翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第十二回配信 しょうゆごはん仮説

チャイニーズレストランやスシバーなど、
ご飯がでてくるところでよく見かける
アメリカ人の間違ったご飯の食べ方がしょうゆごはんです。

特に中級〜ファーストフード系のレストランでは、
ご飯茶碗がでてくると、ほぼ反射的に、
映画館のポップコーンに溶かしバターをかけるみたいに、
しょうゆをささーっとごはんにかける客を結構見かけます。

躊躇も罪悪感も好奇心もまったくありません。
ガソリンをクルマに給油するくらい
当然のことをしているような表情です。
強いていえば、年配の方にこれをやる人が多いようです。

そんな、しょうゆごはんアメリカンを見かけるような店は、
中華なのに中国人の客がいないような、あるいは、
スシバーなのに日本人の客がいないような、
概ねゆるい客層のレストランです。
その手の店はもともと安いお米を使っていることが多く、
ただでさえ不味いご飯が、
しょうゆごはんをもさもさ食う人たちの気色悪さに
いっそう不味く感じられることもしばしばでした。

仕方ないので、ある日すずきちは積極策にでました。
自分のご飯にもしょうゆをささーっとかけてみたのです。

「目には目を!」です。

自分で自分に復讐しても仕方ないですが、
とにかく食べてみました。

…うまい。
正確に言うと、普通にそのご飯を食べるより不味くない。

なにが起きているのかやっと理解でしました。
日本でいうご飯のおいしさというのは、
つきつめていくと 香りとつやです。
不味いご飯には、その両方が欠けていて不味いわけですが、
しょうゆをかけるとしょうゆの芳ばしさがでます。
香りの部分だけご飯の不味さが救済されるのです。

「郷に入っては郷に従え」ですね。

今でこそ、そこらじゅうにスシバーが乱立していますが、
それ以前にアメリカで白米をお茶碗で出す場所といえば、
チャイニーズレストランだったはずです。
もともと香りとかつやとかがあまり問題にならない
インディカ米がでてくるチャイニーズレストランのご飯を
手っ取り早く、よりおいしく食べる方法が
しょうゆをかけることだったのではないでしょうか。

そう考えると、アメリカのスシバースタイルで
板前さんとわいわいお話しながら食事するような
ちゃんとしたスシバーのカウンターに
しょうゆごはんアメリカンが若干少ないのも、
年配の方にしょうゆご飯=「ご飯」だと信じている人が
多い様子なのも説明がつきます。

ちゃんとしたスシバーは美味しいお米を使っているし、
「しょうゆごはんは、あまり誉められた食べ物ではない」
と板前さんに客が教育される機会もあるでしょう。
アメリカのスシバーのスタイルは
過去20年間くらいで確立・定着したと思いますが、
スシバーが流行する前に、チャイニーズレストランだけで
白米を食べていた期間が長い年配の方々にとっては、
しょうゆごはんがスタンダードになっていても
不思議ではありません。

捨て身でしょうゆごはんを食べてみて
「香りのない不味い米に香りをつけてましな味にするのが、
 アメリカのしょうゆごはんである」
という仮説を打ちたてたすずきちは得意になって、
いきつけのスシバーの板前さんに説を披露しました。


すると彼は、いままでアメリカで見聞きした、
いろんなお客さんの例を教えてくれました。
スシシェフとしての経験はまだ数年の若い板前さんです。

・ レモンをごはんに絞る客

・ ビールにしょうゆをささーっとたらす客

・ 握り寿司をしょうゆ皿に浸したまましばらく放置し、
 しょうゆがしみしみに 染みて来たところで
 ご飯粒がばらばらになった握りをぼそぼそ食った挙句、
 ご飯粒がたくさん泳ぎ出したしょうゆ皿のしょうゆを
 美味しそうにすする客


・ ごはんにコーラをぶっかけて、
 うまそうにぞぞぞーっとすする客


…郷に従いたくありません。
「蓼食う虫も〜」というレベルもとっくに通り越し、
動物園で、珍しい動物の生態を学んでいるような
謙虚な気持ちになりました。

すずきちのしょうゆごはん仮説は、
アメリカ人スシバー客たちのワイルドな多様さの前に、
立証されぬまま消えることになりそうです。

2001-05-14-MON

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