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LIFEのBOOK ほぼ日手帳 2017

LOFT手帳部門12年連続NO.1

ほぼ日手帳 2017

手書きの文字のおもしろさ。井原奈津子さんが集めてきた手書き文字。

アイドルの字、漫画家の字、
ミュージシャンの字、メニューの字‥‥。
井原奈津子さんは、
習字にまつわるお仕事のかたわら、
ちまたにあふれる
手書き文字を収集しています。
ふだん、何気なく書いている文字。
でも井原さんにかかれば、
ときにそれは
ながめてうっとりしたり、
まねして自分のスタイルに
してしまいたいほど
魅力的なもののようなのです。
井原さん、
手書き文字のおもしろさって
どんなものですか?

井原奈津子

1973年、神奈川県生まれ。
多摩美術大学卒業後、
おもにエディトリアルデザインに関わる。
現在は習字教室の先生、
ロゴや筆耕など毛筆の仕事に携わる。

美しい日本のくせ字

井原奈津子
(パイ インターナショナル刊)
1,800円+税

井原さんがおよそ30年にわたって
収集してきた「くせ字」を一冊に。
手書き文字にまつわるコラムもたっぷり。
巻末には書き込みのできる
「くせ字練習帳」も。

1まわりの文字が気になって。

――
「ほぼ日手帳」って、
当然ながら手書きで書き込むものなので、
さまざまな人の手書き文字を収集している
井原さんにお話をうかがえたらと
思ったんです、が‥‥。
もってきてくださったこの手帳は?
井原
ほぼ日のみうらじゅんさんの記事を読んだら
「手帳は捨てない」「生徒手帳もとってある」と書かれていて
私と同じだ! って思いました(笑)。
生徒手帳は残念ながら見つからなかったのですが、
きょうはせっかくの機会なので、
これまでの手帳をぜんぶもってきました。
――
ぜんぶ!?
井原
いろんな手帳を使ってきました。
ほぼ日手帳は6、7冊使ってます。
――
わ、うれしい。
井原
市販の手帳も使っていますけど、
学生時代は、ケント紙を文房具屋さんで買ってきて、
糸でかがって自作したりもしていました。
角も一枚ずつ丸くして。
――
これはすごいですね。
井原
これも自分でつくった手帳というか、
手帳とカレンダーが一体化したものですね。
月がまたがるとわけがわからなくなるので、
ぜんぶをつなげたんです。
――
壮観ですね。
この手づくりの手帳が、
手書き文字に興味をもったきっかけに
つながる部分もあるんでしょうか?
井原
たしかに、自分で書いた字が
きっかけのひとつではありますね。
私、小学校のときに使っていた
光村図書という出版社の、
「光村教科書体」という文字が
すごく好きだったんですよ。
もちろん当時は
書体を意識していたわけじゃないですけど。
――
教科書の文字って、
たしかに親しみがあります。
「きれいな字」のお手本というか。
井原
そう!
幼稚園の頃って、
みんな丸っこい字を書くじゃないですか。
それは幼稚園の絵本が
丸ゴシックとかじゅんのような
ふところが丸くて大きい書体だからだと思うんです。
私も丸い字を書いていました。
――
なるほど。
目にする文字が、丸っこいから。
井原
はい。
でも小学校に入ると、急にシュッとしたんですよ。
それは、教科書の字をまねたからだと思うんです。
これ、わたしが小学校のころ、
書き方コンクールに出した字なんですけど。
賞をもらったんですよ。
――
あぁ、本当だ。
教科書の文字をまねて書いた雰囲気があって、
ていねいに書いてある。
井原
字に興味をもった最初のきっかけは、
この賞をもらったことかもしれません。
自分はただ「この言葉を書いてください」と
先生に言われるままに書いただけなのに、
それが評価されてうれしくて、
字を書くのが好きになった。
それで字に対して興味がわいて、
まわりがどんな字を書いているかも、
だんだん気になっていったんだと思います。
――
じゃあ、小学生の時点で
同級生の字も気にして見ていたんですね。
井原
はい。
わたしの世代の子どもたちって、
はやくて小学校中学年、
おそくとも小学校高学年くらいからは、
幼稚園のときの丸っこい文字とは違う、
丸文字を書くようになったんですよ。
きょうは、
交換日記を1冊だけ持ってきたんですけど。
――
交換日記も取ってあるんですね。すごい。
井原
これは中学生のときのもので、
友だちが描いたマンガですね。
担任の先生を相手にした
恋愛マンガをお互いに描きあうといういたずらで(笑)。
こんなふうに交換日記でも
友だちの字を見るから、
誰々ちゃんはこういう字なんだ、
というのはしぜんと把握していました。
――
なるほど。
井原
それと、
小学校のときって
よく文集をつくるじゃないですか。
そこでクラスメイトの字は見慣れていたんですけど、
一度、「父兄の方にも書いてもらって」と言われて、
両親とかおじいちゃんおばあちゃんが
「この子はこんな子です」というのを
書いたものが文集になったことがあったんですよ。
――
へえ、めずらしいですね。
井原
それを見たときに、
「よく知っているともだちのお母さんは
こんな字を書くんだ」

っていう驚きがあったんですよね。
知っている人の、知らない面を初めて見たというか。
――
ああ、知っている人の文字を見たときに
「こんな字を書くんだ」と意外に思ったり、
納得したりということはある気がします。
井原
それから、
字の見方が変わった転機がいくつかあるんですが、
この本もそのひとつです。
――
「せんたくとゴミとラジオとJリーグ」。
句集ですか?
井原
山本尚志さんという書家のかたの本なんです。
青山ブックセンターの自費出版コーナーで
見つけたんですけど、
これ、私が汚したんじゃないんですよ、
手に取ったときにもう汚れてたんですよ(笑)。
「何これ?」と思って開いたら、
ただマジックで書きなぐったような
文字が書かれている。
「せんたく、せんたく、せんたく、
コインランドリー、コイン、
カンソウ、カンソウ、カンソウ」‥‥
――
すごい。
井原
すっごく面白くて、感動してしまいました。
それで、汚れている意味がわかったんです。
みんな、つい手に取って読んじゃうんだなって。
――
読んじゃうけど、買うところまではいかない?(笑)
井原
そう。
これを見て、
「汚い文字って、おもしろい」って
あらためて思ったんですよ。
「汚い」って
ネガティブな響きになってしまうけど、
この本も、お手本のような文字では決してない、
けれど読みづらくはない。
――
読みやすいです。
井原
この方のインタビューを読んだら、
「1億総書家の時代」とおっしゃっていたんです。
「かつては字を書ける人自体が少なかった。
でもいまはみんな字を書ける。
みんなそれぞれの字があるから、全員が書家だ」

という意味だそうで、
それにすごく共感したというのも大きかったですね。
――
そうやって文字に注目していた井原さんが
手書き文字の収集に向かったのはいつ頃ですか?
井原
集めはじめたきっかけは、
予備校で配られた、講師が書いた冊子ですかね。
‥‥これなんですけど。
――
かわいい字ですね。
井原
ね、かわいいですよね!
高校生の頃に見た時は、
一見汚い字だけど、かわいいっていう、
そのバランスが絶妙だなって思ったんです。
なんというか、“汚い美学”を感じて。
これを取っておいたっていうのが
もしかしたらコレクションの最初かもしれません。
(つづきます)