PHILADELPHIA
お医者さんと患者さん。
「遥か彼方で働くひとよ」が変わりました。

手紙165 医療制度のしくみ・2 寿命をのばすための秘策


こんにちは。
その名前がいったい何の略なのかよく分からないまま
公衆衛生などを学ぶPEWのクラスの初日は
平均余命についての講義から始まりました。

「現在の米国で0才の赤ちゃんに期待される余命は
 女性は80才、男性は75才です。
 これに対して、日本は女性は85才、男性は78才。
 この差はどこから出てくるか、分かりますか?」

思いがけないところで
自分の国が比較の対象に出されて、
思わず顔を上げました。

わたしは、毎日の仕事の中で
80代、90代、ときには100歳代の
米国に住むたくさんのお年寄りに会っていました。
彼らはとても元気で、その個別の印象からは
米国人の平均寿命が日本人よりも短いといわれても
ちょっと実感がわきませんでした。

「ある社会での平均余命は、
 その社会を構成するすべての人が
 生後どのくらい生きるか、
 ということから計算されています」

「君たちは、平均余命をのばすには、
 開発途上の国々で問題になっているような、
 生まれたての赤ちゃんが死なずにすむための
 清潔な環境の整備や、
 この国で私たちが直面しているような、
 お年寄りの医療問題などを考えればいいと
 思っているかもしれない」

「そして、環境の面でも、医療の面でも
 ほとんど差のない日本と米国で、
 このような差が出ることを
 不思議に思うかもしれません」

「でも、最も重要な問題は、この国では
 10代、20代の若者たちが
 不慮の事故で亡くなっていることにあります」

「多くの米国の若者が、
 毎日、交通事故、けんか、
 武器を用いた犯罪などに巻き込まれ、
 命を落としています」

「交通事故死の最大の原因は飲酒運転と
 シートベルトをしていないことです」

「また、犯罪を起こしたり、
 それに巻き込まれる若者の多くは
 経済的に恵まれず、教育を受ける機会がなく、
 結果的に社会・経済構造の中で
 『下層』と呼ばれるグループに属しています」

「このグループに属する若者たちが
 基本的な教育を受けて仕事について
 このグループから抜け出すことができれば、
 若者たちの犯罪関与を減らすことができ、
 死なずにすむようになると考えられています」

つまり、
米国で平均余命をのばすための最良の方策は
シートベルトの着用運動と
教育の拡充だというのです。

欧米で発表される様々な統計のなかで、
ある事象が生じた原因を
「社会的・経済的な階層」に
求めているのをよく目にします。

日本では、ちょっと想像できないような
厳しい学歴社会の米国では、
「社会的・経済的な階層」は
その人がこれまでに受けた教育の期間と内容に
ほぼ一致する結果となる、というのが
一般の認識のようです。

この考えがそのまま日本に当てはまるとは思えないし、
この、「社会的・経済的な階層」が
統計のなかで意味をもつ差を生み出す、と言われても
「本当?」と
ちょっと疑わしく思うこともときどきありました。

でも、米国での生活を通じて、
この国でそのような考えが意味をもつ背景も
だんだんわかって来ましたし、
「社会の平均余命をのばすには、若者に教育を」
という結論は
そうかもしれないね、と思わせる説得力がありました。

公衆衛生の分野では、
単に清潔な環境や、医療技術だけでなく、
社会のさまざまな条件を整えていくのが
とても大切なんだ、ということを学んで
PEWの初日を終わりました。

次回は、日本でも、米国でも、欧州でも、
どこででも、とんでもなく深刻な
医療保険制度についての話にしようかと
思っています。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2003-02-09-SUN

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