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虚実1:99
総武線猿紀行

第21回

「ビックカメラはハルマゲドン(その2)」

12%が終わるといっても次は10%。
今日買うプリンタは4万円ぐらいだから
正味800円程度の差である。
これが元の5%に戻るとしたら、
2000円と大変な差になるが、
みんな、鼻の下にぶらさげられたニンジンには弱い。
なんとしても今日買って帰ろうとしている。

15分間、プリンタの値段をチェック、
もうさすがに買わねばと思うが、
まだ、やはりすべての店員はひっぱりだこ。
どうでもいいような液晶のスペックの違いについて、
エンエンと質問し続けている、
買うか買わないかよくわからない中年管理職に
つかまっている推定年齢47歳の
オヤジ店員をつかまえることにする。
「あの〜〜〜、ちょっとプリンタについて
おうかがいしたいんですけどお」。
ちょっと疲れた木村太郎のような店員は
「助かった!」とばかりにこちらに寄ってきた。
中年管理職も全然引き留めようとしない。
閉店時間過ぎてまで、買う気ないのに質問するなよお。

「あの、とにかく速く印刷できるプリンタが
欲しいんですけど。方式と値段はどうでもいいですから」
と僕は聞いた。
木村太郎は答える。
「うううん、やっぱりそれでしたらエプソンでしょうかね、
今一番売れ線ですし」とスピードの写真が貼ってあり、
人気No.1の立て札があるエプソンのプリンタを指さす。
「カラーはどうでもいいんですよ。白黒印刷が速ければ。
ヒューレットパッカードもいいって聞いたんですけど・・」
と僕がさらに質問する。
僕は原稿の印刷がだいじなので、
愛犬の写真や、エロサイトの印刷などのスピードは
どうでもいいのだった。
「ううんんんんんん。
ヒューレットも最近出てますけどねえ、
やっぱりエプソンがブナンでしょうかねえ。
売れ筋ですからねえ」。
となんか流されるような答え。
まあ、しかし「スピードを求めるならエプソン」という
力強い、歌手のSPEEDが唱えるキャッチコピーに
つい流されてしまう。消費者とはそんなモノダ。

「わかりましたエプソンでいいです」
「そうですか、じゃ、今在庫を調べてきます」。
と木村太郎。ビックカメラは店員の態度について、
客にモニターをさせているほど、神経質になっている。
木村太郎の対応のソフトさも完璧だ。
木村太郎が倉庫にいっている間、
ぼーっとプリンタの数々をながめていると、
そばで伝票を書きながら、
「◎◎はペンティアム266だからスペックは◇◇より下。
だけどメモリーが〜〜〜」と、
他の店員からの質問にテキパキと答えている、
横分けヘアーで、30歳ぐらい。
古館アナウンサーが
ふくよかになったような顔をした店員がいた。

しまった、この店員こそが、
「よく知っている店員」なのだ! 
おそるおそる、激しく伝票に書き込んでいる
古館に聞いてみる。
「すみません、白黒の印刷で一番速いプリンタは
どれでしょう?」
すると、古館は即座に
「それだったらキャノンですよ。1分間で6枚は速い!」
とたたみかけるように答えた。
「1分間に6枚は!」なんという具体的なデータ数字だ!
やはりこのフロアの主はこいつだった。

エプソンはカラーで速いだけだった。
一般事務で重要なモノクロ印刷はキャノンの方が速いのだ。
その点をついた質問には木村は間違っていた。
人は良さそうなのだが。
木村太郎はやはり窓際店員なのだろうか?
いままでどんな人生を過ごしてきたのだろうか?
「ハアッハア!」 と重いエプソンの段ボールを抱えてきた
木村に、非情だが、申し渡した。
「すみません。モノクロはキャノンの方が速いらしいので、
キャノンに変えさせていただきます」
若い古館がメガネに手をやり、
「そんな事も知らないのか?」というように
中年の木村を見た。
木村は文句ひとついわず
「ああ、そうですか、じゃあ、取ってきます」と答え、
エプソンをかついでキャノンを取りにいった。

その間に、古館に、ヒューレットパッカードについてとか、
エプソンについてとか、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
さすがにフロア王。流れるようにスイスイと
具体的なデータで答えてくれる。
この手の電気店の店員は、
あふれる新製品と客のクレームに、脳細胞が飽和点に達し、
すでに目がグルグル巻になっている人が少なくない。
何を聞いても、目がどこか遠くを見つめて、
ウツロな人が多いのだ。
本当に戦場だ。
だから、こういう古館のような店員はスターなのである。
古館に会えて良かった。

もうすでに20時40分。
閉店を40分超えても、店内は人があふれている。
しかしさすがに、
この期に及んでエレベーターから出て来て、
押し入ろうとする新規客のオヤジは
「お客さま、閉店ですので」と追い返された。

木村太郎が、今度はキャノンを抱えて帰ってきた。
「これで、よろしいですよね」。
本当に礼儀正しく気持ちの良い奴だ。
「じゃあ、こちらのレジでお願いします」
と木村がレジに通してくれた。
フロア店員の紹介でやっとレジに並べるのだ。

木村と並んで数分。
やっとレジのお姉ちゃんにたどり着いた。
「これお願いします。」
と木村は、レジの木村の娘のような年齢の、
浜崎あゆみを10倍うすめたような20歳ぐらいの
ギャル店員に段ボールを渡した。
すると浜崎は、木村をひとにらみするなり、
「この伝票じゃだめだって言ってるでしょ!
何度いったらわかるの!」
とダメな飼い犬をしかりつけるように、
自分の親の年齢の木村を一喝して叱り飛ばしたのである。
その言葉から、木村はこの小娘の浜崎より、
このフロアでは位が下なのだ、
とそこら中の客に対して知れてしまうのであった。

木村はといえば、
「そんな風にいわなくたっていいじゃないか」
と一瞬悲しそうな目をしたが、
僕に対してと同じ丁寧さで「すいません」
と彼女にあやまったのであった。

浜崎は「フン」と鼻を鳴らし、
「今度から絶対ちゃんとやっといてくださいよ」
と冷たくたたみかける。
「ハイ」と木村。
「こちらでよろしいですね」
とジキルとハイドのように気持ち良く笑いかける浜崎。
向けられた笑顔は斜角90度で、
僕に対しては全く感じ悪くない。
その二面性はとにかく圧巻だ。
時刻は20時50分。
ハルマゲドンを噂される
ビックカメラ渋谷東口店の営業時間は
さすがに終わりに近づく。店内にまだ客は数十人いる。
明日から10%還元……。

(おわり)

1999-02-05-FRI

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