翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

 

第九回配信 鈴木一朗  その2

アナハイムのエジソン・フィールド野球場へ
エンジェルズ対マリナーズ戦をみにいきました。
先週の土曜日のナイトゲームです。
ディズニー傘下のエンジェルズの球場だけあって、
外野席の一角にはローラーコースター無しの
サンダーマウンテンみたいな構造物があって、
噴水が沸いたり花火が打ちあがったりします。

私の席はマリナーズ側のはずなのですが、
周囲はほぼ全員エンジェルズの帽子をかぶっています。
周囲だけじゃなくて、
球場全体を見渡してもマリナーズファンが結集している
一角というものがみあたりません。
ちらほらと私と同じようなイチローと佐々木目当ての
日本人の観客をみかけるくらいでしょうか。
東洋系のおじさんたちが
エンジェルズの帽子をかぶってたので話してる言葉に
聞き耳をたてると韓国語だったりします。

よく考えたら、アナハイムくんだりまで
本当のシアトルのファンが大量にでかけてくるはずもなく、
全米を転戦するMLBの球場の観客は
常にほぼ全員ホームチームのファンということになります。

メジャーリーグのビジターチームは、大げさに言うと、
駒場スタジアムで浦和レッズと戦う相手チーム以上に
常に四面楚歌の状況で戦ってるんですね。

日本のテレビで放送される頻度がもっとも高い巨人戦では、
甲子園は無論、広島市民球場だろうが中日ドームだろうが
半分くらいは巨人ファンですよね。
逆に東京ドームにも相手チームのファンはいます。
東京にある単一人気チーム対他チームという
日本のプロ野球の人気構造があってこその
観客のばらけかたなんだと思います。

あろうことか私の隣りの席は、
シーズンチケットで一塁側内野席を数席押さえている、
熱心なエンジェルズファン一家のご一行様でした。
金・土・日の三連戦全部みるんだという
そのご一行様のリーダーは、
どうみても70歳以上に見えるおばあちゃんです。
やはり70歳くらいのご主人と、
中学生くらいのお孫さん男の子と女の子ひとりずつ、
あとは40代の息子さんとその奥様というご一家でした。

球場でばか高いスナック類を買わないで済むように
大き目のランチボックスに
M&Mのチョコだのキャンディーだのを
いっぱい詰め込んで持ち込んでいて、
いかにも観戦なれしている様子です。

おばあちゃん 「ウチはエンジェルズがここの球場を
 25年前に本拠地にしてからずーっと、
 エンジェルズ一筋のファン
 (”Diehard Angeles Fan”)
 なんですよ。
 あなたはエンジェルズを見に来たの?」
すずきち 「実は、マリナーズをみにきたんです。
 SuzukiとSasakiが
 どんな感じか気になったもの
 ですから」
おば 「日本人ならHasegawaだって
 いいピッチャーよ。 
 Hasegawaじゃだめなの?」
「Suzukiがマリナーズに入らなかったら
 今シーズンは
 Hasegawaを応援しようと
 思ってたんですけどね。
 実は私の名前もすずきちなものですから、
 Suzukiを応援するしかないのです」
おば 「じゃあしょうがないわね。赦してあげる」

 
赦してもらえました。

おばあちゃんとそのご家族は
ダイハードなエンジェルズファンを自認するだけあって、
同じア・リーグ西地区のライバルであるマリナーズの
話題のルーキーであり、
エンジェルズの長谷川滋利投手の元チームメイトでもある
Ichiro Suzukiのことは知っていました。

Suzukiというとモーターサイクルとか、
バイオリンのスズキメソードとかを連想する人が多く、
一般的なアメリカ人には、
Suzukiの方がとっつきやすく覚えやすいようですね。
球場の場内放送、電光掲示板の表示もやっぱり、
Ichiro SuzukiもしくはSuzukiでした。

ダイハードおばあちゃんのほうは、
ライバルチームの話題の新人を覚えているだけでなく、
長年ご覧になっているだけあって、
観戦ポイントも心得ているようです。
その日の主審が出てきたとたんに舌打ちし、
「あの審判こないだの試合の人でしょ、だーめよあの人」 
なんていきなり審判の品定めから観戦が始まっていました。

観客席を改めて見回してみると、
おじいさんとおばあさんの二人連れもちらほらいますし、
ダイハードおばあちゃんは、
決して例外的なファンではありません。
あと、小学生くらいの子供連れの一家ももちろんいます。
ティーンエイジャーと思われる女の子も意外にいます。
もちろん男性が若干多い感じはしますが、
年齢に関してはあらゆる層にばらけています。


とにかく、
25年来のエンジェルズファンの赦しをもらって一安心、
心おきなく応援することにします。

しかし試合が始まっていきなり一回の表、彼が
打席に立った瞬間、私は自分の過ちに気づきました。
左打者である彼は一塁側に背を向けて打席に立つのです。
顔が見えません…

満員のスタジアムにはコアなファンも多く、
話題のルーキーIchiro Suzukiの打席でだけ
球場のそこかしこからブーイングが巻き起こりました。
球場全体がエンジェルズファンでそんな雰囲気なら、
三塁側の席から応援したって顰蹙を買うのは一緒です。

その前提でいうとベンチでチームメートと談笑する姿や
審判のコールやカウントによって
微妙に変化する彼の打席での表情が見れる分、
三塁側内野席から観戦する方が楽しめたかもしれません。

ちなみに守備位置に近いライト外野席はどうかとも
思いましたが、試合の展開によっては
ほとんど守備機会がありません。
そうなると守備位置で退屈そうに
延々とストレッチを続ける彼の姿を眺めることになります。
この日の守備機会は走者のいない場面で
普通のライトフライを処理したくらいでした。


そんなわけでこの日は、
彼のすべての打席で穴があくほど背番号51を眺めました。
この試合彼は四打数一安打でしたが、
彼が返した走者の得点が決勝点となりました。
最後に佐々木がセーブを稼いで試合は終了です。

その瞬間、ダイハードおばあちゃんは、
  「金曜日も今日も緊迫したいい試合だったわよね、
   じゃあまたね。すずきちさん」と
佐々木がツーランを被弾してエンジェルズが勝った
金曜日の試合を引き合いにだして
なんだか楽しそうに負け惜しみをいい、
一家をひきつれそそくさと帰っていきました。


ESPNのアナウンサーは、初本塁打を放った後あたりから
試合解説で彼のことをIchiroとだけ呼び始めていますが、
シアトル・マリナーズのルーキーIchiro Suzukiが
メジャーリーグの超一流選手Ichiroとして
全米のMLBファンに認知されるようになるには、
もう少しだけ時間がかかるかも知れません。

アメリカはあまりに大きく、
ファンは年齢的にも地理的にも本当に多種多様です。

そんな困難に挑戦する鈴木一朗選手を支えているのは、
ダイハードおばあちゃんのような、
故郷の都市とベースボールへの愛情にあふれた
多くのファンの存在と、
そんなファンに支えられたアメリカの
メジャーリーグベースボールのあり方そのもの
なんじゃないかと思います。

力道山じゃあるまいし、
アメリカ人をやっつける日本人というメガネで、
勝手に二人羽織を着せてイチローを応援するのはやめよう、
と球場にいってみてすずきちは反省しました。
でも、困難に挑戦しつづける一個人、
鈴木一朗選手のことは、
彼の呼び方がどう変わろうと
応援していこうと思っているところです。

2001-04-21-SAT

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