葉を失ったままなのです。

2001-09-26-WED

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