谷川俊太郎質問箱  冬だよ! ツアー質問箱の巻
その1 動物園にいる動物たち、 谷川俊太郎さんに訊きたいことはありませんか?
東京都恩賜上野動物園

ここは、東京都恩賜上野動物園──つまり、
上野動物園です。
まず最初に、ここにいる動物たちから
詩人への質問を集めてみようと思います。

日曜日だったので、たくさんの人出。

ジャイアントパンダの看板。

そうそう、少し前までは、
ここにはパンダがいたんですよね‥‥
と思いながら数歩進むと、ゾウがいました!

門から入ってすぐの場所にゾウが。

水、飲んでます。

こちらは、
『谷川俊太郎質問箱』の本の表紙にもいる
ホッキョクグマです。
ホッキョクグマと、横にいるのは
空からやってきた、カラス。

すごい2ショット。

このカラス、じつは
ホッキョクグマの食べカスを狙っています。

そーーーーっ。

やばっ!

さて‥‥今日の目的は質問集めです。
残念ながら、動物の伝達しようとしていることを、
我々は、ことばとしてはわかりません。
そこで、ふだん動物に接している
飼育担当の方にうかがってみることにします。

お世話になるのは、上野動物園の
石井淳子さんです。
ご担当は、バクとカピバラです。

石井さん、よろしくお願いします。

あそこにいるのが、まず‥‥
バク、ですね。

寝ている。

完全に寝ている。

伝説の動物であるバクは、
夢を食べるといいますが‥‥
本物は、寝てますね。

石井さん
「いつも、ああやって、
 あごの下に手を入れて寝るんですよ」

あごの下の手がチャームポイント。

「草食動物は消化がたいへんで、
 休憩が長いんです。
 人間でも、ごぼうとかをいっぱい食べると、
 ウンチをするのがたいへんではありませんか」

は‥‥はい、そんな気がします。

「ですから、バクはいつもこんな感じで寝ています。
 だけど、上野動物園のなかでは、猛獣扱いなんですよ。
 なぜなら、万一、人が手などを噛まれた場合、
 歯が貫通してしまうからです」

手前がオスのサム。

プールでウンチするのがこだわり。
奥はメスのラム。

えさは、木(枝や葉)。
青草、根菜なども食べます。

あの木です。

同じ檻には、カピバラがいます。

バクもカピバラも、
南米からやってきました。

カピバラ、すごくかわいいですね。
なんだろう、このかわいさは‥‥

「人が想像している以上に、
 口が下についているんですよ。
 だからだと思います」

想像以上に、口が下。

2種は、なかよくはないけれども、
我関せず。
平和に暮らしているそうです。

「2種とも、平和で温厚な性格ですが、
 オスが発情したときには、
 ひょう変するんです」

‥‥ひょう変?

「私は、動物園の飼育係に配属されて、
 オスのひょう変に、
 とにかくびっくりしました」

ひょう変とは、どういう‥‥?

「眼が充血して、メスにかみついたりするんです」

ふだんおとなしいと、
ギャップにびっくりしますね。

「この2種は、草食動物だから、
 いわゆる弱者なんです。
 カピバラは、肉食動物に見つからないように
 日中は群れでジッとしています。
 だけど、ひとたび発情すると」

ひょう変‥‥。

「ひょう変です」
‥‥‥‥

「‥‥‥‥」

今日は、詩人の谷川俊太郎さんに
質問があれば、と思い、うかがったんですが。

「はい、ぜひお訊きしたいことがあります。
 人間でも、距離の取れる方って、
 いらっしゃるでしょう?
 人と人とは微妙な距離を取っているから、
 なかよくなれるわけですよね?
 この子たちも、そうなんです。
 とてもいい距離を保っている。
 私はなかなか空気を読めないタイプなので、
 この子たちは、いったいそれを
 どこで学んだのかな? と思うんです。
 バク同士、カピバラ同士、
 2頭のあいだにも距離があって、
 バクとカピバラ、2種のあいだにも距離があります。
 自分が動物で、同じ場所に入ったら
 こんなふうにうまく生活はできないと思います。
 バクが木を食べているときは、
 カピバラは横から入ったりせず、待っています。
 谷川さん、この子たちは、どこから
 そのことを学んだんでしょうか。
 私には、これができなくて、ほんっとに、悩みの種!」

なんともいえない距離を保っている。

‥‥‥‥あの、石井さん。

「はい」

それは、石井さんの悩みであって、
バクとカピバラからの質問というわけでは
ない‥‥ですよね。

「‥‥あ。そういえば」

石井さんが、動物を見て
ずっと考えてきたことでした。

でも、いいです。
それを、質問として、いただいていいですか?

「いいんですか? ほんとに?
 うれしいです。
 もう、ずっとそれを考えていたんですよ。
 人間は、法律や国境を作らないと
 やっていけなくなるのに、
 動物たちは、
 “入っていっていい?”を何度もくり返して、
 仲間になれる。
 それはどうしてなのかな、と」

はい、はい。

「でも、‥‥もしよければ、
 やっぱり考えさせてください。
 この子たちからの質問を‥‥えーっと」

いっしょうけんめい考えてくれる、石井さん。

「あの‥‥バクも、カピバラも、
 ごらんのとおり、
 いつもしあわせそうな表情をしているんです」

太陽の光があたると眼を細める。

あくび。

「‥‥ほんとにそれで合ってんのかな?
 って思ってる‥‥ような」

‥‥それは、石井さんの思ってる疑問‥‥ではなく。

「ではなく」

バクとカピバラがそう思っているのだったら、
谷川さんはどう答えるのだろうかと。

「オレたちは、これで」

「合ってんのかな?」 と。

わかりました。
バクとカピバラからの質問として、
こちらも、質問箱にちょうだいします。
ありがとうございます。

「ありがとうございます」

あの‥‥動物園の飼育係さんに
ずっと訊いてみたいことが
あったんですけれども、うかがってもいいですか?

「なんでしょう?」

ご自宅で、ペットは飼っていらっしゃいますか?

「ふふふ、はい。インコを飼ってます。
 動物園の動物たちは、野生動物で、
 彼らは彼らの生活をしてもらえるように、
 私たちはベタベタしないようにしているんです。
 バクとカピバラは草食動物で、弱者ですから、
 彼らはいつも緊張しています。
 ですから、そこを尊重して、
 餌と住環境を整えるのが私たちの役目。
 だけど、家のインコは、がまんせず
 ベタベタにかわいがってます!」

うわぁ、そうなんですか。

「はい。でも、いつかは動物園で
 鳥の飼育をしたいな、と思ってます。
 だって、鳥って2度おいしいじゃないですか!」

おいしい?

「卵を産んだらうれしい、ヒナが孵ったらうれしい」

はぁあ‥‥そういうものですか。

「繁殖が、私たちの最大のよろこびです。
 バクの飼育係をしていていちばんうれしかったことは、
 やっぱり交尾に成功しそうになったときのことです!
 あるとき、オスがメスに
 ちゃんと乗っかったときがあって‥‥
 バクのペニスは、このくらい、あるんですけど」

え? どのくらいですか?

このくらい

「バクのメスは、実は足が悪くて
 交尾が苦手だったんです。
 でも、オスが“プールに入ると自由がきく”
 というのが、わかったらしくて、
 それまでは、うまくいかなくて‥‥
 はやく、ウリ坊を! ウリ坊を!」

石井さんは、とても熱心に繁殖について語ってくださいました。

質問をありがとう、バクとカピバラ。

そのあと石井さんは、園内を歩きながら、
動物から学ぶことの多さについて話してくださいました。
ものを話さない動物たちが、交尾して、
赤ちゃんが産まれ、そして老いて死ぬ。
それを何度もそばでみていると、
感じるものが、たくさんあるのだそうです。

最後に、バクとカピバラを見るときの
おすすめポイントを教えていただきました。

「おすすめは、雨の日です。
 アマゾン川流域出身の動物なだけあって、
 バクとカピバラは水が大好きなんですよ。
 “わぁっ、そんなに速く走れるんだ!”って
 おどろくくらい、この子たちが走ります。
 きっと、アシカなみにたのしいです。
 見に来てくださいね」

それでは、
上野動物園の飼育担当・石井淳子さんの質問と、
バクとカピバラの質問、あわせてふたつ、
谷川俊太郎質問箱の投函口に入れたいと思います。

ツアー質問箱、
次の質問集めに向かいます。


(つづく)

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2009-12-21-MON