第5回 空腹を忘れるための酒


「東京は矢印の町だ」
と気づいたことなどが
『ぴあ』につながってると思うんです。
『ぴあ』は、矢印ですからね。
そうですよね。
「こっちですよ」
と書いてありますし。
田舎の人間だから
そう発想できたのかもしれませんね。
東京の人ならふつうのことですから。
「東京っていうのは矢印だと思うんだ」
と、飲みともだちに
いったおぼえはありますか?
きっとそんな話を
してたんだろうと思いますけどねぇ。
だから
おもしろかったんだ。

ともだちが集まることは、
よくあるじゃないですか。

だいたいは、
ホラを吹いて終わりになるものが
多いですよね、
飲んでする話ですから……
ただそれが終わらずに
ずっと継続してなんかのかたちに
なっていったというのは、
そういうおもしろさから
くるものだと思うんです。
おもしろいものが
はじまるかもしれないという
期待感とかだと思うんですね。
おもしろいのは、
矢内さんが「はじまる」と、
他人がはじめるかのように、
それを自分は横で見ているかのように
話すところなんです。

主役として
ぶんぶんものごとを
ふりまわしていくというよりは、
ぴたっと伴走してゆくというか……。
運のよさも出会いもあるし、
うかがっていると
「人生すごろく」みたいでおもしろいんです。
TBSで
アルバイトをしていた時代に、
林美男さんという
ラジオのDJと接触があったので
『ぴあ』の二号目ぐらいのときに
「やっとできました」
と持っていきました。

彼は
「あぁ、よかったねぇ」
とよろこんでくれて、
番組で紹介してくださりました。
「映画ファンにはもってこいだ」
とずいぶんいってくれまして、
番組の最後のプレゼントには
三百枚ぐらいの応募がありました。

プレゼントの
応募のハガキを見ると、
ほとんどの人が
「ピア」とカタカナで書いてるんですね。
たしかに耳からきくと
カタカナにきこえる……
ところが中には、
ひらがなで書いている人もいるわけです。
たぶん本屋さんやともだちが
持っているのを見たことがあるのかなと。

そうでもないと、わざわざ
「ぴあ」とひらがなでは書かないでしょう?

そこでぼくは、
単純な計算をしたわけです。
ひらがなで書いてるハガキが実際の部数、
カタカナも含めた枚数が
おそらく将来これだけ売れるだろうという
潜在部数……単純な比較計算をしたら、
八万部、という数字が出ました。

「この雑誌は八万部売れるぞ!」

まわりにぼくはいったわけです。
(笑)まだ
二十二歳の学生が、
二千部しか出していないときに。
ええ。
三年後かな、四年後かな、
実際に実売部数で八万部超えたときは、
ものすごくうれしかったですね。
あのときに計算した部数が、
現実になったんだなぁと。
本屋の数も増えたし、
ひとつの本屋で売れる部数も
増えていったんですよね?
はい。
本屋の開拓はやりつづけました。
創刊四年で
取次店から口座を開かないかという
電話がありましたが、
最後の直販号では、店の数は
何店ぐらいまで増えたと思います?
どのぐらいですか。
千六百店なんです。
へぇ!
本屋にとどける道すがら
「あそこにも本屋さんがある!」
と営業をしつづけて。
いつからか、
クルマも持っている時代がくるわけですね。
クルマは
持ちこみバイトを募集しました。
お父さんのライトバンを持ってきた、
とかいうヤツもいまして……
彼らに配本表を渡します。

ルートごとに本が渡されて
順番にまわっていくわけですよね。

ところが彼らは、
地図にない書店
──まだ『ぴあ』の置かれていない店──
を見つけると、
ぼくがそうしなさいというまでもなく、
ありがたいことに
営業をしてくれたんです。
きっと、バイトの子も、
うれしくなっちゃうんですね。
いわれもしないのに、
開拓してくれたのはすごかった。
彼らを動機づけるものが
矢内さんにあったんでしょう。
やっぱり、
アルバイトといっても、
年齢はあんまり変わらないわけです。
だから、おもしろいと
思ってくれたんじゃないですか。
さっきおっしゃっていた
「社会に関わるおもしろさ」ですよね。
本屋さんにお客さんとしていくときは
子供だけど、
置いてくださいというときは
急におとなになれますし。

そういえば、大貧乏の話も、
前にしていらっしゃいましたよね。
あんまりにお金がなくて
酒を飲んでいたという……
あれは名作だと思うんですけど。
(笑)
食べものは足りないし
疲れちゃうし、
空腹を忘れるためにも酒を飲んだと(笑)。
(笑)ぼく、そんな話、しました?
まぁ、たしかに、そんな風にして、
救急車でかつがれたことはあるんです。
(笑)どのぐらいのころでしたか?
創刊号を準備してるときに、です。
TBSのアルバイトが終わって、
今のテレビ朝日……
NETというテレビ局で
はたらいてたんですが、
あるとき急に悪寒がしてきまして。

自分の仕事まで
時間があったから
仮眠室で横になったら、
脂汗が出てきちゃいましてね。

ガタガタガタガタして
起きれないし、動けないんですよ。
自分のいく時間がきても動けない。

ぼくを探しにきてくれたけども、
脂汗ダラダラで寝ているものだから
救急車を呼ばれてしまいまして。
それでかつぎこまれて病院にいって、
注射を打たれて寝ちゃうんです。

ぼくは勝手に自己診断して
胃痙攣だと思っていたのですが、
翌日の病院の朝食に
牛乳がついてるんですよ。
こんなもの飲んだら
ますますひどくなる、
と思ってきいてみたんです。

「これ、ぼくの朝ごはんですか」

「そうです」

「ほんとに食べていいんですか。
 牛乳を飲んでもいいんですか」

「イヤ、きみは、
 こういうのを
 たくさん飲まなきゃダメですよ」

「あれ?
 ぼく、何の病気なんですか」

「イヤ、
 最近はめずらしいけど、
 きみは栄養失調だ」

たしかにそのころ
メシを食ってなかったんです。
かわりに酒を飲んでいたから(笑)。
酒を飲まないと
やってられないぐらい
疲れていたんですか?

つまり、
メシを食うぶんが、
酒の代金になっていたんですよね。
はい。
非常に安易なんです……
酒を飲んでりゃ、
原料はコメだろうとかいう。
(笑)無知!
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2005-08-26-FRI