PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙216 日本のHIV・中学生向けのHIV資料


こんにちは。

「ほぼ日」で
「ひとりストップエイズキャンペーンをやります」と
言ってみてから半年が経ちました。

それから徐々に「ほぼ日やアエラを読んだから」、とか
「HIVについて話しに行くよ、と言ってると聞いたから」
というような感じで
いろいろな機会をいただくようになりました。

「とりあえず、言ってみる」というのは
大事なのだなあとしみじみ思っています。

最近では、中学生向けの
HIVについての資料を作りました。
これは、以前ご紹介したサイエンスカフェ
来てくださった方からの依頼でした。

学校向けの健康資料、たとえば、
保健室に貼ってある健康についての壁新聞などを
専門に作っている会社があるとは
これまで知りませんでしたが、
見せていただいた過去の資料は
どれもとても良くできていて、読みやすいものでした。

1ヶ月ほどかけて
保健室に張り出す壁新聞と
中学生向けの、家族のHIV感染をテーマにしたマンガ、
そして、保健室の先生向けの資料の
3つを作りました。

マンガについては編集部で原案を作り、
わたしはその内容に
間違いがないかどうか確認しただけなのですが、
HIVに感染してしまった姉をもつ
ごく普通の中学生の女の子の目を通して、
感染した本人、家族、社会についての
現実に即した話が展開されていくもので、
あまりによくできているのに感心しました。

インタープレス社編集部の宮地帯子さんと
マンガを担当した加藤直美さんとは
この仕事を通じて何度もお目にかかったのですが、
その中で、ご自身がHIVの検査を受けたときの
自分でも思いもよらなかった
気持ちの揺れについての話を伺い、
もしよかったら「ほぼ日」でも
そのことを話してもらえないかと頼んでみました。

今日は、宮地さんと加藤さんからの
メールをそれぞれご紹介することにします。

インタープレス社・宮地帯子さんのメール

学校の保健室や廊下の掲示板などに
壁新聞が貼ってあるのをご存知でしょうか。
私はその壁新聞を作る仕事をしています。

担当しているは
中学校向けの保健壁新聞で
取り上げるテーマはむし歯やスポーツ障害から、
性教育やメタボリックシンドロームまで
さまざまです。

2006年12月特大号のテーマは
『HIV/エイズ』でした。
運良く、壁新聞と特大号の付録である
マンガ小冊子の監修と
養護教諭(保健の先生です)向けの解説文の執筆を
本田美和子先生にお願いすることができました。

実はこれまで私は、HIV/エイズの問題を
自分とは関係のない問題だと思っていました。
いま考えると、
とても恥ずかしいことだと思うのですが
遠い国の特定の人の病気‥‥
そんなふうに思っていたのです。

本田先生の話を聞き、資料を読んでいく中で
まず、HIV/エイズは
どんどん拡がっていることを知りました。
そして、感染した人の中には家族やパートナーにも
感染したことを伝えられないでいる人が
少なくないことを知りました。
それでやっと、自分にも感染する可能性が
十分にあることに気づきました。

実際、厚生労働省の
エイズ研究班の報告を見て驚きました。
3カ月ごとにホームページで新規感染者や
感染経路の内訳などが報告されているのですが、
2006年1月から10月の報告を日割り計算してみると
HIV感染者は1日に約2.5人、
エイズ患者は約1.1人の
ペースで増えているのです。

私は、自分が計算間違いしているのではないかと
何度も電卓をたたきました。
それでも心配になってエイズ研究班に直接電話して
「ほんとにほんとなんですか!?」
と問いつめてしまったほどです。

それだけの勢いで感染が拡がっていて
さらに自分が心から信用しているパートナーでも
必ずしも感染の事実を打ち明けられるとは限らない。
だれでも、感染のリスクがある。

調べていくうちに
すぐにでもHIV検査を
受けたいと思うようになりました。
ちょうどそのころ、
会社で健康診断の予定がありました。
私の受けている健康診断では、
通常のメニュー以外にも
生活習慣病の検査や子宮内膜症といった
婦人科の検査を
オプションで加えることができます。

昨年も同じ健康診断を受けていたのですが
ほかのSTD(性感染症)の
検査は受けていたのに
HIV検査を受けられることには
気づいていませんでした。

保健所で無料・匿名で
受けられることは知っていましたが
なかなか時間の都合をつけるのが
難しそうだったので、
有料でしたが、ここで受けておくことにしました。

私が受けた健康診断でのHIV検査は
通常の血液検査のときに、
少し多く採血するものでした。
採血のときも私がHIV検査を受けていることが
周囲に分かるようなことはなく、
むしろその点はとくに配慮をしているようでした。

検査結果はほかのオプション検査といっしょに
1カ月後くらいに自宅に送られます。
(希望すれば会社に送ってもらうことも
 できるようです)
受付の方に聞いたところ、
会社の人に検査を受けたことや
その結果が知られる心配もないようです。

時間を作って検査を受けるのが難しい方が
定期的に検査を受けるのには有効だと思います。

ただし、保健所の検査とちがって有料ですし、
配慮はあるけれど、けっして匿名ではありません。
また、結果が分かるまで時間がかかってしまうため、
待っている間にどんどん不安が
つのってしまうという欠点があります。

検査を受けた後、もし陽性だった場合のことを
受ける前よりも具体的に想像するようになりました。

もし陽性だったら、
以前おつきあいした人全員に
伝えることができるだろうか。

その勇気をもつことができるだろうか。
夫はどんな反応をするだろうか。
私から離れていってしまうのだろうか。
考えれば考えるほど不安がつのりました。

自分が感染しているのはまだいい。
だれよりも大切なこの人に
うつしてしまっていたら‥‥。
そのことを考えると
胸が押しつぶされそうになりました。

そんな状態で約1カ月後。
ようやく検査結果が書留で自宅に届きました。
てっきり郵送で届くものと思っていたので、
動揺してしまいこわくて
なかなか封をきることができませんでした。

動悸が激しくなり、
手がぶるぶる震えてしまいました。
結局、玄関で石のようになっていた私を
心配した夫が開けてくれました。

結果は陰性。ほんとうに心からほっとしました。
自分の体を守らなけらば、大切な人の体も守れない。
だからこそ、たとえ相手が
どんなに信頼するパートナーでも
まず自分の体を守ることを考えなくてはいけない。
とても大切なことに気づきました。

検査結果を受けとってから、私は会う人会う人に
HIV検査をすすめてみました。

女性は
「それってどこで受けられるの? いくら?」
などと興味を持って
話を聞いてくれる人が多い一方で
男性は
「なにそれ、どういう意味?」
「おれは大丈夫」
といった反応が多いことがとても不思議です。

実は健康診断の前日、夫に
「明日、HIV検査受けてくる」と伝えました。
「取材?」と聞かれたので
「いや、一度受けておきたくって」と言いました。

HIV/エイズの現状を知り、
感染リスクに気づいた私には
HIV検査を受けることは当然の流れでした。

ですので、「なんで? 必要ないじゃん」という
夫の思わぬ返事を聞いて少しショックを受けました。
でもこれが、HIV検査に対する
多くの人の認識であることは事実です。

本田先生もいわれていることですが、
教育現場でHIV/エイズを取り上げるときは
道徳教育や社会問題といった目線に偏りがちです。

性教育に熱心な先生方でも、
HIV検査には抵抗感をしめされることが
あるようです。

もしかしたら日本の大人の中では
自分の問題として考えている人の方が
少ないかもしれません。
そして、自分の問題として考える機会やきっかけも
少ないのかもしれません。

今回、本田先生と作った壁新聞と付録マンガは
読んでくれた中学生のそんなきっかけになるようにと
思いながら作ったものです。

マンガを書いてくださった加藤直美さんとも
何度も話し合いを重ねました。
すこしでも多くの人がこの問題を自分に引き寄せて
考えられるようになればいいなと思っております。

宮地さんがおっしゃるように、
教育の現場でのHIVについて話は
「HIVに感染している人とも仲良くしよう」とか
「途上国の状況を理解しよう」というような
観点からとらえられてしまって、
「自分が感染するかもしれない病気」という
視点からのアプローチが見落とされがちです。

実際、HIVに興味をもつ
教育の現場で働く方々の集まりに呼ばれたとき、
お集まりの先生方に伺ってみたところ
検査を受けたことがある、という方は
ひとりもいらっしゃいませんでした。

中には「失礼なことを聞くな」という方もいて、
やはりHIVを身近な問題として
考えていただくのは難しいのだな、と
改めて考えることになりました。

でも実際には、
わたしたちの病院に通院する患者さんの中には
教育機関で働いている方も
少なからずいらっしゃいます。

次は、マンガを担当した
加藤直美さんからのメールです。

漫画家・加藤直美さんのメール

久しぶりに会った友人から
「HIVの検査、受けたほうがいいよ」と
突然言われて、とても驚きました。
この友人とは、今回HIVに関するマンガを
一緒に作ることになった編集者の宮地さんです。

その場で
監修をしてくださった本田先生の著書を取り出し、
HIVの現状や検査の重要性について
熱く語ってくれました。

翌日、勧められるままに本を読んだ私は
治療法に関しても、
HIV感染者の増加傾向に関しても
自分の認識とあまりにズレていることに
大変驚きました。
と同時に、この問題をなぜ知らなかったのか、
とても不思議に思いました。

今も感染が拡がっている状況を、
テレビなどの普段目にするメディアでは
なかなか取り上げていないように思います。
だからこそ、身近な友人に検査を促すことは
とても大切なことだと実感しています。
私自身、宮地さんに言われるまでは、
全く検査の必要性を感じていませんでしたから。

私は保健所での検査を受けようと思っていますが、
私の住んでいる地域の保健所では、
検査日は月に二回しかないとわかりました。

万が一、感染していた場合を考えると、
検査は早ければ早いほどいいはずなのに、
思い立ったときにすぐに受けられないのは
問題だと感じました。

テレビCMやポスター、または今回の壁新聞などが
「検査を受けてみようかな」と
思うきっかけになったとしても、
少ない検査日に自分の都合が合わなければ、
「じゃあ、いいや。またの機会で…」と
なってしまうこともあるのではないでしょうか。

自覚症状がまったくない、
HIV感染の可能性を疑っていない、
そういう大多数の人に
検査を受けてほしいと思っている今だからこそ、
もっと気軽に検査を受けられるように
して欲しいと思います。

今回のマンガを読んだ方が、
ストーリーを通じて
HIV感染は早期発見が大切であることを知って、
自分の周りの人にも検査が必要だと勧めてくれたら、
こんなに嬉しいことはありません。

私も、検査を受けるだけでなく、
大切な友人たちに検査を勧めて行きたいと思います。

宮地さんがストーリーを考え、
加藤さんがマンガを担当した中学生向けの小冊子
「もっと知ろうからだのこと 5
 HIV/エイズ 〜しっておきたい大切なこと〜」
は、学校単位で販売されていて、
一般書店の店頭にはないのですが、
インタープレス社のサイトを通じて頒布しているそうです。
(税込525円、送料160円。4冊から送料無料)



では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2006-12-15-FRI

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