毎日読む小説「西遊記」
(邱永漢・著)
実力狂時代の巻 第二章 実力狂時代

二 如意棒見つかる

さて、混世魔王を平らげると、
孫悟空は急に自分の腕に自信が出てきた。
戦利品の大刀を肌身離さず、日夜、剣術の猛練習である。
それだけではまだ足りないと見えて、
小猿にそれぞれ木刀をもたせ、
幟作らせたり、歩哨台を置かせたり、
とにかく、一大軍国の体裁を整えはじめた。
「しかし」
と悟空は考えた。
「形だけができたところで、
これではハリコの虎のょうなものだ。
竹槍や木刀ではとても外敵を防ぎきれるものではない」
「いい考えがありますょ」
と家老をつとめる赤尻猿がいった。
「我々が持っていなければ、
持っている老をさがせば宜しいではありませんか」
「なるほど、お前はなかなか猿知恵があるぞ」
と悟空は舘いた。
「ところで、どこへ行けば、
武器を持ってる者がいるだろうか?」
「ここから海を渡って東へ行くことおよそ二百里、
そこに傲来国の国境があります。
傲来国は大国ですから、
きっと鍛冶屋がたくさんいるでしェう。
大王ご自身がおいでになって、
買ぅなり、注文するなりすれば、
思ぅような武器が手に入ると思います」
「よしよし、俺が一走りして来るから、
お前たちはちょっと待っていろ」

悟空はすぐさま斗雲に乗ると、
忽ち二古里の海を渡って傲来国の国境へ入った。
噂に違わぬ大きな城市で、
王宮を中心に四方八方へ道が走り、
その通沿いに民家が軒を並べ、
市場は黒山のような人だかりである。
「こんなところなら、
きっと出来合いの武器が揃っているに違いない。
値段の交渉をするよりも、只で失敬する方が簡単だ」

彼はロに呪文を唱え、胸一杯に空気を吸い込んで、
プーッと吹き出すと、
忽ち一陣の狂風になって大砂塵が巻き起った。
人々はあわてて家へ駈け込み、
戸という戸を皆閉めてしまった。

悟空は上空から地形を偵察し、
真直ぐ王宮の武器庫へ向って跳びおりて行く。
扉をこじあけて中へ踏み込むと、
数えきれないほどの武器の山 ──
刀剣、槍、戟、斧、鎌、鞭、弓、矢、
何ひとつないものはない。
「人間という奴はいつもこうだ。
口では平和の共存のと念仏を唱えているが、
一皮むけばごらんの通りじやないか。
それょりは俺たちのように
適者生存を看板にするほうがまだ正直だ」

身体の毛を一握りほどむしりとると、
彼は口でかみくだいて、プッと吹いた。
「変れ」
 毛は忽ち幾千百の小猿に変じ、我先にと武器を奪い合う。
 力の強い者は五つ六つ、力の弱い者は二つ三つ、
それぞれ持てるだけ持って兵器庫の外へ出た。
悟空は、雲に乗ると再び一陣の狂風を呼び、
猿ごと風に乗せて、花果山へと引きあげて行った。
「さあ、武器が到着したぞ」

広場に山と積まれた武器を背にして、
猿王は得意げに叫んだのである。
 こうして、猿王国の軍国主義は始まった。
徴兵制度を施行し、更に諸国からナラズ者の猿をかき集め、
総兵力は四万七千
── 実力もさることながら世は宣伝戦の時代だから

もちろん、公称百万の大軍である。
勢を得ればその威ますま四隣に轟き、
遂に狼も虎も狐も狸もことごとくその威に服し、
植民地の数はおよそ七十二、参勤交代、朝貢の山、
花果山は鉄城金閣と化して、毎日毎日
「下へ下へ」
と大名行列の後が絶えた日とてない。

或る日、猿王がいった。
「これでどうやらわが国も基礎が固まってきたが、
どうにも我慢がならないのは、俺のこの刀だ。
バカでっかいばかりで、さっはり使いものにならん」

家老をつとめる四匹の猿が恭しく御前に跪いて言うには、
「大王はわれわれ俗物と違って、
神聖なお方でございますから、
俗物の使ぅような武器では御意に叶いますまい。
これと思ぅ武器があることはありますが、
それをとりに行けるかどうかが問題です」
「それはどこにある?」
と猿王は身体をのり出した。
「大王は水の中に入ることができますでしょうか?」
と例の赤尻猿がきいた。
「そんなことはわけはないさ。
俺は天に昇ることもできれば、地にもぐることもできる。
太陽や月の世界を散歩することもできれば、
金属や石の中にもぐり込むこともできる。
まして水に入ったり、
火にとび込んだりするぐらいのことは朝飯前だ」
「それなら、この鉄橋の下の水は東海竜宮に通じています。
もし大王がおいでになる気があれば、
そこにはきっと素晴しい武器がありましょう」
「なるほど。
ではちょつと竜王のところへ挨拶に行って来るか」

孫悟空は橋のそばまで来ると、早速、閉水法を使い、
逆巻く流れの中にとび込んだ。
水は自ら路を開き、
程なく東洋大海の水域へと入って行った。
「もしもし、そこをお通りのお方!」
声のする方を見ると、海中を巡回中の夜叉である。
「あなたはどこのどなたですか?」
「拙者のことか」
と孫悟空はことさらに横柄な態度で答えた。
「拙者はこの上の花果山に住む孫悟空という仙人だ。
お前んとこの竜王と隣り合わせだというのに、
ご存じないと見えるな?」
「これはこれはお見それ致しました。
しばらくの問、お待ち下さい」

夜叉が水晶宮に報告に帰ると、東海竜王は竜子、
竜孫及び儀伏兵の面々を従えて、宮門まで迎えに出て釆た。
「ようこそおいで下さいました。
さあ、どうぞお入り下さい」

御殿へ通されて、型通りお茶が出ると、竜王がきいた。
「今日、わざわざお越しいただいたのは、
 何か特別のご用事でもおありなのでしょうか?」
「実は私の国では目下、
国をあげて自衛隊の充実に努力している最中なのですが、
如何せん、新兵器がございません。
話によると、貴国には素晴しい武器が多々あるよし、
ひとつ近隣の誼みをもって、一つで宜しいから、
これと思うものを分けていただけませんか」

そういわれると、竜王も断りかねて、
部下に命じて大きな刀を一ふりもって来させた。
「刀なら私のところにもあります」
と悟空はいった。
「何か人をあッといわせるような新兵器はありませんか?」

そこで竜王はまた部下に命じて、
九股叉という先が九本に分れた大槍をもって来させた。
悟空はそれを手にとって、ちょつと振って見たが、
すぐ下において、
「どうもあまり軽すぎます。
また別のものを出して見せて下さい」
「ご冗談を!」
と竜王は笑った。
「こう見えても、この槍は三千六百斤の重さがありますよ」
「いやいや、さっばり手応えがありません」

竜王は内心びっくりしながら、また部下を動員して、
とてつもなく大きな戟をもって来させた。
この戟の重さは七千二百斤もあるのに、
孫悟空は手にもって、グルグルまわすと、
床の上に突きさして、
「まだ軽い、軽すぎる!」
 さすがの竜王も度胆を抜かれて、
「これ以上、
重い兵器は私どものところにはもうございません」
「そうだろうかね?」
と悟空は薄気味の悪い笑いを浮べながら、
「昔から、珍しいものなら海竜王に聞け、
というじやありませんか。
もう一度、蔵の中を探して見て下さい」
「いや、本当にないんですよ」
 竜王が困惑しているところへ、奥方と娘がやって来て、
 「ね、海の底に沈んでいるあの鉄の棒はどうかしら。
この数日来、どうしたわけか知りませんけれど、
ピカピカ光り出したんですのよ」
「あれは、お前」
と竜王が言葉を返した。
「むかし禹が治水工事をやった時に、
海を鎮めるためにおろしたものだよ。
役に立つ代物じやなかろう」
「投に立とうが立つまいが、知ったことですか。
あれをあのサルにあげれはいいわよ」
 その通り竜王が説明をすると、
「じゃそれを出して見せて下さい」
と悟空は答えた。
「とんでもない」
と竜王は手をふりながら、
「とてもわれわれでは動かせません。
ひとつご自分で見に行って下さい」
「じゃ現場へ私を案内して下さい」

一同連れ立って海底の蔵の中へ入ると、
暗闇の中から金色燦然と光を放っているものがある。
「あれですよ」と竜王がいった。

悟空は腕まくりをしてそばへ近づき、手をのばすと、
一本の鉄の棒である。
丸太棒ほどの太さで、長さは約二丈余り。
両手で抱えるようにして転がしながら、
「太すぎるし、長すぎるし、もう少し小さくなれば、
使いよいんだがなあ」

そぅいい終るか終らぬかのうちに、
くだんの鉄の棒は忽ち数尺縮み、
周囲も一まわりほど細くなった。
「おやおや、もう少し小さくなると、もっと都合がいいぞ」

すると、棒はまたしても小さくなった。
悟空はすっかり喜んで蔵の中から取り出して見ると、
ちょうど、ボディ・ビルに使ぅ鉄棒のように
両端が丸い球になっている。
そこに
「如意金棒」
と銘が打ってあって、
「重量一万三千五百斤」
と刻んである。
「これはきっと、伸縮自在の武器に違いない」
そう思いながら、
「もう少し小さくなれ」
というと、鉄の棒はさらに縮んで、
長さ二丈、直径三寸ぐらいの大きさになった。

2000-09-11-MON

BACK
戻る