糸井さんが
「すばらしい失敗」
とおっしゃるのは、
まあ、そうですね。

一万部を刷って、
八千部が売れ残りですから。

だから、
それからは
置いてくれるお店を増やすことに
一所懸命で、
リュックサックに
『ぴあ』をつめて、
あちこちまわりました。
仲間とノルマを決めあってね。
矢内さんの
下宿にいた七人が
足を使うってことですね。
たとえば
西武新宿線とかの私鉄は
ふたりでまわるわけです。
ひとりは一駅ぶんの切符を買う。
もうひとりは入場券しか買わない。
ひとりが次の駅で営業にいく間に、
もうひとりは
リュックサックを持ってホームで待つ。

駅員さんに
「本屋さんどこですか」ときいて
「ぴあというものを出してまして……」
十軒まわって
一軒置いてくれるかどうか
というぐらいの打率ですが、
それをずっとくりかえしたわけです。
それで沿線を
ずっと最後までいくと、帰ってくる。

リュックで
雑誌の山を抱えたひとりは
入場券だけで済むという、
そういうせこいことを考えたわけです。
とにかくお金がなかったから(笑)。
そんなふうに
店の数を増やすわけですね。
店の数が増えると
正比例以上に部数が伸びました。
これはやはり商品力あるんだと
ある時から思いました。
取次店を通るまでの四年近くは、
ずっと直販をしていましたね。
ぼくは
「ほぼ日」をはじめたころに、
矢内さんのお話をうかがいました。

そのときにもやっぱり
「四年で」とおっしゃっていて、
当時は四年というのが
すごく遠くに思えたんですけども……
あるひとつの目安として、
その数字をはげみにしてたんです。
あぁ、そうですか。
売れなかったぶんが
アパートにあると
邪魔で寝られなくて
「タダでもいいから
 読んでもらった方がいいだろう」
という意味と
「在庫をかたづける」
という意味で、
電車の網棚に乗せていったという話を
そのときにきいて
「あ、そうか!」と思いました。
はい。
手分けして、
網棚に
ぽんぽんぽんぽん置いてくわけですよ。
すごいですよ、その発想は!
今は網棚に乗っている
新聞を読む人って
あんまりいないですけど。
昔は、やまほどいました。
はい。
いっぱいいたんですよね。
買わないヤツ、
沢山いましたよ。
「誰かはやく
 網棚に新聞をあげないかな」
と待ってるヤツまでいましたよね。
(笑)いました、いました。
週刊誌が乗ってようもんなら、
「大当たり」みたいな時代が
あったんです。

『ぴあ』が売れのこっても、
ちり紙交換かなんかに出すのが
忍びないわけ。
だから配ることをやったんです。
それを思いつくこと自体が
素敵だなぁと思ったんです。

作ったものが余るのは
誰でも、悲しいですよ。
でも下宿の編集部がそれで満杯で……
捨てるのに
電車の網棚を使ったというところには
「ファミコンを
 タダみたいな価格で配ったら、
 ソフトが売れる」
みたいな感覚があると思うんです。

iPodも、iTunesを
タダで配ったところで
すべてがはじまってますよね。
駅前で手でまくより、
電車に乗せていく方が
圧倒的に効率がいいですし。
(笑)
そのあたりも、
運がいいというか
アイデアがあるというか。
ほんとに感心しているんです。
どういう風に思いついたんですか。
まずは
「寝られなかった」んですか(笑)。
まずは、
ちり紙交換も含めて
「捨てる」
ということができなかったんですね。
かわいくて捨てきれないんです。
忍びないんです。

コンサート会場なんかに
『ぴあ』を持ってきてる人が
いるわけですが、
なにかに紛れて、地面に落ちて
人に踏まれたりなんかしてるのを見ると
「……ちょっと待ってくれ!」と。

ホコリをはらって、
俺が持ちかえるよという気分だったんです。
七人ぐらいの
二十二歳の学生たちは、
当時、みんな、食えていないんですよね?
ぜんぜん、食えていないですね。
仕事場はアパートだから
タダだと考えても、
自宅も兼ねてるんですよね?
もちろん。
そこで寝泊りしているわけですから。
返本があったら、それだけで
寝られる人間の数が減りますでしょう?
「寝られる人間の数が減る」(笑)
その表現が愉快でしょうがないです。
「返本のある暮らし」
なんてなかなかないから。
(笑)返本に囲まれて寝てるとね、
インクのにおいがしてくるんです。
起きてる時は
いろいろやっているから
あまり気がつかないの。
ところが、寝ると
やることはないじゃないですか。
そりゃ、そうですね。
寝てるんだから、
やることはないです(笑)。
そうすると、
気がつかなかった
インクのにおいが
じゅわーっとしてくるんですね。
そんなことを思いだしました。
(笑)思いだしましたか……
そこは矢内さんひとりで
借りてるアパートですか。
はい。
そこに、
ともだちが
集まってきてるわけですか。
ええ。
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2005-08-23-TUE