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#27 新しく問うためのコツ


"#26" では、「十代の頃に真剣に思ったこと」についての
沢山の談話を紹介しましたが、あなたはどう読みましたか。

「若いときに特有のよくある感慨だよなぁ」と思った方は、
ひょっとしたら、忘れていることが、あるかもしれません。

経験談と哲学の手法のはざまを行くようなこの連載ですが、
今回は簡単に、ハイデガーという哲学者が、
「何かを問うときに大切にした一つの方法」を紹介します。

……あなたは、ベテランの音楽家やスポーツ選手が
半生を語る場面に、違和感を感じたことはありませんか?

若い頃の「壊れそうだけど懸命な姿」に惹かれていた人が、
人生も後半になってから、堂々と追憶を語り出したときに、
「あれ、当時はそんなにわかっていたわけがないでしょう」
と、感じることって、あったりしませんか?

哲学者に言わせると、こういう状態は、
「早期の思考を後期の思考で覆っちゃうこと」だそうです。

何百年も前に何かを書いた人の考えを、今の基準から見て、
「あれはこういう意味に過ぎない」と笑ってしまうことは、
何も生まれない姿勢なのだと、彼は強く主張していました。

西洋の哲学のはじめの頃に、
どんなに「青臭く見える問い」があったとしても、
その問いは、一度しか出なかった固有なものかもしれない。
最近の西洋哲学によって、その問いが示すものを隠したり、
最近の哲学に進化する「劣ったもの」と取るべきではない。

このハイデガーの姿勢は、
「問い返すときは、いつも新しく問わねばならない」
という考えに、つながってゆきます。
昔の人がわけわからないことを言っているように見えても、
その、理解できにくいところに注目して疑問を解くことが、
昔の人との会話を続けることなんだ、と考えるわけです。

彼は、何百年も何千年も時代が違う人の考えを、
「理解している」と思いこむことの方が異常だと言います。
それは、理解ではなく、理解しやすく見えるところだけを
吸収して、それ以外のものを、捨てているだけなんだ、と。

ハイデガーが、
「古い哲学」と「新しい哲学」についてこう考えたことは、
一人の人間の、「若い頃」と「年齢を重ねた頃」にも、
あてはまるのではないでしょうか。

古い人との会話を放棄し、考えを交換することを怠けると、
古い本を読んだ後も、その人の考えは何ひとつ変わらない。
同じように、若い頃なりの境遇に耳を閉ざしているのなら、
その人の若いときの問いや望みは空中に浮いてしまう……。

ある古い本に関して、すでに誰かが歴史的に調べたと思い、
「解決済みだ」という前提で確認するだけのためにならば、
古い本は、古い本として存在する甲斐が、ないのでしょう。
同じような意味で、その人の若い頃なりの問いというのは、
その人には、一度しかやってこなかった貴重さがあるはず。

問い返しは、いつも新しくなければならない。
新しい問いに気づくには、古い人が、
どう呼びかけているのかに、耳をすまさなければならない。
「古いことなんて、もう今や誰だって理解できているんだ」
という前提を捨てたときにこそ、人は、世界の至るところに
魅力的な謎がたくさん溢れていることに気づけるわけです。

この「古い本を新しく読み直す」ということと同じ意味で、
早期の思考を、後期の思考で覆ってしまわずに、
若い頃に強く疑問に思ったことの意味を決めつけないまま、
新しく問い直すなら、あなたは、何に気づけるでしょうか?

何度も読み直すことができる本や、
読むたびに解釈が変わってしまう本と過ごす時間のことを、
ハイデガーは、終生、とても大切なものとして捉えました。

何度でもわからないところが出てくるのなら、
それは、そこに書かれていることが思考に値する証拠だし、
それを書いた人との直の対話が続いていることだから、と。

書いた人は、歴史的に位置づけられることを望んでいない。
残した呼びかけを、誰かにちゃんと聞いてもらいたい、と。

少し前に、このコーナーでは、
「自分と和解する技術は、あまり語られていない」
という言葉に、大きな反響をいただきました。

あなたがこれまで来た道には、わかっているように見えて、
知らなかったおもしろさが、ずいぶんあるかもしれません。

そうやって、自分の過去を、何度も新しく問いなおすなら、
哲学的な技術が人生を豊かにするヒントを生むのかも……。
そんなようなことを思って、ハイデガーの一つの手法を、
簡単に、紹介してみました。

もちろん、哲学の手法は、
人生に生かさなければいけないということはないのですが、
忙しくて沢山の技術を知る時間がないという人にとっては、
これも、一つのきっかけになるのかもと、思ったのでした。

転職で悩んでいる人や、これからの道に悩んでいる人や、
転機のたびに前の自分を否定しちゃって疲れている人こそ、
自分が働きはじめた頃に思っていたことや、
まだ十代で何もやっていない頃に望んでいたことや、
今から考えると理解できないような自分の過去の行動を、
何度か違う視点で考えなおしてみては、いかがでしょうか。

自分の過去でさえ、膨大な日数の積み重なりなのだから、
理解してると思いこんでいる方が、異常かもしれない──?

次回に、続きます。

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                  木村俊介

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2003-11-23-SUN

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