まるでハガキのように。
お題付き短文投稿ページ<1.12>

◆「まるでハガキのように。」によせられた
「怖い話」を、楽しみましょう。

●まるご

もう、30年以上前のことになります。

父方のおじいさんが亡くなって、
今夜はお通夜、明日はお葬式という夜でした。
自家用車を持っていなかった我が家の総勢5名は、
本家の長屋に泊めてもらっていました。
わたしはまだ9歳、弟は6歳と4歳。
大人は皆、田舎の通夜ですから
総出で母屋で過ごしていました。

一番若い叔母さんが、
赤ちゃんを寝かせつけるので付き合ってくれましたが、
せっかく集まった従兄弟達とも
夜更かしできる雰囲気でなく、
子供らは食事の後、早々に寝かされてしまったのでした。
私も、まだ子供ですから寝てしまったのですが、
夜中に尿意を催して目が醒めたのでした。

本家は大きな農家でしたし、長屋でしたから、
トイレは、靴を履いて
外へ出てから行くような形態でした。
清潔で電気もついていたのですが、よそのうちだし、
電気がどこにあるか知らないので、
誰か大人の人を起こして
ついて行ってもらおうと考えていましたら、
枕もとを大人の人が通り過ぎていったのです。

男か女かわかりませんでしたが、
その人が浴衣を着ていたので、
その人に向かって、おかあさん?と声をかけてみました。
無視されてしまいましたが、
おしっこが漏れても困るので、
すみません、お便所にいきたいのですがあああ・・・・
と頼んでみました。
無視されてしまいました。

困ったなあと思っていましたら、
また、枕もとを浴衣を着た人が通り過ぎていきました。
あのお・・・と言ってみても、また無視です。
何人もの人が通り過ぎていくのに、
結局私の声に気づいてくれる人はいませんでした。
一人でトイレに行くのは恐いので、
我慢をしながらうつらうつら過ごし、
夜が明けて明るくなってから
一人でお便所へ行きました。 

朝になって気づいたのですが、
長屋には、子供しか寝ておらず、
通り過ぎていけるような出口はありません。
大人は、子供らが寝ている事を確認したから、
母屋で寝たそうです。
明るくなる少し前に
長屋を訪れた大人はいなかったそうです。

その時は少しも恐いとか感じなかったのですが、
「おねしょをするわけにいかない、9歳だから」
と頑張った私が寝ぼけていたわけないのです。 
確実に見た、あの浴衣の人たちは
誰だったのか今もわかりません。
ただ、おじいちゃんが一人で
逝ってしまったのではないと・・・・
なんとなく安心したのでした。
誰だったのかなあ。
この世の人ではなかったような気がします。


●Kたかはし

三人姉妹の末の私は、姉二人が嫁いだ後
それまで川の字になって寝ていた寝室で
一人寝ることになりました。

ある日の真夜中、ふと目が覚めました。
暗さからくる恐さで
「早くまた寝よう」と
タオルケットを深々とかぶった時でした。

私の名前を誰かがはっきりと呼ぶのです。
一瞬姉が泊まりに来ていたのかと思ったのですが、
そんなはずはありません。
でも、おそるおそる隣を見ると、
誰かが向こうを向いて横たわっているのが見えました。

やっぱり泊まりにきてたのかな?と思った瞬間、
手が私の布団の上にポーンとのってきました。
小さい頃から怖がりだった私は、
よく姉に手をつないでもらっていましたので、
やはり泊まりにきていたのかと思い、
その手を握ろうとしました。

その途端、その手が私の手を握りました。
冷たく氷るような手です。
ビックリして手の方向を見ると、
なんと畳から
手首下30センチくらいの腕がでていました。
その手の力の強いこと。
ぐいぐいとどうやら畳の中へ
ひきずりこもうとしているようです。
引っ張られている手で、相手の手をたぐると、
どの指かわかりませんが、
ある1本の指に触れることができました。
思いきり、その指の甘皮を爪でぎりぎりとしごくと、
相手も痛かったようで、
指の一切届かないところまで手を巧みに持ち替えました。

その時自分が金縛りにあっていることに気付きました。
声が出ません。
こんな体験は初めてでしたので、
心の中で必死に南無阿弥陀仏を唱えました。
それでもなかなか消えてくれません。
もうだめかと思い、満身の力を込めて
相手を振払うように自分の腕を引き上げました。
その瞬間、パッと手は消え身体が自由になりました。

慌てて立ち上がり両親の寝室に駆け出し、
母の布団にもぐりこむと、母から
「どうしたの? こんなに氷のように冷たくなって。
 何か恐い夢でもみたの?
 話すと楽になるから言ってごらんなさい。」
と言われましたが、
とても今あったことを口にはできませんでした。
それから白々と夜が明ける迄、母の隣で震えていました。


●シルバー・バレンテ

4年前、神奈川県で一人暮らしをしていた頃の事です。

その場所は小田急線のすぐ脇にぽつんと立っている、
6畳一間、新築の家賃5万クラスのアパートでした。
その頃の僕は、渦眠症と不眠症が交互に繰り返されていて
大学の授業も休みがちな、
浮世離れした毎日を送っていました。

AM2:30、止まった時計の電池を
新しいものと交換し、きちんと動くのを
この目でハッキリと確認し、床に就きました。
風で雨戸の音がうるさかった冬の真夜中です。

やがて訪れた眠りの中で僕は夢を見ました。
大きな壁掛け時計がグニャリと歪んで、
7:00を示したその時計が逆周りに回転し始め、
3:21辺りで止まって動かなくなるという夢でした。
ハッっと目覚めた僕の目に飛び込んできたのは、
3:21で刻むのをやめた時計の冷たい沈黙でした。
電池を換えてから51分はしっかりと動いたのです。
ビデオのディスプレイに表示された7:03を見ながら
単なる偶然だと簡単に割り切れないような気持ちで、
コップの一杯の冷たい水を飲んだのを忘れられません。


●TOKO

うちの主人が、まだ3トントラックで
ルート販売していた頃の話。

鹿児島には、地元では有名な
“川辺(かわなべ)峠”という所があるのですが、
国道225号線と指宿スカイラインが、
立体交差する場所でして、
けっこう交通事故とかも多いんです。
市内の方から行くと、
緩やかな登り坂で右にカーブしています。
ある日主人がいつものルートなので、
ブイブイトラックを飛ばして、
その“川辺峠”にさしかかった時、
その日はどしゃ降りの雨。

カーブの突き当たりには、低めの山があり、
そこに登るためのコケのついた階段があるのですが、
そこに、何故か傘も持たずにたたずむ
ランドセルをしょった小学生が
じーと主人を見ていたそうです。
主人は「はっ?!」として気をとられ、
対向斜線にはみ出したそうです。
(あんな所に傘も持たず子供がいるなんて、
 しかも遅い時間ですよ、絶対おかしいです)

ちょうど、対向車が来ず、
無事家まで帰って来れましたが。
その峠の先には、もちろん観音様の銅像があり
事故者の慰霊碑が建てられています。
(一度行って見てください。
 背筋に何か走るものが・・・)
主人が仲間にならなくてよかったです。


●はるな

わたしが高校1年生の夏休みのことでした。

友達のお父さんの会社の別荘に一泊できることになり、
友達5人と友達のお母さんなど8人ほどで
群馬県の某湖のほとりに出かけました。
その湖は、藻かなにかがたくさん生えているので、
飛び込んで自殺すると死体が浮かんでこない
という話ですが、
中学生が林間学校で行く場所だったりもして、
わたしも何度も行ったことがありました。

その日はとても暑い日で、
夜になると激しい雷雨になりました。
真っ暗な湖が、雷の光で浮かび上がり、
とても不気味だったのをよく覚えています。
そんな中、当然のように
みんなでこわい話をして盛り上がりましたが、
そのまま特に何事もなく帰宅しました。

ところが、家に戻ってから
不思議なことが起こるようになりました。
夏休みだったのでいつもより夜更かしし、
家族で一番遅くまで起きていたのですが、
2階の自分の部屋にいると、
階段を誰かが上ってくる音がするのです。
一番最初は夜更かしを怒った母がやってきたのだと思い、
上りきったと思われるころ、
階段のほうを見たのですが、誰もいません。
階段のところまで行って確かめましたが
やはりしーんとして人の姿も見えません。
隣の部屋からは弟が眠っている寝息が聞こえていました。

翌朝、母をはじめ、家族全員に確かめましたが、
誰も階段を上ってきた人はいませんでした。
ところが、その夜も、その次の夜も、
家族が眠ってしまった後で、
階段を誰かが上ってくるのです。
でも、姿を見たりはしなかったので、
不思議とこわくはありませんでした。

そしてそれからしばらくして、
弟が林間学校でその湖に出かけていきました。
そうすると、その後階段を上ってくる音も
聞こえなくなりました。

夏休みが終わってしばらくしてから、
一緒に湖に行った友達にこの話をすると、
写真を1枚見せてくれました。
その写真にはわたしだけが写っていたのですが、
その手前には、大きなピンク色の玉が横切るのが
写っていました。
友達は、わたしの話を聞くまでは、
見せないほうがいいと思って黙っていたそうです。
もちろんその写真を撮ったとき、
近くにそんな色のボールなど一切なかったのは、
みんなが確認していました。

あれはなんだったのでしょうか。
わたしは誰かを連れて帰ってしまっていたのでしょうか。


●jam

お父さんとお母さん、こども1人の家族がいました。
ある夜、夫婦げんかをして
お父さんがお母さんを殺してしまいました。
お父さんは誰にも気づかれないように、
お母さんの死体をこっそり埋めました。
あくる朝、こどもが起きてきました。

お父さんは
「こどもに聞かれたらなんと答えよう」
と考えていましたが、
お母さんがいないことを、
こどもは何も聞こうとしませんでした。
次の日も次の日も、こどもは何も言いません。

不思議に思ったお父さんが
「この間から、お母さんが家にいないけれども、
 おまえは気にならないのか?」
と聞くと、こどもはふしぎそうな顔で言いました。

「じゃあ、お父さんは
 何で毎日お母さんをおんぶしてるの?」

2000-09-09-SAT

●7091

会社の先輩の話です。

先輩のおばあちゃんが亡くなり、
お通夜がとり行われました。
その夜の宴席で、
先輩はずいぶんと酔っ払ってしまったそうです。
しまいにはあろうことか
縁側で、死んだはずのおばあちゃんと
話し込んでしまったそうです。。
そして、ひとしきり話し込んだ後、
半透明の故人は、庭の中空に
「すぅ〜っ」と昇っていってしまったそうです。

そのときの先輩は、周囲の親族には
「飼い猫に何やらしきりに話しかけている」
としか見えませんでしたが、
故人の可愛がっていたその猫は、
まったく逃げずに
じっーと話に聞き入っていたそうです。



小さい頃よく遊びに行っていた
親戚のおばあちゃんの家は、
50メートルくらいの細い道を抜けたところにありました。
夢の中で私は小さい子供に戻っていました。
夜、私がその道を抜けて、
おばあちゃんのところに遊びに行こうとすると、
たくさんの白い蛇が道にしゅるしゅるといたのです。
蛇が全然だめな私は、
必死の思いで蛇をさけながら道を走り、
やっとおばあちゃんの家に辿りつきました。
やっとついたと家の戸を開けると、
中はがらーんとしていて
人の気配が全くありませんでした。

「おばあちゃん出かけちゃったんだ・・・」
と私は又その蛇の道を帰っていったのでした。

そして目が覚めたその朝、
おばあちゃんは亡くなっていました。

体が弱り子供もいないため
一人老人ホームに入ったおばあちゃんが、
最期に教えてくれたのかもしれません・・・


●かいどう

これは、うちの弟が子供のときの話。

まだ幼稚園児だった弟は、
ガキ大将から大事にしていたミニカーをとりあげられ、
茂みの中に投げ捨てられてしまった。
弟は必死になってその茂みを探して
ミニカーは見つかったのだが、
それから原因不明の高熱にうなされ、
病院でも先生が首をかしげる程だった。

数日入院して手当てを受けていたある日、
見知らぬ老婆が弟のベッドの所へやってきて、
「あなたは、お墓の中に入ったでしょう?」
と言う。
見に覚えのない弟は、
はじめは変なおばあさんだと思っていたらしい。
しかし、ある事を思い出した。
ミニカーを探しに茂みに入ったところに
丸い石があったという。
そこで、そのことを聞いた母は、
さっそくその茂みに入ると、
墓石のような、丸い石がおいてあり、
なるほどよくみると墓のように見えなくもない。
近くのお寺にたずねると、
確かにそこは無縁仏だという。

弟はミニカーを探しにその茂みに入って、
間違って無縁仏の石をふんでしまっていたのだ。
母はそのお墓に、花と線香をたむけて
息子の不始末を許してくれと、手を合わせた。
すると弟の容態はみるみるよくなり、
翌日には退院した。
そしてその老婆はいったい誰だったのか、
看護婦さんに聞いても誰も知らなかったそうだ。
この世の人だったのだろうか・・・・。


●eno

皆様の期待する恐怖とはちょっと違うとは思いますが、
いちいちその状況を想像しながらお読みください。

あれは、私が近所のケーキ屋でバイトしていた時に
出入りしていた業者さんから聞いた話だった。
その業者さんの友達の身に起ったオソロシイ出来事。
それは・・・・・

ある日、その業者さんの友達(以下Aさん)が
海へ釣りに行った時のことだった。
順調に釣りをしていたAさんだったが、
ふとしたはずみで岩場で滑ってしまい、
転んだ拍子にふくらはぎの辺りを
ザックリと切ってしまった。
こりゃあ大変!すぐ病院へ。
怪我はけっこうひどかったらしくかなり縫ったらしい。
しかし本当におそろしいコトが起ったのは
その後何日も経ったあとだった…。

一旦は治療を受けて落ちついたAさんだったが、
何日経っても傷の痛みが無くなるどころか
逆にどんどん痛くなってきた。
コイツはおかしい?
と慌てて病院へ行って調べてもらうと・・・・・

なんと開いた傷口の皮膚の裏側には、
小さなフジツボがギッシリと詰まっていったんです!
どうやら転んだ時、
目に見えないほどの大きさだったフジツボの赤ちゃんが
傷口から入りこみ、
海水とほぼ同じ成分の体液の中で
すくすくと育ってしまったらしい・・・。

ちなみにその赤ちゃんフジツボは
かなりピッタリとくっついていたらしく、
ひとつひとつピンセットで剥がしていったのだそうだ。
(ふじつぼ: 柄部がなくて、
 殻で岩礁などに着生しているものの総称。
 富士山形をした石灰質の殻で包まれ、
 胸部の付属肢は二叉型。
 多くの毛を持つ蔓状でこれで水中の食物をとる。)

海の岩場での釣りには十分にお気をつけて・・・・・。


●げだん

私は都内で編集の仕事をしている者です。

もう一年近くも前のことになるでしょうか。
担当している作家の取材旅行に同行することになって、
山梨の山奥にある古びた旅館に
2泊することになったのです。
その旅館はいまどきにしては珍しく、
五右衛門風呂に入らせる所で「おつなもんだね」と喜んで
早速入らせてもらったのですが、
この風呂がまったく温かくないのです。
この小さな旅館は年老いた女将さんが
食事から風呂焚きまで一人で切り盛りしていたのですが
いくら言っても温かくなりません。

そればかりかこの女将さん、
一言もしゃべってはくれません。
「へんな旅館を予約しちゃったなぁ」
と後悔しきりだったのですが、
旅の楽しみは食事だからと期待していたところ、
出てきたご飯が冷えて固かったのです。

取材地が山奥深いところで
代わりの旅館もレストランもないので
仕方なくそこに2泊しました。
「がっかりな旅館でしたね」
などと話しながら車で下山する途中に立ち寄った売店で
缶コーヒーを買ったときです。
売店のおばさんが
「あんたらキャンプに来たようには見えねぇずらが
どこに泊まっただか」
と訊いてきました。
「○○館です。言葉が不自由なお婆さんのやってる・・・」
と答えたのですが、そんなはずはないと言います。
詳しく訊いてみると、そこの女将さんは
私達がやって来る3日も前に
肺の病気で亡くなっていたというのです。
病気なのに仕事をつづけ最後には
肺が腐って息ができなくなって亡くなったそうです。

私達は2泊3日のあいだ
女将さんの幽霊に世話してもらっていたのです。
風呂がぬるかったのもしゃべれなかったのも
肺がだめになっていたからなのでしょう。
ご飯が冷たかったのは
3日前に炊いたご飯だったからなのです。
身寄りのなかった女将さんは
近くのお寺に埋葬されたとのことだったので
私達はすぐにそのお寺を訪ねて手をあわせました。
女将という仕事を愛する気持ちが
最後の客となった私達を迎える霊となって
現れたのでしょうか。
とにかく、夏だったのに
3日前のご飯に当たらなくて良かったなぁ。


●ひっきー

ことし8月の上旬のことです。

深夜の2時頃、用事があって、
買ったばかりの愛車で静岡へ向けて走っていました。

始めて通る道でしたが、
僕が住む神奈川から静岡へ向かう道は、
ただひたすら国道をまっすぐ走り、
途中で左折すればまた直進という
非常にわかりやすい道順でした。

途中、何本か有料道路があったのですが、
深夜だし渋滞することもないと思い、
一般道を使いました。

やがて神奈川県を抜けて静岡県に入りました。
国道は、山の中をくねくねしながら続きます。
急な上り坂、下り坂、カーブやトンネルを
いくつも越えました。
そしてまた“この先左カーブ”の標識を過ぎ、
アクセルからブレーキへと右足を乗せ変えた時。

ブレーキペダルを踏もうとしたのに、
そうはさせない、という“何か”の力を感じたのです。
大きな力ではありません。
“どこかから足元に風が吹いた?”という程度の力。
その力をふりほどくのは簡単でした。

ブレーキをかけ、スピードを落とし、
そのカーブを抜けました。

その次のカーブでも同じ現象。
僕は、エアコンの風が足元から
出る設定になっているのかもしれないと思い、
エアコンをOFFにしました。

しかしそれから3回位、
カーブのたびにその“力”を感じました。

そこで過去に事故があったのか、殺人事件があったのか、
そういったことはわかりません・・・・

2000-09-07-THU

●ニカラグア ゆみ

私のおばあちゃんは、感が鋭くて、
小さい頃から何か見てしまったりしていたようなのですが
私が聞いた中で、一番恐かったお話です。

ある日の夕方、ふと買い物に出ようと思い、
おばあちゃんは玄関を出ました。
自宅から徒歩5分ほどの所に
小さなマーケットがあり、
おばあちゃんはいつもそこを利用していたのです。

店にはいろうとすると、
近所の奥さんが、前から歩いてきました。
いつも、仲良くしているその人に
軽く会釈をして短い挨拶をお互いにかわし
すれ違った瞬間に
その奥さんの顔が、一瞬真っ白に見えたそうです。
『あ…』そのほんのコンマ何秒の瞬間に
おばあちゃんの頭にはある風景が浮かびました。

一瞬固まって、ハッと気がつき
振り向いてその奥さんの後ろ姿を見送りました。
『まさかね…。』
おばあちゃんは見たのです。
奥さんの変わり果てた姿を。

嫌な気分を振払いながら、買い物を済ませ
夕飯の支度を始めたおばあちゃんの所に
救急車の音が聞こえてきたのは
ほんの数分後の事でした…。

その奥さんには、癲癇持ちの息子がいたそうです。
発作がひどく、仕事も出来ず悲観したその息子は
青酸カリをのんで、自殺を計ったのです。
外出から帰ったその奥さんは
倒れて痙攣を起こしていた息子を見て
癲癇の症状だと思い込み、
そばにあった青酸カリを飲んだコップの水を口に含み
息子の顔に吹き掛けたらしいのです…

コップについていた青酸を
飲み込んでしまったのでしょう、
そのまま、奥さんも亡くなられたそうなのです。

90歳近くなった今でも、おばあちゃんは私に、
「あの時のあの奥さんの真っ白い顔は
今でも忘れられない。」と
顔を引きつらせながら、話すのでした。


●ゴロン

小学校1年生の時、
となりの席の男の子によくいじめられていました。
授業中、スカートをめくられて、
へアピンで太ももに傷をつけられたりしていました。
仕返しが怖くて声も出せずに、
いつもがまんしていました。
が、両親が先生に報告したので、
その男の子のいじめはそれきりになりました。

小学校3、4年生の時担任になった若い女の先生は、
はきはきと元気が良かったのですが、
私はおっとりしていたので、
気に入られていなかったようです。
私も苦手でした。
その先生は、私が中学生の頃、
海水浴をしていて水死しました。

小学1年の頃私をいじめた男の子は、
高校へは行かず、バイク事故で死にました。

私をいじめた人間は死ぬのかなと思いました・・・・


●もお

わたしは数珠ブレスレットを2本しています。
1本はつげのもので、
母の入院と私の事故が重なった時期に、
京都のお寺で安価で購入したものです。
毎日毎日、右腕につけていました。

3箇月後のある日、母が具合が悪くなりました。
胸が苦しい動悸がすると言うのです。
私もなんだか気が重いのです。
部屋に戻り、おふろに入る準備をしようと、
その数珠に手をかけると
パチン!
と勢いよく弾け飛びました。
あれ?と思い、
母に「数珠が切れた」と告げた瞬間、
リリリーン!
とけたたましく電話のベルが鳴りました。
母が急いで出ると、
それは母の姉がたった今亡くなった、とのことでした。
すると母の動悸は消えてしまいました。
わたしはかき集めた数珠の玉をまたつなぎ合わせました。

今もその数珠をしています。
もう一つの数珠と一緒に私を守ってくれています。


●りんの

中学一年生の時の話。

学校での昼休みの時の事、
二人の友人とだべっておりました。
ふと、顔を上げると友人二人の後ろに、
赤いワンピースを着た、
髪の長いソパージュの若い女性がぬっと現れたのです。
此処は学舎です、そんな派手なねーちゃんが
白昼堂々居る訳ありません。

「後ろー!!!」
咄嗟に叫ぶと、友人二人は振り返り、
その背後に居た女性も掻き消えてしまいました。
振り返った二人のウチ一人は
「??? 何か居たの?」と云いましたが、
もう一人は「今、真っ赤な影が窓に向かって
ざあって…動いたけど…何?」
と云ったのです。

・・・・・二年後(中三の時、同じ中学校にて)。
別の友人五人と車座になって座り、
やはり休み時間に怪談話で
きゃあきゃあ云っていた時の事です。
私は二年前にこの校舎で見た
赤いワンピースの女性の話をしました。
すると、二人の友人が押し黙り、
そして話し始めたのです。

一人目の話。
中二の時、生徒集会のイベントで
体育館にパイプ椅子を並べなきゃいけなくなって、
昼休みにクラス全員で並べていた時の事。
もう並べ終わった一番右の列の一番後ろのパイプ椅子に、
赤いワンピースを着た
髪の長いソパージュの若い女性が座っていたのです。
初め父兄かなあと思い、放っておきました。
そしてパイプ椅子を並べ終わり
皆クラスに戻ろうとした時・・・・
その女性はいなくなっていました。
ただ、その女性の座っていたパイプ椅子が畳まれて
其処に置かれていたのです。

二人目の話。
体育でクラス対抗の種目が有り、
放課後夕方暗くなるまで残って、
体育館でその種目の練習をしていた時の事。
ふと、女子生徒の一人が
ギャラリーの隅を見て騒ぎ始めた。
段々何人もの子がうなずきあって、囁いている。
「ははあ、また“なにか見えるー”とかやってんのかな」
と思い、騒いでいる子達に声をかけたのです。
「どうしたの??」
「あそこに、赤いワンピースを着た
髪の長いソパージュの若い女の人が居るの!」

「それ…ほんとの話? 私の見た人と…同じ…?」
「私は見てないけど、皆そう云って騒いでたんだよ」
「私だって、変な人が居るなあくらいにしか
思ってなかったんだよ、
パイプ椅子に座ってた人・・・
二人とも知ってるなんてさあ。
しかも、別の時間と場所で・・・」
流石に背筋が寒くなりました。

彼女はこの学校に棲んでいるのでしょうか?


●YUNI-BOO

私が中学生の頃、一緒に住んでいた祖母が亡くなり、
一緒に住んでいたその家は私の両親が相続しました。
家が古かったこともあり、
その後建て直しをすることになり、
高校生になっていた私は
自分の部屋をある程度デザインできると
建て直しに大賛成でした。
設計には家族の意見も取り入れるので
かなりの時間を要しました。

そんなある日、母の叔母から一本の電話が・・・。
叔母「ねえ、あなたの家何かいじってるの?」
母「ああ、連絡するの忘れたけど、
立て直そうと思って・・。」
叔母「ああ、それで・・。
いや、おばあちゃんが夢に出てきて
『私の居場所がないのよ』って泣くのよ」

驚いた母は、すぐに父と大工さんを呼び、
祖母の仏壇を元に戻すようお願いしました。
実は、古い家だったころ、祖父母の仏壇は
皆の集まる1階の居間に置かれていましたが、
新しい家は、スペースの関係もあり
2階の両親の寝室に置くことになったのです。
おじいちゃん、おばあちゃんごめんなさい。
邪魔にしていたわけではないのです。
仏壇の場所をもとあった居間に戻し、
母は早速叔母に電話をしました。

母「最近おばあちゃんの夢見る?」
叔母「ああ昨日、うれしそうに
おじいちゃんと旅行に行くといってたわ」


●ふっきん

大学生の頃、友達5人で
トランプに明け暮れた時期があった。
親がトランプを配ると、なぜか1人分多く配ってしまう。
誰が親になってもそう。
そしてご飯を食べに行くとお水は6人分出てくる。
みんな「これは誰かに何かがついている」と思い、
「自分ではありませんように…」と願いつつ
ご飯を食べていた。

そして卒業し、OLになって4年。
この間ランチを食べに行った店で注文をしたら、
ウエイトレスさんが
「…こちらのお客様は?」
「私一人ですが」
私の向かいに誰がいたんだろう。

2000-09-05-TUE

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