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LIFEのBOOK ほぼ日手帳 2017

LOFT手帳部門12年連続NO.1

ほぼ日手帳 2017

「ほぼ日手帳2017」では、
POTTENBURN TOHKII(ポッテンバーントーキー)といっしょに
「KASANARI 朝から夕」「KASANARI 夕から夜明け」を
つくりました。
POTTENBURN TOHKIIのデザイナー、
中島トキコさんは、
個性的な洋服をいくつも生み出す人です。
なかでも、
工業資材などに使われるメッシュから発想した
アイテムが、おおきな注目を集めています。
この不思議な洋服たちは
どうやって生み出されるのでしょう?
そして今回の手帳カバーは
どんなふうにつくられたのでしょう?
――
「ほぼ日手帳2017」のために
すてきな手帳カバーをつくってくださって、
ありがとうございました。
この、見れば見るほど奥行きある生地は、
どんなふうにつくられたんですか?
中島
最近はコンセプトやストーリーを
かなり重視するようになりましたが
これは初期(2013年)のコレクションで
発表した生地なんです。
だからいまよりずっとシンプルな、
「色と柄のつながりを表現したい」という
気持ちでつくったものでした。
“かさねる”というテーマはありましたが。
――
たしかに、きれいな色の糸が
「かさなって」いますね。
中島
配色に関してはほんとうに、
頭があつーくなるくらい悩みました(笑)。
手帳カバーとして一年間持ってもらうときに、
何度みてもかわいく見える色の組み合わせを
考えていったんです。
候補となる色の組み合わせを見ていたら
ふと「これ、空の色みたいだな」と感じて、
そこからはそのイメージを意識して
選んでいきました。
じっさいにつかう糸を組み合わせて、いくつもの配色を検討したそう。
――
コンセプトと、生地や色のバランスとを
いったりきたりしながらつくっていかれたんですね。
中島
そうです。
ふだんのコレクションも、
「こういうコンセプトの服をつくりたい」と
「こういう生地や糸が使いたい」、
二つの考えの間を往復しているうちに
構想がかたまっていくんです。
――
そもそも、中島さんは
どうして服作りをはじめるようになったんですか?
中島
大学のときには、
ファインアートをやるのか、プロダクトか、
それともファッションか、
三択ですごく迷っていました。
そのなかで、
やっぱり「身につけて歩くことができる」
表現であることにひかれて、
服づくりをはじめました。

うち、母親が趣味で機織りをしていて、
父親が陶芸教室をやっていたんです。
「素材」と「立体」が身近にあったから、
立体的な生地にはもともと興味があった。
それで、
いざ自分で生地をつくろうとしたとき、
ホームセンターで売っているような
農業用の鳥よけネットとか、網戸とかが
服になったらおもしろいな、と思ったんです。
――
ポッテンバーンといえば、
メッシュ生地を使ったアイテムが
たくさんありますが、
最初から「メッシュでいこう」と
思っていらしたんですね。
中島
はい。
でも、鳥よけネットをそのまま使っても
美しくはならない。
どうしようと思って、Googleに
「ネット 工場」とか入れて、検索したんですよ。
そしたら、いまもお願いしている
富士ニツテイングさんというメッシュ専門の工場が
一発で出てきた。
ホームページではいわゆる
工業用のネットしか紹介されていなかったんですが、
「話を聞いてもらいたい」という気持ちが先走って、
連絡をしてしまったんです。
「私は面白い服をつくろうとしています」と。
――
いきなり!
中島
そう、いきなり。
「メッシュを使って、みんなが着る洋服を
 つくりたいんです」
と熱い夢を語ったら、
社長さんが
「じゃあ一回、工場を見にきてください」
と言ってくださいました。
行ってみたら、サンプル室を案内されました。
そこにものすごい数の
メッシュ生地のサンプルがあったんです。
もう、鼻血が出そうなくらい興奮しました。

メッシュっていわゆる経編(たてあみ)といわれる
編み方でつくっていくものなんですが、
とにかく編む前の準備に時間がかかるんです。
何百本という縦糸を一つずつ準備しなくてはいけない。
だから、大量生産のほうが向いているんですね。
私のように、「洋服をつくりたいから
生地を10メートルつくってください」なんて、
ふつうは受けていただけないんです。
でも、社長さんは快く受けてくださいました。
――
いちばん最初に
いいところと知り合えたわけですね。
中島
ほんとうに。
工場では、
ふだんは化学繊維の糸を使うことがほとんどなのに、
私がコットンやウールの糸でお願いするものだから、
針がボキボキ折れたり、
思ったとおりに柄が出なかったりもするんです。
でも、うまく調整してトライしてくださる。
すごく助かっています。
――
それにしても、
洋服をつくろうとしたときに
最初に「メッシュを使おう」と
考えついたのがおもしろいですね。
中島
何をつくるにしても、
人を楽しませたり、驚かせたりしたいというのが
いちばん前提にあるんです。
メッシュを使うようになったのも、
「ホームセンターのネットが服になっていたら笑えるな」
という気持ちが最初。
「じゃあ笑われたい服をつくっているのか?」
と聞かれたら、それは違うんですけど、
美しさの中にクスッとできる部分を入れたい。
たとえば、
新作の生地は雪をテーマにしているんですが、
ぼたん雪をイメージした服に、
さらに「ボタン」をつけたりもしてる(笑)。
――
かっこいいとかきれいだけじゃなくて、
さらに「おもしろい」をめざす。
中島
そう。
だからシーズンごとのコンセプトも、
ほかのブランドのファッションよりも、
広告のキャッチコピーとか、
Eテレの番組とか、
シンプルな訴えなのにわかりやすく伝わるものに
大きな影響を受けています。
中島さんもほぼ日手帳を愛用。デザインやコンセプトの
ヒントになりそうなものをメモしたり、貼ったりしています。
こちらは「おはじきの遊びかた」。
手帳の方眼を利用して、生地の柄のアイディアスケッチを書くことも。
――
洋服を買おうとしているかたには、
コンセプトをどんな形で伝えるんですか?
中島
アトリエやイベントで直接買ってくださる方には
お話することもできるんですけど、
それにも限界があって。
だから、毎回コンセプトを映像にしてみたり、
ビジュアルに凝ってみたりと工夫をしています。
――
今回も、
手帳カバー用の映像を
新たにつくってくださいましたね。
今回の映像のためのラフスケッチ。
かわいらしくファンタジックなテイストの映像ができました。
中島
今回の手帳カバーでは、
商品とコンセプトをページで一緒に伝えられたのが
ほんとうによかったなって思っています。
――
私たちも、
たのしいイメージ映像をいただいて、
うれしくなりました。
これからもメッシュ素材を使った服は
つくり続けていくんですか?
中島
はい。
これまで11シーズン、洋服をつくってきましたが、
メッシュってほんとうに奥ぶかくて。
しかも、
ジャガード織りや刺繍などにくらべて、
洋服に使っているブランドは決して多くない。
経編のメッシュを使った生地は、
まだまだ可能性があるはずなんです。
やればもっとおもしろいこと、
人を驚かせることができると思うので、
ずっとやっていくと思います。


中島さんの生地づくりを支える
京都の富士ニツテイング。
社長の米原賢さんに
お話を聞きました。
もともとは戦前に、
祖父が経編ができるラッセル機という機械を
外国から買ってきてはじめたんです。
日本で初めてという話もありますが、
まあそのへんはよくわかりません。
草創期であったことは事実です。
ずいぶん儲けたようで、
京都の長者番付で、右京区で二番になったことも
あるそうです。

父は祖父のもとを飛び出して会社をつくっていましたが
以前の東京オリンピックのときに、つぶれまして。
そのころには祖父の遺した工場もつぶれていましたので、
再起を図ろうと「富士ニツテイング」という会社を
はじめたわけです。
祖父の頃とくらべると、
規模は100分の1くらいに縮小されました。
小さい工場だからこそ、多品種少量生産でいこうと、
父は大量生産主流の昭和40年代に決めたんです。
そのおかげで、この工場が51年たったいまもあるんですわ。
僕は高校教師をやっていたんですが、
学校をやめて塾を開こうと、父に相談しに行ったところで
「お前、この工場を継がないか」と言われ、
やってみようかなあと思って、今に至ります。
京都市内に工場をかまえる富士ニツテイング。
事務所の奥がすぐ工場。ラッセル機が並んでいます。
祖父の時代は蚊帳とか、女性用のショールの毛を植えるベース。
父がこの会社を興してからは、ぼうし、かばん、靴。
それからアーチェリー競技の防御ネットとか、
洗濯業者さんの大型の洗濯ネット。
任天堂のゲーム機の内側に使われているネットも
つくりましたね。

こういう業種で、設計図や資料が残っている会社って、
なかなかないんです。でも父は創業当時から
きっちり残してくれていた。
年間200点くらい新しいものをつくるので、
いま1万種類の設計図がある。それが私らの財産です。

中島さんは、なぜかうちを見つけてくれまして、
4年くらい前に訪ねてこられたんです。
サンプル室に彼女を放り込んどいたら、
半日くらいかけてサンプルを選んでいました。
サンプル室。かつては工場の人たちも通っていた雀荘だったとか。
この場所を選んだのは照明がいっぱいあるから、だそうです。
彼女がすごいのは、工業資材を
うまくファッションに変えること。
うちのサンプルをもとに、柄をアレンジしたり、
糸を変えたりして、そらまあみごとです。
ほかの人がうちのサンプル室で生地を見ても、
「ほぼ日手帳のカバーにしよう」とは思わないはず。
彼女のアイディアでうまれた生地だからこそ、
それが実現したんやと思います。

うちの工場では化学繊維の糸を使うことがほとんどですが、
彼女の生地をつくるときにはウールを扱うこともあります。
ウールってのは、羊さんの個性がそのまま糸にも残ってて、
均一であるはずがないんですよ。
すると、針が折れたり、うまく編めなかったりする。
でも、
うちの工場にも工夫をすんのが好きな人がいるので、
なんとか毎回対策を考えてはつくっているわけです。
経糸をかける準備には、ものによって4、5日かかることも。
編み機はこの生地の場合1分間に60回転、約17cmずつ編んでいくそう。
彼女のつくるものはいつも突拍子もないもので、
量産にはつながらないだろうなあ、
と思いながら毎回つくっていますね(笑)。
ただね、その手法やものの考え方がとてもおもしろい。
関わったデザイナーさんが大きく花開いてくれたら
我々もうれしいですから、
これからも一緒にやっていけたらな、と思います。
自転車のチェーンのようなこの部分がラッセル機の命。
チェーンの高低によって、柄が決まるのだそう。
糸が流れてゆく部分には、すべりがよく、
強度がありながら適度にしなる竹が使われています。