山下 うれしかった。


「あぁ、もう、ここまでできたんだ‥‥。
 こうなると、ちょっと、うらやましいかも(笑)」

いきなりですが社長の登場です。
この日の帽子教室、
授業開始とほぼ同時にやってきた糸井重里は、
生徒たちが持ち寄った型紙や、購入してきた生地を見て、
そんなふうに言ったのでした。
いつもだったら、各生徒にツッコミを入れて巡回するのに、
モギなおこちゃんをちょっといじった程度でそれもやめ、
きょうはなにやら静かに教室を眺めています。

「なんて言うの? ほら、
 友だちのヨシオくんがピアノ教室に通いはじめてさ、
 “なんだよピアノなんて”とか“男のくせに”とかって
 言ってるわけですよ、ぼくは。からかったりもしてね。
 ところが、ある日ヨシオくんは、目の前で、
 それはそれは、みごとなピアノを弾くんですね。
 “あ‥‥うらやましいかも”って思っちゃうでしょ。
 そのかんじなんだよ、いま」

へ? そ、そんな、
うらやましいと思われる状態なんですか? ぼくたち。
週にいちどのペースでのろのろと、
帽子作りを進めていたわれわれですが‥‥そうですか、
カタツムリの速度なりに進歩があったのでしょうか‥‥。
うれしく思います。
すべては、見捨てずに教えてくれたスソ先生のおかげです。

‥‥こんなことを申し上げるのは、
苦労をふりかざしているようで、あれなのですが、
もともと洋裁のこころえがない男子生徒は、
けっこう、がんばっていたと思います。

目に見えた遅れを取り戻そうと、
週末、会社にきて宿題をすすめたこともありました。



仮の帽子を縫っても縫っても、
なぜかしらピッタリ合わず、型紙を作り直すこと数回。
途方に暮れ、布を抱いてひざまずいたこともありました。



そうしてなんとか、
「これでかんぺき‥‥なはず!」と自分で思える
型紙まで、ブラッシュアップしたのです。



さあ、いよいよです。
いよいよこれを切り、縫い合わせ、
かぶった姿をスソ先生に見ていただくのです。
そして、
おのれが練り上げた
「命の型紙」がオーケイであると
先生にきっちり認めていただく!
その日がついにやってきたのです!!

と、勢い込んでおりますが、
ここはひとつ、落ち着こうではないですか。
落ち着いて、スソ先生が持ってきてくださった
豆などをいただくことといたしましょう。



にぎやかな帽子教室を遠巻きに眺めながら、
糸井重里も豆を食べます。



‥‥と思ったら、社長は急に立ち上がった!

「だめだ! こうやって見てるだけだと
 うらやましくなるだけだ(笑)。
 しかも、このうまい豆を食いつづけてしまう。
 だから、おれは行く。
 ‥‥スソさん、こいつらをよろしくお願いします」

何かを断ち切るかのように、糸井重里は姿を消しました。

ぼくは、残された豆をひとつぶ、カリッとかじると、
豆が入っている器をズイッと左腕で横に押しのけ、
ひとつ、ゆっくりと深呼吸。
意を決し、声を絞り出しました。

「先生、宿題チェックをお願いします」



このような具合で型紙を作り直し、
最終的にできた仮の帽子が‥‥



こちらになっております。



い、いかがでしょうか‥‥。

スソ先生は、しばし黙って、まえ、よこ、うしろと
仮の帽子をチェックすると、
その待ちに待ったひとことを、おっしゃったのです。

「オーケーです、よくがんばりましたね」

‥‥‥‥‥‥ありがとうございます。
よ、よし、よし‥‥よおしっ!!



やりました、ついに合格となりました!
バンザーイ!! バンザーイ!!



バンザイなのに手が真上にいかず、
土俵入りのようなカタチになっているのは、
真上に思いきり手を上げるとシャツがもちあがって
へそが見えてしまうからです。

そんなことはどうでもよくて、
シェフさん! 武井さん! やりましたよ!
ぼくら中年、やすみの日にも頑張ってよかったですよね!



ん? あれ?
なんか微妙にひきつった笑顔に見えますが‥‥。
武井さん、宿題の提出は‥‥あ、終わった。
でも、ハサミで型紙を切っている‥‥。
そうですか、なにか問題があったんですね‥‥。
‥‥でも、申しわけないですけれど、
ぼく、よろこんでもいいですよね?



ひとあしさきに、よろこびますね? うれしいんで。
すみませんね。
もう一度、立ち上がって‥‥
よっこいしょと‥‥
ぃやったーーー!!



「勝訴」みたいなカタチになっているのは、たまたまです。
手に持っているのは、「かんぺきな型紙」です。
ひゃっほーい!!

と、そのときでした。
「あれ? これは?」
スソ先生が、いぶかしげな声でぼくにたずねます。
「これ、ここのところ、糸で縫っていませんけど‥‥」



すかさず、なんこが、あいだに入ってきました。

「あ! それ! 先生に言いつけようと思ってたんです。
 それは、ホッチキスなんです!!
 山下さんは、糸で縫うのがめんどくさいからって、
 ホッチキスで布をとめてたんです!
 週末の会社でこっそり。
 わたし証拠写真を撮りました。ほら!」



い、いや、いやいやいや、あの、先生それは、
あくまで仮の帽子ですので、
確認ができればよいかと思って‥‥。

「ぼくもね、よしたほうがいいって言ったんですよぉ」

いつのまにか武井さんがそばにいました。

「なのに山下さん、悪びれることもなく‥‥ほら」



‥‥‥‥も、も、申し訳ありません!
いま思えばこれは、洋裁に対する冒涜でした。
つい、つい魔がさして‥‥‥‥
あれ? 先生、どうして笑ってるんですか?



「もう、ほんとに(笑)、
 せっかくここまで頑張ったのになんでそんなこと(笑)。
 みなさん予想外のことばっかりやってくださって、
 ある意味、感心しています。
 ‥‥この先はいよいよ本番の縫いものになるので、
 たのしく頑張ってくださいね」
 
は、はいっ!!

「でも、もうホチキスはだめです」

はい。



スソ先生のアドバイス
ホチキスの件は、まあ目をつむりましょう(笑)。
シンプルだけどむずかしいカタチの帽子、
がんばって型紙までたどりつきましたね。
‥‥でも、欲を言えば、
ちょーっとサイズがちいさいかも。
本番の型紙は、それを102%に拡大コピーして
つくるといいと思いますよ。
グッドラック!

とじる