PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙201 日本のHIV
40代・会社員
2)検査に出かける〜人生の転機



こんにちは。

今日は話の続きの前に
ちょっとお知らせがあります。

HIVについて言いたいことがあるんだったら、
書いてみてもいいよ、と
夢のような機会をいただいて
朝日新聞社の週刊誌・アエラで
ひとりストップエイズキャンペーンの
背景を紹介することになりました。
来週の月曜日、6月28日発売号です。
commentaryというコーナーでたぶん70ページ。
もしよろしければご覧になってください。

さて、前回から40代の会社員の男性の
経験をご紹介しています。

体調不良をきっかけに
HIVの検査を受けてみようと決めて、
初めて病院に来た時のことから
今回の話は始まります。

(2)検査に出かける〜人生の転機

「咽が痛い、風邪がずっと治らない‥‥、
 それで検査を受けたいんですか?」

問診票を見ながら看護師さんは
ちょっと不思議そうな様子でしたが、
こちらは悩んだあげくの決意の来院です。
はっきりと検査の希望を伝え、
先生の簡単な診察の後
採血をしていただきました。

結果が出るのは2日後。
きっと苦しい2日間になるだろうと
憂鬱な気分で家路につきました。

「検査の結果ですが‥‥、陽性でした。」

2日後、先生の口から、
ある意味想像した通りの結果を聞くこととなりました。

ショックでした。

その瞬間、真っ暗な奈落に
静かに落下していくような気分でした。

自分は遂にあのエイズにかかってしまった!
人々が忌み嫌う最悪の病。
自分はこの先、その病に冒されたことさえ
周囲に必死に隠し続け、
いつか弱って死んでしまうのだ。

そのうち会社も辞めなくてはならなくなるだろう。
苦労して手に入れた宝物のような自分の家も
手放さなくてはならない・・・

これまで40年間、自分は何不自由なく
とても幸せに生きてきたけれど、
後半は暗転だ。

今まで味わったことのない苦しみを味わって
人生を終息していくんだ‥‥。
さまざまな悲しい思いが巡り、涙がこぼれました。

そんな私の様子を見て、
先生はやさしく説明してくれました。

現在、エイズは「死の病」ではなくなっていること。
すでに優れた薬がたくさん開発されていること。
一生、薬を飲み続けなくてはならないが、
そのことを除けば
健康な人とほとんど変わらない生活を送れること。

そして中でも一番私を安心させてくれたのは、
「米国では、エイズはすでに
 糖尿病などと同じような病気に位置付けられている。」
という言葉でした。
気休めではない、どこか合理的で
説得力がある言葉でした。

その夜、電話で結果を聞いたパートナーが、
目を真っ赤にして飛んできました。

私は、先生から教わったいろいろな事を
冷静に説明するつもりだったのですが、
そんなパートナーの姿を見たとたん、
どっと涙が溢れて、結局2人でしばらくの間
抱き合って号泣してしまったのです。

この病気の辛いところは、
「エイズ」という病名の社会的イメージが、
病気の本質と大きくかけ離れてしまっている
ということだと思います。

確かにこの病気は、
主に性交渉という
ちょっと後ろめたさが伴うシーンで感染するし、
同性愛者同士の感染が顕著、
さらには不治の病で必ず死に至る、と思われています。

しかしそれは、ちょっと昔の話。
みんなが知らないうちに医療はめざましい進歩を遂げ、
逆に感染の状況は限り無く一般化していると聞きます。

この病気を取り巻く環境は激変しているのに、
「エイズ」という言葉のイメージは、相変わらず昔のまま。
「特別な人たちがかかる恐ろしい死の病気」
その強固で絶望的なイメージこそが、
感染者を苦しめてしまうのです。

その後1週間くらい、情けなくも私は涙にくれていました。
先生や看護師さんから正しい知識をいただいたのに、
頭では理解しながら、
やはり「エイズ」という言葉の恐ろしい重圧に
打ちのめされてしまっていたのです。

しかし人間、何にでも「慣れる」という本能があるようで、
1週間後にはようやく、自分の病気を等身大で
捉えられるようになっていました。

むしろ、自分の体調変化の理由もはっきりし、
今後は治療というステージに取り組めることが、
とても前向きに感じられてきたのです。

感染が判明した時点での私のCD4値は、182。
服薬による治療を始めるには、
ちょうどよいタイミングだった(!?)ことも、
精神的にはよかったと思います。
もっと数字が良かったら、
逆に服薬開始の覚悟に手間取ったでしょうし、
漫然とした不安の期間も伸びていたと思います。

HIVに感染しているかどうかは、
血液検査を受けなければわかりません。

検査の方法は、まず『スクリーニング』といって
「絶対に陰性(感染していない)」人を見つけます。

スクリーニングで陰性だったら、絶対に陰性です。

スクリーニング検査で
「陰性ではない」、もしくは「陰性かどうか、微妙」
という結果がでることがあります。

この「微妙」な人は
必ずしもHIVに感染しているとは限りません。
この場合は
『確定検査』といって、さらに厳密な検査を行います。

確定検査の結果が出るまで、早ければ数日、
普通は1週間程度の時間をかけています。

確定検査で「陽性」だったときに初めて
HIVに感染している、と診断します。

また、この方が最後におっしゃっている
CD4という値は、
体の免疫の力をはかる指標のひとつです。

一般にHIVに感染していない人の場合には
CD4値は700から1000ぐらいですが、
HIVに感染すると少しずつこれが減っていきます。

この数字が200以下になると
いろいろな病気を起こしやすくなり
命を落とすこともあります。

この方の場合
CD4が182というのは、わりと病気が進んだ状態でした。
ですから、すぐに具体的な治療の話をして
お薬を飲み始めていただくことになりました。

次回は、薬を始めた時のことを
話していただこうと思います。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2006-06-23-FRI

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