経済はミステリー。
末永徹が経済記事の謎を解く。

第43回 見えない「のれん」

「のれん」は、もともと、
「商店の入り口にかける屋号を染めた布」である。
くぐりやすいように三つくらいに分かれた
「開店していますよ」という合図の布。

あの布は文字通り「店の看板」で、
そこから、抽象的に「店の評判」あるいは
「店そのもの」を意味するようになったのだと思う。
「代々続いたのれんを守る」という時の
「のれん」である。
普通は、昨日今日できた店ではない
「しにせ老舗の信用」に限って「のれん」という。
 
経済用語の「のれん」は、
この「老舗の信用」と似ていなくもない。
似ていなくもないが、かなり違う。
むしろ、日常用語では「営業権」といわれるものに近い。

あなたが、友達(じゃなくてもいいんだけど)が
やっている店を買い取る、とする。
その時、値段の基本になるのは、
その店が持っているモノの価値の合計である。
土地建物、備品、在庫、銀行預金など。
借金があったら、それを差し引く。

そうやって計算された
「目に見えるモノの価値の合計」が、
その店の経済的な価値のすべてだろうか? 
そうではない。
あなたの友達が真面目に商売をやっていたのなら、
その店には、馴染みの客、安心できる仕入れ先、
商品知識を持った店員など、目に見えない価値がある。

経済用語の「のれん」は、
そういう「目に見えるモノ以外の価値」をいう。
その店がはやっていればいるほど、
見えない「のれん」に高い値段がつくはず。
これ、日常用語では、
「のれん」ではなくて「営業権」と言うよね。

企業であれば、ブランド、特許、技術力などの評価も
「のれん」に含まれる。広い意味での「将来性」である。

モノの評価は客観的に決まるが、
将来性の評価は難しい。
というより、客観的な評価は不可能。
現実には、株式市場がつけた企業の値段から、
企業の持っているモノの価値を差し引いた残りが
「のれん代」ということになる。

ITバブルの時、IT企業の株は、
企業が持っているモノの価値の
何十倍、何百倍もの値段で取引された。
その頃にIT株を買った人は、将来性を評価して、
ものすごい「のれん代」を払っていたわけだ。

JDSは、ものすごい「のれん代」を払って
IT企業を買収した。
ところが、ITバブルが崩壊して、
IT企業の「のれん」は評価されなくなった。
それがJDSの
アメリカ史上最大の巨額損失の正体である。

実際は、会計基準の変更があったりして、
もう少し話は複雑。
細かい話は避けるが、
ITバブルという新しい現象に対処するために、
アメリカの会計制度は改良されたのだ。
そのおかげで、JDSの株主は、
JDSの経営者がいかに愚かであったか、
一目瞭然に知ることができる。

「構造改革」は、「今、何をやるか」も大事だけど、
もっと大事なのは
「時代の変化にすばやく対応できる仕組み」
をつくることだと思う。
「今、正しい」ことが
いつまでも正しいわけではないのだから。

2001-08-08-WED

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