革のプロフェッショナルに訊く!TS2020の“すごい”革。

グラフィックデザイナーの佐藤卓さんが
選んだ革で作る「TS」シリーズの革カバー。
ことしは、独特の見た目とタッチ感をもつ
なんともカッコいい革が選ばれました。
独自の配合で作られたオイルを
内部に浸透させることによって
ほかにはない色みと手触りが実現した、
玄人好みの逸品なのだそうです。
21年にわたり皮革の輸入・販売をおこなっている
革のプロフェッショナル「協進エル」の田辺裕貴さんに
その魅力とすごさを、たっぷりと語っていただきました。
> 田辺裕貴さんプロフィール

[前編]見たことも触ったこともない革。

「協進エル」さんには毎年、TSシリーズのために
佐藤卓さんに提案する革を用意していただいています。
今回はTS2020のイメージ写真の
モデルもつとめてくださって‥‥
ありがとうございました!
田辺
いやあ、緊張しましたよ(笑)。
さて、今回も30種類ほどの
あらゆる見た目、質感の黒い革を
TS2020の候補として出していただきましたよね。
田辺
そうですね。フランス、イタリア、それから
日本のものまで、なるべくたくさんの
いい革をそろえられるようがんばりました。
そして、選ばれたのがこの革でした。
毎年同様、今年も卓さんは「即決」だったそうです。
田辺
毎年、佐藤さんは一瞬で
いいものを見抜かれるので
すごいと思っています。
実はわたしも、この革については
ほかとは違うな、と思いながら
候補のひとつに入れさせていただいたんです。
それをたぶん佐藤さんも直感で
感じとっていただけたのではないかなと。
ほかとは違う、とは?
田辺
実はこれ、TS2020にご提案できるような
おもしろい革を探すために、
昨年イタリアの「リネアペレ」という
革の展示会に行って、見つけた革なんです。
リネアペレ。
毎年ミラノで開かれる
世界最大の皮革見本市ですね。
田辺
そうです。
世界各国から1200社ぐらいが出店して、
革もそれこそ1万枚以上がずらーっと並びます。
そこで、黒い革ばっかり探しましたよ(笑)。
そのなかからこの革を、
つまり、ちょっと光るものを見つけたんですね。
田辺
これは、2018年9月の展示会に
出てきたばかりの最新作でした。
黒革なのに真っ黒に見えないのは、
どうやらホワイトワックスを
上から吹きけているらしい。
それでぱっと見、ちょっとおもしろいなと。
ホワイトワックス?
田辺
革の中にロウを染み込ませて作る
ブライドルレザーという革があります。
そのブライドルレザーを作る際に使われる
ホワイトワックスというロウがありまして。
最初はそれを吹きかけているのかと思ったんです。
でも、そうではなかった。
よくよく調べてみたら、もっと深くて
試行錯誤を重ねて作られた革だったんです。
どんな革なのか、教えてください。
田辺
ホワイトワックスにしては、
その見え具合が違うなというのを感じまして、
この革を作っている
イタリアのタンナー(なめし業者)さんに
メールでいろいろ聞いてみました。
そうしたら、ワックスを上にかけているのではなく
熱で溶かした固形ワックスと
数種のオイルを混合させて
革の中に浸透させているのだ、と。
そのオイルが革の中から表面に
じんわりと出てきているからこそ、
こういう特別な表現、おもしろい見た目に
なっていたんです。
ワックスを革の中に浸透させるって、
通常はあまりしないことなのでしょうか。
田辺
難しいので、あまりやらない製法です。
このタンナーさんも、今までにないものを
作りたいということで試行錯誤して、
やっとできあがった革だったみたいなんです。
普通の革との大きな違いは、なんですか。
田辺
いちばんの違いは、タッチ感ですね。
なんでしょう、言葉でなかなか言い表せないんですが、
ひとことで言って、いい感じなんですよ(笑)。
指の引っ掛かりが、ほかとはちょっと違う。
今まで触ったことのない感触ですね。
毎年、リネアペレで1万枚以上の革を見て、
毎日数えきれないほどの革を触っている田辺さんが
「今までにない」とおっしゃる革‥‥。
田辺
そうですね。
仕事柄、検品なども
指先の感覚を頼りにやっていますから。
そんな中でも、この革に関しては
おやっと思ったわけですね。
田辺
この独特なタッチ感を生み出すために、彼らは
動物性、植物性、鉱物性の
3種類のオイルを配合していました。
こんな作り方も、はじめて聞いた話です。
3種類のオイルを配合‥‥?
田辺
動物性と植物性のオイルは革になじむんですが、
鉱物性オイル(=ミネラルオイル)というのは
なじまないぶん、
表面に出てきて保護膜になってくれる、
つまり保湿の効果があるんですよ。
鉱物性オイルというと
聞き慣れないかもしれませんが、
化粧品などでも使われているもので、
たとえば「ワセリン」などがそうです。
これらをうまく組み合わせることによって、
そのなじみ感とタッチ感を調整しているんです。
なんだかすごそうな技術です。
田辺
もう、薬剤師さんみたいな専属の技術者が
イタリアのタンナーには、よくいるんですよ。
化学的な知識と、タンナーさんの感覚とで
バランスを調整しながら作られた革なんです。
それからこれ、色もすてきですよね。
「何色」とひとことで言えない感じですが。
表示的には黒ですが、光の当たり方によって
グレーっぽく見えたり、カーキっぽく見えたりして
表情が豊かです。
田辺
見たことのない、絶妙な色ですよね。
先ほどの、ワックスとオイルを
混合したものも含まれているから、
単純な染料の色ではないんですよね。
深みのある色だと思います。
革カバーは一般的に
経年変化がたのしめるのが魅力だと思いますが、
このカバーは、使っていくうちに
どんな変化が出てくるのでしょうか。
田辺
触っていくうちに、中に入っているオイルが
表面に出て全体になじんでいき、
サラサラした手触りになっていくと思います。
サラサラに。
田辺
ええ。また、しばらく触らないでいると、
またオイルが少し中に入って、
最初のときのような引っ掛かる部分も
わずかですが、出てくると思うんですよ。
要は、人間の肌と同じで、
革自体が毛穴から呼吸をしているので
温度や環境によっても変化します。
息をしてるんですね。
長く使うと、ツヤも出てきますか。
田辺
触ることで人間の油なども加わりますし、
摩擦によってだんだんツヤが上がってきます。
ですからこの革は、
もともとのヌメ革自体の経年変化もありますし、
その中に入っているオイルの出具合の変化も
かけあわされるので、
人によって、また使い方や環境によって
経年変化の出方も違ってくると思います。

(後編へ続きます)写真:兼下昌典