経済はミステリー。
末永徹が経済記事の謎を解く。

第3回 大臣の発言が、織り込み済み


丁度この連載が始まった日(三月八日)の国会で、
宮沢財務大臣が
「日本の財政はやや破局に近い」と発言した。
財務大臣といったら、お金のやりとりに関して、
政府の最高責任者である。
会社四季報を持っている人は、
NTT(9432)のところを見て下さい。
国有財産であるNTT株の名義は、
大蔵大臣(「財務大臣」の昔の名前)になっている。
陳腐な比喩だけど、財務大臣は、
国の金庫の鍵を握っている人なのだ。

その財務大臣が「破局に近い」と言った。
「破局」という言葉は、
「恋の破局」というような使い方もあるが、
金融、経済の用語としては、
「金策が尽きた=破産」という意味である。

凄いことを言ったもんだと思う。
社長が公式の場で「当社は破局に近い」と口を滑らせたら、
債権者が資金の回収に殺到して、
本当に会社が潰れてしまうかもしれない。

しかし、この財務大臣のうっかり発言に、
金融市場はあまり反応しなかった。
円がドルに対して少し売られたが、
一日たったら元に戻った。
財務省の人たちが素早く訂正して回ったとはいえ、
金融市場に携わる人たちは、
大臣の「破局」発言を平然と聞き流したのだ。

「そんなことは、今さら
財務大臣に言われなくたって、わかっているよ」
というわけ。こういう事情を、
市場では「織り込み済み」という。

たまごっちが売れに売れているのを見れば、
誰でも、バンダイは儲かっているだろうと思う。
株価は、それで、上がる。
何ヶ月も経って
「儲かりました」という決算発表が出た時には、
「織り込み済み」で上がらない。
それは、普通の現象である。

でも、大臣の発言が、
そんなに安っぽく織り込まれていいのかな、と思う。
「財政はやや破局に近い」
と財務大臣が言っても、誰も、驚かない。
これは、やっぱり凄いことだ。
「みんなが、そんなことはとっくに知っている」
から驚かない。
そのことが、凄い。
どうして、知っていて、平然としていられるのだろう。

この問題は、これからも、ときどき考えていきましょう。

さて、宮沢「破局」発言の一日前に、
速水日本銀行総裁が
「円安にしてみるのもいいんじゃないか」
というようなことを言った。
速水さんは「円高が好き」な人だから、
この発言は注意を引いた。

ちょっと回りくどくなるが、
円高、円安の持つ意味から、説明しよう。

日本銀行の仕事は、大雑把にいうと、
世の中に出回る「円」の総量を調整することである。
そのための手段として、
預貯金の利息などの基準となる金利を上げ下げしたり、
日銀券(千円、二千円、五千円、一万円札の正式な名称)の
発行量を調節したりする権限を与えられている。

日銀券の量が変わらなくても、金利が下がると、
お金が借りやすくなって、出回る「円」は増える。
金利を下げることを「緩和」、
上げることを「引締め」という。
お金が銀行から流れ出る蛇口を開け閉めする感じ。

で、何のためにそういう調節を行なうのか。
「物価を極端に変動させないで、
 経済を安定的に成長させるため」である。
「円」が増えると、景気はよくなるが、
物価も上がりやすくなる(インフレ圧力)。 
逆に、「円」が減ると、景気は停滞し、
物価は下がりやすくなる(デフレ圧力)。

為替相場との関係で言うと、
円安ドル高(一ドル100円が120円になる動き)は、
インフレ圧力になる。
今まで、100円で買えたモノが
120円になるのだから、物価は上がる。
逆に言うと、100円でしか売れなかったものが
120円で売れるようになって、景気はよくなる。

なぜ、速水さんはデフレ圧力になる
円高ドル安が好きなのか、次回に続く。

2001-03-14-WED

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