レースの世界 「Flower Lace」に使われている、レースのこと。

ほぼ日手帳2019で、
繊細なレースを使った手帳カバー
「Flower Lace」をつくりました。
このカバーにレースを提供してくださったのは、
レースを専門に製造・販売を行っている
株式会社溝呂木。
社長の溝呂木孝昌さんに
レースについてお話をうかがいました。

——
今回は「Flower Lace」
すてきなレースを提供していただき、
ありがとうございました。
レースについて、知らないことが多いので、
お話を聞きにきました。
溝呂木
我々としても、
レースのことをたくさんの方に
知っていただくのはうれしいです。
——
ではさっそく。
ひとくちにレースといっても
いろんな種類があると思うのですが。
溝呂木
はい。
じつはレースは世界中でいろいろな呼び方があって、
国ごとに好きずきに名前をつけているんです。
私たちは機械の種類によって
大きく4つにわけて呼んでいます。
まず「エンブロイダリーレース」。
エンブロイダリーというのは刺繍のことです。
それから、機械でつくるものとしては
いちばん古い「リバーレース」。
そのリバーレースを安価に量産できないかと生まれた
「ラッセルレース」。
最後がリボン状の、「トーションレース」。

「エンブロイダリーレース」はすべて、
基布と呼ばれる布地に刺繍をほどこします。
なかでも、刺繍後に基布をとかして、
刺繍部分だけを残すものがあります。
これを日本では「ケミカルレース」と呼んでいます。
「Flower Lace」はこのケミカルレースです。
刺繍をしたあと、70〜80度のお湯で基布を溶かすんですよ。
つくるときの難易度がもっとも高いんです。
——
どういう部分が難しいんでしょうか?
溝呂木
生地があるレースは、その生地が物性を保つ、
つまりモノとして成立させてくれますが、
ケミカルレースは刺繍のみで
本体を支えなければならないんです。
——
なるほど。
そういう難しいレースのデザインは
どんなふうにつくっていくんですか?
溝呂木
まずは図案を作成します。
建築でいう図面、設計図のようなものです。
それをもとに、工場でパンチングカードをつくります。
つまり、基布にどのように刺繍を入れるかの
プログラミングですね。
——
そのプログラミングは、図案をもとに
自動でできるものなんですか?
溝呂木
いえ。
デジタル処理ではありますが、一針一針、
どうやってステッチを入れていくかを
人の手でプログラミングしているんですよ。
このプログラムをする人を「パンチャー」と呼びます。
パンチャーの技術によって、
できあがりが変わってきます。
費用は刺繍の量に比例するので、
お客様にとっては少ないほうがいい。
でも少なければ少ないほど、
レースの物性を保つのが難しくなりますから、
パンチャーは高級感ある見た目と、
少なくても物性を保てる刺繍のしかたとの、
いちばんいいバランスを探すんです。
——
はー! 技術職ですね。
溝呂木
まさに。
パンチャーによってレースは大きく変わります。
我々レース業界の人間は、見ただけで
「あ、ここの商品だね」とわかるくらい。
ですからパンチャーはその会社の顔です。
でも日本ではパンチャーをできる人がとても少ない。
我々の会社でも、パンチャーは
自社工場ではひとりだけです。
——
たったひとり!
溝呂木
中国や台湾には、
パンチャーの育成を行う専門学校がありますが、
日本にはない。だから各社で育成するしかないんです。
非常に貴重な存在ですね。
うちのパンチャーは40代の男性で、
もともとレースの機械を動かす仕事をしていた人間です。
パンチャーになって7年目だったかな。
現場の事情をよく理解しているから、
パンチャーとしても優れているんですよ。
——
溝呂木さんには現在、
だいたいどれくらいの種類のレースがあるんでしょうか?
溝呂木
登録されているだけでも、2万種類くらいでしょうか。
——
2万!
昔のデザインはやはり手書きですか?
溝呂木
はい。
過去のデザインを少しずつデータ化していましたが、
もう日本ではできないと思います。
——
えっ。
溝呂木
刺繍の機械は、横幅が15〜6メートルほどもあるんです。
だから工場に柱が立てられず、
体育館のように、だだっ広い空間になっています。
工場は群馬の館林にあるんですが、
2014年に、大雪が2回降ったんですよ。
雪の重さで、屋根が崩落してしまった。
2011年の地震で弱っていたのもあったのかもしれません。
そのときに、
デザインをデータに変換する機械が壊れてしまいました。
その機械は日本に一台しかなかったので。
もう修理もできないんです。
——
そうなんですか‥‥。
溝呂木
ただ、柄自体がなくなったわけではないですから、
もう1回、パンチングすればいい。
現物の見本は全柄、我々の手元にありますので。
——
なるほど、生地自体から再度起こす。
溝呂木
そうです。実物をもとに再現するということも、
少しずつ進めています。
——
膨大ですね。
溝呂木
膨大です。
そういうこともやりながら、
新しいデザインも起こしていく。
この会社は自分で3代目ですが、
僕らの世代の仕事は、
いいものをきちんと保存し、受け継いだうえで、
新しいものを生み出していくことだと思います。
声をかけてくださる
ファッションブランドといっしょに
新たなレースをつくり出すのは
手間はかかりますが、やはりやりがいがありますね。
——
「Flower Lace」に使われたレースのデザインは
どうやって生まれたものですか?
——
このデザインはうちの会社のオリジナルで、
私が生まれる前からある、たいへん古いものです。
昔はカラーフォーマルやブラックフォーマルに
使われていました。

このレースをつくる機械は、
550本の針で刺繍をしていきます。
針と針の間隔は2.7センチメートル。
柄を大きくしたい場合は、
間の針を抜いていくんです。
もちろん刺繍の量や密度によっても変わりますが、
抜いた分だけ1本の針がカバーする範囲が広くなりますから、
つくるのに時間がかかります。
「Flower Lace」に使っているレースは針を2本抜いて、
8.1センチメートルで一つの柄になっていますから、
全部の針を使ってちいさな柄のパターンをつくるときより
3倍の時間がかかります。
——
だいたいどのくらいの時間が?
溝呂木
いまは機械が高速化されているので、
一反(1.25m×14m)をつくるのに、
半日かからないくらいです。
——
それでも半日かかるんですね。
溝呂木
はい。
この盛り具合を出すには、
やっぱり時間がかかるんですよね。
刺繍の量が多く、ぜいたくな柄だと思います。
最近の安価なレースは
じょうぶで洗えるという利点もあって
ポリエステルの糸でつくられているものも
たくさんありますが、
このレースは光沢のあるレーヨン糸ですし。
——
レーヨンはレースによく使われるんですか?
溝呂木
高級なものとなるとやはりシルクが中心ですが、
レーヨンもたくさん使われています。
今回は白のままで使っていますが、
レーヨンは発色がとてもいいので、
濃い色に染めても
高級感あるしあがりになるのが特徴です。
ポリエステルだと、染めるために熱を加えたとき、
染料の赤みの部分が飛んでしまいます。
だから同じように黒く染めても、
青みがかった黒になってしまう。
黒って国によって少しずつ違うんですが、
日本の黒は赤みが強いんです。
レーヨンはその赤みのある黒がちゃんと出る。
——
同じ黒でも、
そんなふうに違いがあるんですね。
溝呂木
はい。
レースはふだんのファッションにも使われますが、
やはり冠婚葬祭や式典などの場でとりわけ重用されます。
ブラックフォーマルの需要も高いですから、
きれいな黒が出るというのは大事です。
——
たしかに、レースといえばゴージャスですし、
フォーマルのイメージがありますね。
溝呂木
はい。
だから、ロイヤルウェディングとか、
芸能人の方の結婚式は、
なるべく派手にやっていただきたい(笑)。
おおきな結婚式があると、レース業界は活気づくんです。
今年のイギリス王室、ヘンリー王子の結婚式では
残念ながらレースのドレスが採用されず、
どれだけがっかりしたか!
——
なるほど(笑)。
レースにはそういう側面があるんですね。
溝呂木
はい。
産業革命前、絶対王政時代のフランスでは
王女が生まれると同時に
手作業でレースをつくりはじめ、
十数年かけてつくられたレースのドレスを
結婚式に着る、というものでしたから。
——
そう言われると、すごく特別なもの、
という感じがします。
溝呂木
もちろんいまでは
安価なラッセルレースも進化して、
カジュアルな場でも使われるようにはなってきましたが、
レースって基本的には原価が高いものではあります。
ですからこの仕事を極めると面白いのは、
レースが使われている洋服の値段が
だいたい当てられるようになることです(笑)。
——
すごい!
レースはクラシックなものというイメージが
強いですが、
やはり流行もあるんでしょうか?
溝呂木
モチーフが大きすぎず、小さすぎず、
柄がバランスよくうまっている。
あきすぎず、密集しすぎない。
これはすべて「Flower Lace」の柄にも
あてはまりますね。
レースの柄として、人気になりやすい要素を
この柄はすべてもっています。
——
レースらしいレースということですね。
溝呂木
はい。
繊細でありながらボリューム感がある、
まさに王道のレースだと思います。
私たちにとってレースは
フォーマルなものというイメージが強かったんです。
つまり、人目を浴びる回数の少ないもの。
でも、手帳は毎日開くものですよね?
ふだんレースが活躍するのとは
真逆のものにレースが使われるのが、
新鮮でうれしいことです。
——
たしかに、毎日使うものに
繊細なレースをほどこすのは
どうなのかという意見もありました。
ただ、やはりレースの美しさ、
近くにあるだけですっと背筋がのびる、
大切に扱いたくなる感覚をもってもらえたらなと
今回手帳カバーにしてみたんです。
溝呂木
レースは凹凸が魅力だと思っています。
その実物感を手で感じていただくには、
手帳カバーはぴったりではないでしょうか。
たいせつに使っていただければ、
次第になじんでいって、
いいヴィンテージ感が出るのではないかな、
と思います。

(おわります)

さまざまなレースのこと(1)リバーレース

「私自身は、このリバーレースが
いちばん好きなんです。
リバーレースは、
じつは編みでも織りでもないんですよ。
「撚(よ)り」といって、
糸同士を撚り合わせてつくっているんです。
リバーレースは裾にヒゲがあるのが特徴ですが、
これはデザインではなく、必然的にできるものなんです。
撚った終わりの部分を留めないで、そのまま残して切っていく。
この作業がとても繊細で、いまでは人の手で切っています。
決して安いものではないので、
用途としてはブライダルが圧倒的に多いです」(溝呂木)

さまざまなレース(2)ラッセルレース

「リバーレースとラッセルレースは、
じつは組織が全く違うんです。
ラッセルレースは「たて編み」という構造で、
機械もニットの機械とほとんど変わりません。
ラッセルレースには必ず編み目があります。
だから伸び縮みが大きい。
リバーレースは編み目がなく、
繊細でとても安定しています。
ですから昔は、テレビ画面越しに見ても
「これはラッセルレースだな」とわかったものですが、
機械の進歩によって、
違いが非常にわかりづらくなっています」(溝呂木)

さまざまなレース(3)トーションレース

「レースの起源にはさまざまな説がありますが、
私たち業界のあいだで一般的なものは、
レースの誕生は紀元前までさかのぼるという説です。
狩猟で使う網が、いちばん最初のレースではないかと。
これはソーセージやハムを包んでいるような
ネットと同じ構造です。
いまのレースでいうと、
トーションレースという種類のレースと同じなんです。
『君の名は。』にも登場した
「組み紐」の原理でつくられています。
細長い形をしていますから、
ドレスや帽子などの縁飾りとして
使われることが多いですね」(溝呂木)