翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第十三回配信 隣室の銃声

今年、一月初めのころのことです。
近所のスシバーで
(「しょうゆごはん仮説」が粉砕されたお店です)
たらたらお話をしていて
夜1時過ぎに家に帰ってきたところ、
ポリスカー2台、消防車1台が、
アパートのまん前にとまって
警告灯をべかべかさせてました。

クルマをガレージにとめて
2階にあるすずきちの部屋に上がろうとすると
アパートの中庭には黄色いテープが縦横にはりめぐらされ、
いきなり 警察官に呼び止められました。

「今お仕事からお帰りですか? 
 何が起きたかは言えませんが
 現在 捜査中なので、部屋までご一緒します」
映画で見るような黄色い幅広テープを 
部屋の入り口にたどり着くまでに2回もくぐって、
部屋にたどりつきました。

実は前の晩遅く、午前2時過ぎに、
すずきちは大きな音を聞いています。
大きな家具が床に倒れたときのような音が
隣室からしたのです。

ドォン!・・・銃声かも知れない音です。

部屋の入り口までついてきてくれた警官に
そのことを話したところ前後の状況などを質問されました。

彼女は大柄な白人のお姉さんの警官。
ドラえもんのジャイ子が警官の制服を着ている
みたいな感じです。

すずきち 「昨日の深夜2時過ぎ大きな音が
 隣のアパートの方からしましたよ」
ジャイ子 「どんな?」
「なんというか、ドォン!と・・・」
「銃声?」
「かもしれません。今まで本物の銃声を
 聞いたことがないのでわかりませんけど」
「その前後に
 叫び声とか悲鳴とかはきいてませんか? 
 誰かがでていく音とか?」
「いいえ。その前後にはなにも聞いてません。
 だから気に留めなかったんです。
 銃声の可能性はあるかなと
 少し思ったんですけどね
 ここはアメリカだから」
(苦笑)
「(小声になって)あと、
 お隣さんの噂をするのは気が引けるのですが、
 クリスマス前後によく口論してる声が
 隣から聞こえました」
「気にしなくて大丈夫です。
 今は、お隣に誰もいないから。
 それ以外の音は? 喧嘩とか」
「いいえ、口論だけです。
 中年の男性と女性の声でした」
「そうですか。刑事が電話するかも知れないので
 そのときはよろしく。
 昼間は会社のほうがいいですか?」
「そうです」
「以上です。ありがとう」
「おやすみなさい」

"Thank You"と
キャッシュディスペンサーが話すときのような
そっけない口調で言って、彼女は去って行きました。
場数を踏んでる感じです。

翌日アパートの人の話をきいてみたところ、
私のアパートの隣に住んでいたおばさんが
銃で殺されたか、
銃で自殺したか、 
いずれかとのことでした。

なるほど、
「"今"は隣に誰もいない」わけです。
ジャイ子の語り口、ハードボイルドすぎます。
こういう、後で感じる凄みってやなものですね。

その後1週間ほど、
事件のあったアパートへの通路は黄色いガムテで
封鎖されていました。

Los Angeles Police Department 
Police Line - Do Not Cross
(ロサンゼルス警察
 捜査区域線 − 立入禁止)
と幅広い黄色いプラスティックのテープに
目立つ黒い文字でプリントしてあります。 

Departamento De Policia De Los Angeles 
Linea De Policia - Por Favor No Cruzar
とスペイン語でもプリントされてました。
カリフォルニアの青空と黄色の封鎖テープの
コントラストが美しく、
毎朝、部屋を出てそのテープを見かけるたびに
ため息が出ました。

それから程なくして自分の部屋の契約の更新時期がきて、
その機会にアパートの管理人からことの顛末を聞きました。
隣室には同居人の男性がおりその男が
事件後二日間ほど警察に拘留されたけれども、
証拠不充分で釈放。
結局女性の自殺ということで処理されたそうです。

また、私以外にもこの女性と同居人の男性の
不仲を目撃していたアパートの住人がいたとのことでした。
部屋から出てきた女性が同居人の男性に中庭でつかまり
髪の毛をひっつかまれて部屋に連れ戻される光景を
目撃したそうです。
私がクリスマス頃聞いた口論というのは、
その二人の口論が壁越しに聞こえたものでしょう。
男性と女性の口論である以外わからなかったのですが、
ただ一言 女性が
「私の人生からでていって!」
と叫んだのだけははっきり聞き取れました。

他人のプライバシーに介入したくないという言い訳で、
そのときは係わり合いになるの避けてしまいましたが、
その時に管理人に相談していたらひょっとしたら、
事件を防ぐことが出来たかもしれません。
すこし口惜しい気持ちになりました。

…と反省したのもつかの間、
事件が起きた「わけあり」物件の隣室ということで
自分の部屋の家賃が安くならないのか、
契約更新時期でもありそれとなく尋ねてみましたが、
こちらはあえなく断られてしまいました。

「いやあ、事件がおきてから
 その同居人の姿が見えなくて、
 部屋が事件が起きたときのままに
 なってるんだよ。
 我々も困ってるんでね」

と聞きたくもない隣室の様子まで聞かされて
ぞっとしました。
人の不幸の尻馬にのって得をしようなんて、
考えるものじゃありませんね。

ちなみに、不動産関係専門の弁護士さんに尋ねたところ、
そういった事件があった部屋に関してだけは、
家主は次の入居者になにが起きたか説明する義務があり、
その事実に基づいて家賃の交渉になるそうです。
ただ、隣室などはそういった説明義務や
ましてや家賃割引の対象にはならない、ということでした。

そういえば、その事件が起きてからニヶ月くらいの間、
罰があたったわけでなないでしょうが、
部屋の照明の新品の電球がいきなりとんだり、
電話にノイズがはいるようになって
とうとう電話回線がダウンし修理を呼んだり、
挙句、クルマ同志の小さな接触事故にまきこまれたり、
コネタのトラブルがすずきちの身の上に続きましたが
誰も片付けてない隣室のことは、
歯を食いしばり、必死で気にしないようにしていました。

そして三月終わりのある土曜日、
それまで人気のなかった隣室に動きがありました。
引越し屋さんが来て、荷物を運び出しています。
掃除機をかける音がし、
うちの部屋と隣室をへだてている壁にも
なにか作業が始まりました。

カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ…

なにかこびりついた物を壁からこそぎ落とす音です。
またもや歯を食いしばり、何も想像しないようにしました。

それからニ週間ほどして、新しい入居者が入ったようです。
生活音はしますが、口論も喧嘩もぜず、
普通の人が普通に暮らしているようです。

そういえば、隣室の事件に関しては、
事件直後からテレビのニュースや新聞を注意してみていて、
インターネットで検索もしてみたのですが、
結局ベタ記事にもならなかったようです。

刑事さんからの電話もありませんでした。
警官は事件慣れしており、
証拠がそろわない事件は、
無難に「自殺」として処理されてしまうようです。


銃で人がひとり亡くなられたのに、
ニュースにもならず、
三ヶ月経つと全てがリセットされたかのように
同じような日常がその部屋ではじまっています。

すずきちの家賃は相場どおり値上がりし、
カリフォルニアの空は今日も青いです。

2001-05-21-MON

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