コンビニ哲学発売中。

第27回 よくわからない渇いた感じ

「ブランドが重要なんだ」
「新しいビジネスソリューションの可能性」
「一対一のマーケティングが大事だ」
・・・などの言葉を、ビジネス系の本に見かけます。
しかも、何となく転職が流行っているようですし、
会社を設立することも、とても流行っていますよね。

率直に言えば、みんな不安なんだろうなあ。
何かに飢えているという感じを、とても受けるのです。
ま、ぼくも不安で飢えているわけではあるけれど。

ただ、不安の外へのあらわしかたとして、
「より大きくて強いものをつくればいい、
 より効率よく、より一生懸命やればいい、
 より知識を吸収して世界に誇れるようになればいい」
という流れに対しては、
ちょっと「おや?」と思うところがあるのです。

やりたいことを見つけるために、
会社を辞めて、別のことをはじめたとしても、
最終的にそれを、目に見えるかたちの答えにするのは、
いいことなのだろうか? 

ぼくには、わかりません。
いいことかどうかもわからないし、
悪いことなのかどうかも、もちろんわからない。

ただ、「新しい考えかたを模索する」というような
ビジネスや思想に関するいろいろなひとの
インタビューや対談などを読んでいると、
目に見えるかたちだけに触れながら、
不安と不満を語っているように見えるときがあるの。

制度をきちんと整えるとか、
個人の知識レベルを上げるとかいうことは、
おそらくとても重要なのでしょう。
日本が世界に対して遅れていると言われていることも、
きっと、ある意味では確かなんだろうなあと思います。
だけど、何ていうか、語っているひとそのものに、
どきどきしたものを感じられないときがあって、
そういうものに触れたあとには「・・・だけど」と、
思わず言いたくなってしまうんです。

そういうひとは、何だか、体だけではなくて、
心までも、目の前のものに追われ過ぎてるようだから。
「じぶんは大きくて力があるんだよ」
と言わなければ、やっていけないようであるから。
そういうところに、少しの不自由さを感じるのです。

「この日のことについては、わずかしか思い出せない。
 ぼくが思い出すのは、じぶんのあわただしさだけだ。
 あらゆるものに向かってのあわただしさ。
 じぶんの没落に向かってのあわただしさ。
 蜃気楼に愛想を尽かした。磁石で方向を修正した。
 ときどき寝転んだ。レインコートを捨てた。 
 これ以外には、何も知らない。
 すべてがぼくのうちに、消えてしまっていた」

これは、サン=テグジュペリ(1900〜44)の言葉。
砂漠での日々について書いたことなんですけれど、
そんな渇いた感じに似たものを、
さきほどの不自由さに感じるんですよね。
じゃあ、例えば、何に渇いているんだろうか?
・・・わからないけれど、とりあえず、
この作家の求めていたイメージを、
ぼくは、ここでは紹介してみたいなあと思います。

「ぼくらはお互いのめぐりあいを、待つ。
 おたがいに、ちりぢりになって働いている。
 再び会うのには、偶然にまかせるしかない。
 ひとは、何年も続いた沈黙のあとで、
 途切れていた会話の先を続けたり、
 古い思い出を語りあったりすることになる。
 やがてまた出発だ。
 こんな具合に、ぼくたちにとって、
 地球は荒涼であり、同時に豊饒でもあるわけだ。
 
 死んだ友達のかわりには、何ものもなりえない。
 旧友をつくりだすことは不可能なんだ。
 思い出、困難な時間、仲たがい、仲直り、
 心のときめきの宝物・・・二度とは得られない。
 樹を植えて、すぐに木陰で憩うことはできない。

 最初、ぼくたちはじぶんたちを豊かにした。
 長年、ぼくたちは樹を植えてきた。
 やがて、樹を切り倒すときが来る。
 友達がひとりずつ、
 ぼくたちから、彼らの影をひきあげる。
 それに加えて、老いの嘆きが来る」

こんな感じの静かな文章が、
ぼくにとっては、何だかすごく、
何かに飢えた感じへの、ヒントに見えるのです。
「パワフルで力があって豊かさが満ち溢れて」
というのではないものが、気になるのですが・・・。


[今日の2行]
地球は荒涼であり、同時に豊饒でもあるわけだ。
樹を植えて、すぐに木陰で憩うことはできない。
           (サン=テグジュペリ)

[今日のぼくの質問]
何となくあるように見える渇いた感じは、
実際、わけがわかりません。
ぼくにとってのよさそうなものは、
点滴やドリンク剤を打ちまくるようではなくて、
逆に、美学に過ぎないと言われてしまうくらいの、
すごく些細な感じかたか何かだと思います。
それもまた、謎なんですけれど。

サン=テグジュペリの言葉としては、
「試みなければならないことは、
 山野の間にぽつりぽつりと光っている
 あのともしびたちと、心を通じあうことだ」
というのにも、すごく惹かれています。
例えば夜道を歩いているときに、思い出します。

渇いた感じについてだとか、
その他、今回の内容について、
みなさんが思ったり感じたりしている
その途中でのメールをいただけると、うれしいです。

mail→ postman@1101.com

2000-06-09-FRI

BACK
戻る