「受け身」な楽しみ方について

ほぼにちわ。

9月14日の「今日のダーリン」では、
ひろく「お客」と呼ばれるものの楽しみ方について、
どんな種類があるか、自分はどれになりたいか、
語られていました。

スポーツ観戦から観劇、
読書、 音楽鑑賞、さらに外食などなど、
いまや、「受け手」になれるものは
数限りなくあります。
でも、「今日のダーリン」で
書かれていたような「受け身の上手な人間」、
純粋に「受け身」に徹し、
楽しむことが上手な人間になるのは、
たしかに、むずかしいのかもしれません。

この「今日のダーリン」への感想を
たくさんいただきましたので、
ご紹介しますね。
まずは、その「今日のダーリン」をお読みください。

・高校で野球している選手たちが、
 プロ野球を観戦しているのは、
 「フォロアー(予備軍)」としてそこにいるわけです。
 一方、素人のぼくがプロ野球を観戦しているのは、
 「観衆(オーディエンス)」か、
 あるいは「サポーター(応援者)」としてです。

・よく「文芸雑誌」が同人雑誌化している、
 というようなことが言われますが、
 これは読者が、「フォロアー(予備軍)」ばかりに
 なってしまったということを意味しています。

 ビジネスのさまざまな場面で、成功者が現れます。
 その成功についても、これまた
 「フォロアー(予備軍)」ができます。
 ビジネス書の多くは、そういう売れ方をします。
 「キミも、わたしのようになれる」というテーマです。

 ラーメン屋ですっごく真剣にラーメンを食べている人は、
 「フォロアー(予備軍)」のような気持ちの、
 「批評家」ということなのかなぁ。
 それとも、「スーパーオーディエンス(超野次馬)」?

・いろいろ、思いつくままに
 「お客」と呼ばれるものについて考えてみると、
 「ただ楽しむ」ことを磨いている
 「オーディエンス(観衆)」の役割を
 する人たちの数が、 
 じわじわと減っていると思うんですよね。
 古典的な例でいえば、歌舞伎座に行くからと着物を着て、
 連れ立って機嫌よく芝居見物している人だとか。
 一杯やりながら早い時間の相撲を観てる人たちとか、
 ひたすらに「受け身」な楽しみ方って、
 けっこう貴重になっているんじゃないでしょうか。

 ぼくとしては、この「受け身」の上手な人間が、
 ほんとうはいちばん楽しんでいると思ってるんです。
 じぶんがなりたいの、これなんです。
 「奇跡のようにすごい人」のすごいところに、
 しっかり視線を送れて、よろこべる人間。
 希少になりつつありますから、大事にもされるかもよー。

 (2010年9月14日「今日のダーリン」より)



メールアイコン 私は現在、いわゆる小劇場で
演劇に携わっています。
今日の「今日のダーリン」を拝読して、
小劇場の世界だけに限った問題では
ないのだなぁと思わされました。

近年の小劇場界では、
ほぼ演劇関係者しか観にこない芝居などが溢れ、
純粋なお客さんを呼ぶにはどうしたらいいのか
という問題が叫ばれております。

なんか、内輪で誉めたり貶したり、
気持ち悪い、みたいなノリですね。
私も気持ち悪いと思う派の人間なのですが、
確実に気持ち悪いと思われる派の
人間でもあります。

お芝居を観にきてくれる知り合いって、
やっぱり演劇関係者が多いのです。
もっと沢山の人に気軽に
楽しんでもらえたらなーと思います。
それだけのクオリティの物を
作らなきゃな、とも。

色々な分野に食指を伸ばして、
テキトーに思い切り楽しむ。
自分もそんなゆとりを持って
色んなものに触れたいです。

(e)



メールアイコン 私は、「お客」と呼ばれるものについて
深く考えた事はなく、
フォロアー、サポーターの話は、なるほど! と
思い拝見させていただきました。

私が考えたのは、
「ただ楽しむ」ことについてです。

私は、その時その場を
ただ楽しむのが大好きです。
「これはこの方がいい!」とか
「ここはいいが、ここはちょっとな‥‥」
みたいな深い考えにはいたりません。

ただ「すごく面白かった!」だけなんです。
もちろん、面白い度合いとか、
種類とかはありますが。

最近では映画とかの評判など、
口コミ的な感じで
ネットに評判が上がりますよね?
私は、ただただ感心するばかりです。
そこまで考えて観てたの? と。

そして、私は3DCG
(3次元コンピュータグラフィックス)の
お仕事をしているので、
職場の人は「あの映画のCGは無いよな」とか
「あの表現方法はいい!」とかを話しています。

私は映画を映画として楽しみたいのに、
会社の人はそれではダメだと言われます。
引き出しをたくさん作るためにも、
もっと色んなものを見て
研究しないといけないと。

ただ楽しむのはダメなんですかね?
なかなかダーリン様の言うように、
大事にされるようには感じない昨今です‥‥。

(雪桜)



メールアイコン 「ただ楽しむ」ことを磨いている
「オーディエンス」の役割を果たす人が
減っているという糸井さんの発言、
同感するところがあります。

そして同感しつつ、それはまさに自分のことを
言われているようで恥ずかしくもなったり‥‥。

例えば、私も昨今の例にもれず
ブログなどをしているのですが、
カフェやレストランへ行った際は、
写真などを撮ってそれをブログへ
アップしているわけです。

ここで、カフェやレストランでの楽しみを
純粋に味わっているのか、と問われると、
そうだとは言えないことに気づきつつ、
しかし、またそのカフェなりレストランを
自分なりに素敵に
ブログに載せることが出来ると、
それはそれで楽しく充実感などもあるわけです。

私はプリンスというアメリカのアーティストを
敬愛しているのですが、
彼のコンサートへ行った際には、
もちろん写真などは撮らず
(その前に禁止されていますが)、
ただ彼が提供してくれる2時間ほどの時間を
楽しむことに集中します。
コンサート前後1週間は
興奮しっぱなしかもしれません。

圧倒的な楽しみの前でのみ、私は
「ただ楽しむこと」だけを
出来るのかもしれません。

(turn)



メールアイコン 私は日本のロックバンドのライブが好きで
よく観に行っています。
以前はいいライブを観るたびに
「自分も何かしなくちゃいけないんじゃないか」
とか
「このままじゃいけないんじゃないか」
なんて思いにとらわれ、
かといって実際にバンドを組むでも
楽器を手にとるでもなく
ただステージの上の世界と現実との
ギャップにばかり
目が向いていたように思います。

そのうち体力面でのこともあり
徐々に後方から観ることが
多くなってきたのですが
そうするとこれまで気づかなかった
会場全体に巻き起こる「音の渦」のようなものが
わかるようになってきました。
早いときには1曲目でその兆しがわかります。
同じセットリストでもその時によって
まるで空気が違う
ーーこれは確実に
観客が担っている部分が大きい、
と実感することが何度もありました。

そして、それに気づいたあたりから私は勝手に
「プロのオーディエンス」を
目指すことに決めました。
考えてみたらその頃からバンドの人たちも観客を
「お客さん」や「ファン」ではなく
「オーディエンス」もしくは「リスナー」と
呼んでくれる事が多くなった気がします。

これからも、お金を払って来てるんだから
どう観てもいいでしょ、ではなく
ちゃんと見つめて
しっかり楽しめる観客になるべく
あちこち出かけていこうと思います。

(v)



メールアイコン 最近はスポーツにしても、
評論家並みにあらゆるデータに精通して、
かなり深いテーマでの会話を好む方が
非常に増えてるように思います。
インターネットという便利なもののお蔭で
素人にも情報収集が容易になったり、
情報交換の場が盛んになったことも
影響していると思います。

私は自慢じゃないですけどスポーツは大好きで、
特にサッカーは私にとっては
お米のようなもので、無いと淋しいものです。

ところが恐ろしいほどにデータとか
専門的な技術のことに詳しくならないし、
興味を持ってちょっと調べたとしても
頭に残らない。
たとえばルールがわからないスポーツでも
自分勝手に楽しいんです。
だからダーリンさまがバンクーバー冬季五輪での
ジョニー・ウィアー選手の演技を観た翌日に
書かれた「今日のダーリン」の感想が
すごく私にはわかりやすくて
素直に納得してました。
競技としての競争を
基準にした部分だけじゃない、そのスポーツ、
その選手そのものの何かを
素直に受け止めて観るということが
私自身も好きで一番心に響くんです。

ところが最近は前述したように
すごく評論家じみたことを
テーマにする人が増えて、
たとえそのデータが正しくても
そういうことじゃなくて楽しむこと出来ないの?
っていつも感じてました。

だから今日のダーリンで
“ひたすら「受け身」な楽しみ方”、
“「受け身」の上手な人間が
 ほんとうはいちばん楽しんでる”っていうのが
私への励ましみたいで嬉しかったです。

(CHiE)



メールアイコン 私はクラシック音楽が好きですが、
だからといってN響アワーを
毎回楽しめるような人ではありません。
クラシック音楽が好きなら
ただ聞いてるだけじゃなくて、
音楽史や音楽家を知ったり、曲がどういう風に、
どんなルールで作られてるかを勉強して、
楽曲分析出来るくらいに
ならなきゃいけないかなーっと思って、
学校の授業で音楽をとったり、
本を読んだりしました。

そしてわかったのは、
私はプロみたいな分析力を持って
曲をわかることはできないし、
確かに曲がどういう風に作られたかを知れば
面白かったけど、それでも好きじゃない
と思うことはあるし、好きな曲は好き、
ってことでした。
なので、クラシック通になろうとすることは
やめて、好きになった曲を聞いて、
知らない曲にもたまに会って好きになったり、
そうでもなかったりして楽しんでるもん♪
と思ってました。

思えば私が今も好きな曲は、
なーんにも分からずに出会って
感動したのばかり。
そこから色々知っても、
それを聴いてる自分は何にも考えられないくらい
ハッピーなのです!
やっぱりイトイさんがいうように
受け身は素晴らしいです。
きっとショパンもあれこれ言わずに
「好き」って言ってもらえた方が
嬉しいんじゃないかなって思いました。
これで堂々と受け身で向かっていけます(笑)。
ありがとうございました。

(yukka)



メールアイコン お芝居を観に行ったときのアンケートに
「所属:」という欄があったので
「観客」と書いたことがあります。
分析なんかせずにただ浸る時間、良いです。

(かみや)



メールアイコン まったく同感です。
僕はずっと女性ファッション誌の編集を
しています。
その流れの中で読者の変化を見ていると、
安室奈美恵ちゃんが
「夢なんて見るもんじゃない、
 語るもんじゃない、叶えるものだから〜」
と歌い、モーニング娘。が
スターになったあたりから、
確実に何かが変わりました。
タレントもモデルも、
ファンとして楽しむものではなく、
いつか自分もそうなりたいという目標に
変質してしまったように思います。
でも現実には誰もがスターに
なれるわけではない。
その夢は叶わない。
今の若者たちに蔓延している
「未来に希望が持てない」というムードは、
実はこの点にこそ原因があるのではないか?
なんて思ったりしています。

(S)



メールアイコン そうなんです、最高に幸せで楽しいもんです、
邪念なく観て喜び、読んで楽しむ。
提供する側になりたいという色気が
まだ捨て切れないですが、
年をくってくると欲も薄まり、
あらためて受け身であるって
なんたる至福と感じるこのごろです。

ただ、それも受け身なりの
修業期間あってのこと、
なんて言うのはまだ無粋。
まだまだ欲を捨て切れない
中途半端なところにおります。

世間さまの声が気になるわけです。
「なんだい、あいつ、つくってねえのか、
 みてるだけか」
「やっぱりだめだったのね〜」
みたいな。
ちいちゃいころから
創る人こそすばらしい観がしみついちゃって、
いろんなものをきちんと見る素人になろう
なんていうのはかなりの高等遊民、
生まれながらの貴族? みたいな感じです。

でも、ほんとはとってもすごいんだ、
ただ読んでいる人。
せこい自分は憧れます。
そこを目指して生きていけたらという気持ちが
芽生えてきたけど、まだまだアカンです。

(きみこ)



メールアイコン 受け身オーディエンスを修行中です。
古典的なところの、着物着て歌舞伎や文楽、
お能を連れ立って機嫌よく観るコースです。
この修行の道に足を踏み入れて以来、
面白さはどんどん加速しており、
そして最近、この道には際限がない
ということに気が付きました。

すごい人のすごいところ
(今年のそれは玉三郎さんの
 花魁八ツ橋の流し目‥‥劇場内の酸素が
 なくなったかと思いました)は、
観れば観るほどすごくなり、
これからすごくなる人は、
そのすごくなり様を追いかけるため
今から観ておかねばなりません
(今年のこれは勘太郎さんの初お岩さん‥‥
 おばあちゃんになった時に
 「わたしゃ勘太郎の最初のお岩を観たよ」と
 言いたいがためにはるばる観に行きました)。
大事にしていただけるでしょうか?

(さくぴ)



メールアイコン そうですねぇ。
ひたすらに「受け身」な楽しみ方って、
私もできなくなってきてるかもしれないです。
私は「味わい尽くしたい」という気持ちが
強くて、つい色々調べてしまうんです。
で、その知識や情報があったおかげで
より一層楽しめた経験ももちろんあるんです。

でも、それを繰り返しているうちに、
段々批評家っぽくなってくるのも
確かなんですよねぇ。
知識や経験があるばっかりに、
先入観や固定観念にとらわれて
目が雲ってしまい、
純粋に楽しめなくなってしまっている部分も
あるような気がします。

先日のジョニー・ウィアーさんとの対談で
仰ってた「赤ちゃんのような無垢な目」で
見たら、驚きや感動はもっと大きくて
キラキラしてるでしょうねぇ。
私も、今までの楽しみ方を継続しつつ、
「受け身」の姿勢も忘れないようにしたいなぁと
思います。そこには絶対に新鮮で
根本的な喜びがあると思うから。

(バビバンビ)



自分が受け手にも、送り手にもなる分野では、
やはりただ楽しむ、というのは難しそうです。

さらに、そうでない場合も、
インターネットなどでいつでも
他人の感想や批評が目に入ってしまうから、
純粋に楽しむのがむずかしい。
またはつい、楽しみ尽くしたくて、
いろんな情報を仕入れてしまう。
そういったあたりを、
昨今の「楽しみ下手」の理由と感じている方が、
多くいらっしゃいました。

みなさんはどうお感じになりましたか。
よろしければpostman@1101.comまで
メールをお送りくださいね。

それではまた。

2010-09-19-SUN

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乗組員みんなで読んでいます。
これからもご意見、ご感想をお寄せください。
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