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第15回 
何に対しても、話しかけるように撮ってみよう。


at Ho Chi Minh,Vietnam
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彼女は、ベトナムのホーチミン市にある
有数の進学校に通う18歳の女子高生。
名前を“ヴァン”ちゃんといいます。

ある時、雑踏の中で
下校途中の彼女と出会いました。
ただこの場合は、出会ったというよりも、
雑踏の中に、彼女を見つけたという表現の方が
あっているのかもしれません。

その時ぼくは、街中のカフェで、
ベトナムコーヒーを飲みながら、
ぼんやりと、強い日差しの中で、
道行く人を、眺めていました。
ホーチミンという街は、
ベトナムが以前フランス領だったこともあって
街の中の色彩が、とてもきれいで、
特に強い太陽の光の下では、
その色合いは、とても温かい色として目に映ります。

しばらくすると、ぼくは視線の向こうに
ひとりの女の子を見つけました。
真っ白なアオザイをまとっていたこともあって、
その彼女のすがたは、温かい色彩の中にあって
ひときわ目立っていました。
そして、ぼくはおもむろにカメラを取り出し、
彼女にカメラを向けてしまったのです。

その時、彼女と目が合ってしまったこともあって、
ぼくは、いきなりカメラを向けて
写真を撮ったことを謝ろうと、
少し勇気がいりましたが、
まずは彼女に話しかけてみました。
すると、彼女は少しはにかみながらも、
その陽に灼けた小麦色の顔の中から、
白くて小さい歯をのぞかせながら、
にっこりと微笑んでくれました。
どうやら許してくれたようです。
そしてぼくは、改めて彼女に写真を撮らせて欲しい、
とお願いしてみました。
すると、彼女はまたしても少しはにかみながらも
にっこり微笑んで、
それもこころよく引き受けてくれました。

何となく笑ってごまかすことも出来たのですが、
今となっては、あの時に話しかけることが出来て、
本当によかったと思っています。

それというのも、実はその後に、
こんなことがあったからなのです。

話したからこそ、わかったこと。

ぼくは1枚目の写真にあるように、
カフェの横の、黄色い壁の前で、
片言の英語で、お互いの名前を聞いたりしながら
改めて彼女を撮らせてもらいました。

しかし、そうこうしているうちに、
ベトナムの天気というのはとても変わりやすく、
先程までの、キラキラとした光は
あっという間にかげをひそめ、
空には、黒い雲が広がり、
突然バケツをひっくりかえしたかのような
大粒の雨が降ってきました。
まさにスコールです。

仕方がないのでぼくたちも、
あわてて先程のカフェに逃げ込みました。

そして、その雨が止むまでの間に、

“ヴァン”という彼女の名前が
“雲”という意味を持っているであるとか。

実は彼女も写真が好きで、
カメラが欲しいと思っているだとか。

辞書を片手に、片言の英語で、
いろいろと話をしてくれました。

やがて、雨も上がり、
またしても、眩いばかりの日が射してきました。

カフェを出る前に、
ぼくが、これから近くのサイゴン川の方に
行ってみようと思っていると話をすると、
彼女も方向が同じだから、一緒に行こうということになり、
ぼくたちは、雨上がりの街を抜けて、
サイゴン川に向かいました。

空には、スコールのすぐ後ということもあって、
いくつもの白い雲が連なっていました。
その感じが、あまりにもきれいだったので、
ぼくは別れ際にもう一度、
その川のほとりで、彼女の写真を撮らせてもらいました。

ぼくに何か話しをしようと、
しきりに辞書を見ていましたが、
ふと顔をあげると、川辺に立つ彼女の向こうには、
それこそ、真っ白なアオザイ以上に、
彼女の名の通りの“真っ白な雲”がありました。

そして、そこにあるすべてが重なって、
この場所に彼女がいることが
むしろ当たり前のように見えて、
ぼくは、とても大切な1枚の写真を
撮ることが出来ました。

たとえ相手が花でも、
話しかけるように撮ってみよう。


そして今、ぼくは、このようなことは、
人に限ったことではなくても、
ひょっとすると、すべての被写体に対して
当てはまるのではないかと思うのです。

それというのも、たとえそれが
庭先に咲く花だったとしても、
ただ、何となく撮られた花の写真と、
話しかけられるようにして撮られた花の写真とでは、
全く違う写真が出来上がるように思うのです。
(もちろん、それは口に出して言わなかったとしても、
 気持ちの問題を含めての話なのですが。)
しかも、その気持ちみたいなものは
不思議とよく写るものなのです。
少なくともぼくの知る限りにおいて、
いつの日も、いい写真と呼ばれる写真には、
必ず何らかのかたちで、そんなやりとりが
そこには写っているように思うのです。

その上、時には、この“雲”という名前の
ベトナムの女の子の写真のように、
実際に話しかけたことで、
新たにそこに、新しい関係が生まれたり、
時には、いくつかの偶然が重なることで、
新しい世界を見せてくれることもあるのです。
そして何よりも、このようにして
写真が撮れたときというのは、
不思議だし、嬉しいものだったりしますよね。

だから、声を出さなくたって構いませんから、
まずは気持ちの中で、すべてのものに対して
話しかけるように撮ってみましょう。
すると、たったそれだけのことで、
その写真は、必ず生き生きとしてくるはずです。
しかも時には、そこから新しい会話のようなものが始まって、
自分でも予期しない、すてきな1枚の写真が
生まれることだってあるのです。



ファインダーをのぞきながら、
相手に話しかけてみよう。
実際に話さなくても、
心で語りかけるのでも大丈夫。
あなたと、被写体のあいだのあたたかな関係は、
不思議なことに、ちゃんと見えてくるから。



at Ho Chi Minh,Vietnam
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次回は、
「桜の花びらが、ハラハラと散る理由」
というお話です。お楽しみに。


2006-03-24-FRI
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