その後のおじさんたち。その2
エルッキさんの衝撃。

取材させてもらったおじさんたちの中で、
一番よく会っていたのがエルッキさんです。
キヒニオはお気に入りの村になり、
お気に入りの森や湖ができました。
ところがもう1年以上、キヒニオに行くこともなければ
エルッキさんにも会っていません。
最後に会ったあのとき、エルッキさんは、
なんだかおかしかったのを今でもよく覚えています。


▲私が大好きになった、エルッキさんのところの、近くの湖。

語りながら「いいこと言った!」という表情になったら、
人生論が止まらなくなるエルッキさん。
「うっざい」のです。
どうでもいいビジネスアイデアを
だらだらと語られたりもします。
私は森を楽しみたいし、
カッコウの鳴き声を数えたりしたいのに、
時に焚き火の火のゆらめきをじーっと眺めて
頭の中をしばし空っぽにしたいのに、
ちっとも集中できません。
「ちっ」と思ってエルッキさんのほうに顔を向けると、
自分の言葉にご満悦なエルッキさんは、当然得意げです。
しかもエルッキさんの満面の笑みに、
こちらがイラっとしても気にも留めません。


▲一人で滞在しているとき、エルッキさんに「冷蔵庫にあるもの、自由に食べて!」と言われ、
宿の冷蔵庫を開けたらソーセージにつぐソーセージ。
仕方なく淡々と一人で焚き火をしてソーセージを食べたときの写真です。

そんなときに、エルッキさんの話を上手にお終いにして、
自然の知恵や動物たちのこと、
薬草の話などをしてくれたのがアンニッキさんでした。
「焚き火の火はいいわよね」
‥‥そういって沈黙の時間をくれたりもします。

私の中ではアンニッキさんあってのエルッキさんでした。
ところが最後に会ったとき、
そこにはアンニッキさんの気配が
まったく感じられなかったのです。

フィンランドで暮らすようになり、
久しぶりの女友達に「○○君元気?」と彼氏の名前を出したりするのは、
ひとまずやめたほうがいいということを
身につけていました。
知らないうちに別れてて、
そしてあっという間に相手が変わっていたりするからです。
久しぶりに会う男友達に対してもそう。
新しい出会いがあって嬉しければ、
あるいは聞いて欲しいくらいにムカついた別れ話があれば
本人から話すだろうし、
自分からはあえて口にしないでおこう、そんな感じです。

なんでこんなことを言うかというと、
私は「アンニッキのことを
エルッキさんには聞いちゃいけない」と、
とっさに思ったのでした。

なんだかエルッキさんがしぼんで見えるのです。
偉そうなことは言わないけれど、
何をいっても話半分の生返事しかしてくれません。
それは焚き火を囲みながらエルッキさんが
ひたすらぼやいた
「フィンランドの不景気」のせいではないと、
なんとなくそう思ったのでした。

ここ数年、私は日本の方向けにフィンランドの旅を通じ
ムーミンの世界をもっともっと楽しんでもらえたらという
ツアーの案内役をさせてもらっています。
そしてムーミンの世界に森は欠かせません。
私はエルッキさんの森で、
トロッコで気ままに自分だけの森を体感していただいたり、
森の中で焚き火を囲んだり、
スナフキンのようにやかんでコーヒーをいれたりという
企画をしていました。


▲ひとりでトロッコに乗ってベリー摘みにいったときの写真です。

いつも嬉しくなりすぎて、ついつい張り切りすぎて、
皆を疲れさせてしまったりするエルッキさん。
トロッコを運転しながら線路に携帯を落として
誰とも連絡とれなくなるエルッキさん。
はしゃぎすぎの大暴走で予定を大幅に遅らせてしまい、
バスの運転手さんに叱られるエルッキさん。
何人かのお客さんを乗せて車を走らせていたら、
その車が途中でうんともすんとも言わなくなり
皆を慌てさせたエルッキさん。
それでも大きな体で嬉しそうに
みんなの世話をあれこれ焼いている姿の微笑ましいこと。
「お父さん」と呼んで慕う人もいらっしゃいました。
私じしん「うっざい」感じのおじさんたちとは
腐れ縁な感じだし、実際のところ、
うざいのは大好物かもしれません。これはこれでいい。


▲木々の向こうに譲り受けた列車が見えるエルッキさんの森。ここからの眺め、好きだったなあ。

最後にあったのもツアーの皆さんをご案内した日でした。
結局その日は最後まで
アンニッキさんがいらっしゃることはありませんでした。
そして、これまで何年もエルッキさんの
お手伝いをしてくれていた人たちが、
誰も姿を現すことがありませんでした。
やっぱり聞けない、アンニッキさんのこと‥‥。

少しして、エルッキさんがやっていた
クルマラン・コウルは閉鎖されることを聞かされました。
私はそのときすら、
閉鎖の理由を聞くことができませんでした。


▲今は亡き猫のイミ。私は勝手に校長先生と呼んでました。

それから4ヶ月くらいして、
フェイスブックでエルッキさんが
「交際中」とでました。
相手の女性はとても幸せそうで
「婚約しました、やっと公に言えます!」と、
エルッキさんと暮らしている女性が
嬉しそうに書き込みをしていて、
そしてその女性の友達は次々と
おめでとうと祝福していました。
アンニッキさんのお弟子さんだった人?
‥‥それ以上の詮索はもうしたくない。
このままにしておこう。

アンニッキさんはエルッキさんのもとを去っていきました。
彼女は誰にも告げずに静かに去っていったような気がして、
私はこの連載のための取材をしていたときに
見せてもらった、
若い頃のアンニッキさんの写真をふと思い出しました。
いつかそ知らぬ感じで
アンニッキさんに電話をしたいなと思いながら、
今日に至ります。
どうしてるのかなあ。
いちど連絡してしまったら、
アンニッキさんに会いたくてたまらなくなりそうで、
なかなか連絡をとれないままでいます。

次はエルッキさんとアンニッキさんと
よく遊んだときのこと、そして二人が紹介してくれて
知り合えたレオさんの
その後をお話しさせてください。


▲エルッキに連れられてレオさんに会いにいったときの写真です。

(つづきます)

 

 

2015-09-17-FRI
takei

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