第6回 何がしたかったんだろう?
いままでの矢内さんの「社長に学べ!」


ごはんを食べずに
酒ばかり飲んだというのは、
みんなでワイワイやるには、
酒はいいだろうと……。
安い飲み屋が沢山ありましたし。

新宿西口に「道灌」という
窓も何にもない地下の店がありました。
タバコむんむんで、
換気も何もできていないところの酒が、
ものすごく安かったんです。
それは、今もおぼえてます。

トリスのウィスキーグラス一杯で、
十円だったんです。
百円で、十杯飲めるんですからね。
つまみで、いちばん安かったのは、
たくあんでした。
これが、見るからに
人工着色料という真黄色のもので……
こんなちいさな皿に、
スライスしてふたきれ入っていて、
それで五円。
(笑)十円、十円、五円みたいな。

たくあんは、
はしっこを、ちょこっと食べるの?
ええ。
貴重なつまみですからね。
いっぺんに
パクッとなんて食べられないです。
もったいないですから。
(笑)前歯でちぎりながら。
(笑)そうそう。
百円あると
けっこうよっぱらったりしてね。
ただ、それにしては
『ぴあ』創刊号の百円は高いですよね?
タバコとおなじ値段だけど、
当時、
もらいタバコばかりするやつのことを、
イヤなヤツだと
思っていたのをおぼえてるし……。
ぼくは
七十円のハイライトを
吸ってたんですが、
セブンスターというタバコが
百円で登場して……
ハイライトより三十円も高いじゃない、
と恨みがあったんですね。
それで百円にしたんですけど。
この値段設定は、
度胸いいなぁと思いましたね。
ぼくは
適正価格だと思ってたんです。
それ以降、
ずっとこの百円にこだわるので。
資金面は、どうなりましたか。
お父さんの三十万も、
そんなにいつまでも持ちませんよね。
ええ。
TBSでバイトしてた関係で、
クイズ番組のクイズを作って資金にしたり。
矢内さんは、
ご自分では、
実業をやっているつもりだったんですか?
編集をやっているつもりだったんですか?
つまり、
何をやっているつもりだったんですか?
いやぁ……
客観的に見れば両方なんですけど……
うーん、なんていったらいいんですかね。
どれでもないという感じですか?
もともと、
このまま大学を卒業して
サラリーマンになっていく
レールに乗せられることが癪だ、
という気分があったから、
なんか……
「俺たちの生き方をしようよ」
というようなものなんですよね。
あぁ、
「生活」をやっているんですね。
はい。
いわゆる経営者と自覚するのは、
もっとずっとあとです。

大卒の新入社員を
正規で募集するときでさえも、
まだ学生のころの延長線上でしたから。
ただ、新卒が入って何年目かのときに、
入社まもなくの
女子社員が結婚したんです。

それで
主賓か何かで結婚式に呼ばれまして。
その女子社員の両親にはじめて会うわけで、
向こうはていねいに
あいさつしてくれるわけですよね。
そのときようやく
「この子たちはみんな親がいるんだ」
という当たり前のことに気がつくわけです。

それまでは、どこか、なにか、
ピーターパンのネバーランドに
いるような気分で
いたのかもしれないですね。

ところが、
女子社員のご両親に会って
話をしているうちに、あぁそうか、
俺はこういうことを
考えなければいけないんだ、
ということに気がついたんですよ。
それは、
矢内さんが何歳のときですか。
ぼくが
二十七歳か二十八歳ぐらいです。
意外にはやく気づきましたね。
ピーターパン時代は五〜六年、
という感じですね。
そのさびしさはありますね。
はい。
ネバーランド的な要素も残したいし、
かといって現実を無視して
やっていくわけには
いきませんからね。
ベンチャーのはしり、
ともいわれる矢内さんの気分と、
いまの若いベンチャー起業家の気分とは、
やっぱりすこし
ちがう雰囲気がありますよね。
何が、いちばんちがいますか?
さきほど、糸井さんの
「一所懸命がんばってる時は、
 編集者として?
 それとも経営者として?」
という質問がありましたよね。
あれはパッと
こたえられなかったんです。

考えてみると
「生き方」でしかないですから。

ただ、今のあたらしい
ベンチャー起業家たちは
ある意味では非常に頭がいいわけですが、
非常に強く「価値規準がお金」という
要素がありますよね。

お金がたくさん
あったほうがいいということが、
唯一とはいいませんが
ほとんどの価値観を占めているなかで
動いている……たしかに
お金が大事だということはわかるけど、
それだけではないんじゃないかなぁ、
と思えるんですね。
そこのへんは、
すこしちがうところかもしれません。
矢内さんと話をしていると、
デカイ声は出していないけれども
自然に場を作っていくみたいな
リーダー像って
あるんだなぁと思います。

この連載のタイトルは
「社長に学べ!」といいまして
「社長という人たちが
 直に風を受けるなかで
 学ばざるをえなかったことが
 やまほどあるから、
 それを直にきいたらおもしろいぞ」
というところからはじまったんです。

矢内さんは
最初から社長をやってしまった、
という例ですけど、
そういう人はどう学んできたのでしょうか。
矢内さんは、
何が自分を学ばせたと思いますか。
やっぱり人でしょう。
大先輩たちですよね。

さきほどの教文館の中村さんは、
まあもちろん確かに
いちばん最初に
紹介状を書いてくださって、
それがなければもちろん
『ぴあ』は世に出られなかったわけです。
ただ、
そういう部分をさしおいたとしても、
中村さんとずっとおつきあいを
させていただくなかで、
学ぶことはたくさんありました。

会話から
何かを学ぶということも
あるのでしょうけど、
むしろもっと、
その人の生き方とか考え方とかに
刺激を受けて、
触発されたりすることが
多いような気がしますね。
いま、これだけは
しておきたいんだ、
みたいなことはありますか。
そんな明確なものはないですねえ。
やっぱり、
学生時代に集まってたときと
おなじように、
生活そのものなんですね。
そうなのかもしれません。

ずいぶん前に
大島渚さんと六本木のバーで会いまして。
大島さんが週に一回ぐらい
出ていた番組があった時代です。

収録前にそんなに飲んで、
番組はだいじょうぶかなと思ったんですが、
久しぶりに会ったので
「なんで映画監督をつづけてるんですか」
みたいな話をしまして。

酔っていたせいもあるんでしょうが、
大島さんは、直球の質問に答えてくれまして。

「結局、
 映画が作りたいんじゃ
 ないかもしれないな」

「それどういうことですか」

「作りたいテーマはあるし、
 結果的には映画を作るんだ。
 でも、きかれてみると、
 仲間が集まってきて、
 ワイワイガヤガヤ、
 ああでもないこうでもない、
 酒を飲んでバカヤロウとか
 いってるのが
 たのしいのかもしれないな」

その言葉を、
なんか妙におぼえていましてね。
うん。
狩りにいくし
獲物は欲しいけれど、
獲物そのものが目的というよりは、
狩りをしてる仲間たちが大事、
という感じですよね。
そうそう、
ワイワイやってるときが
おもしろいんだっていうね。
獲物タダでやるよ、
といわれても困るんですよね?
そうそう。
あぁ、
それはありますねぇ……
だってぼくは「ほぼ日」初期のときに、
矢内さんの栄養失調の話を
はげみにしていたような人間ですから。
(矢内さん編はおわりです。
 ご愛読いただきありがとうございました。
 次回に登場の社長を、おたのしみに……)


2005-08-29-MON