PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
ニューヨークの病院からの手紙。

手紙148 訪問診療・3 赤坂(2)


こんにちは。

赤坂で一人暮しのおばあさんの家に
往診に行ったときのお話の続きです。

「こんにちはー」と入った家の中は
古いけれどしっかりとした家具が並び、
こざっぱりと片付いていました。

ただ、周りをビルに囲まれている一階の部屋には
なかなか奥まで日差しが差し込まず
薄暗いままでした。

「わざわざすみません。
 ちょっと待っててくださいね。」

部屋の一番奥にあるベッドに腰掛けていたおばあさんは
聞いていたとおり、何も服を着ていませんでしたが、
枕もとにあった浴衣を手早く羽織って
座り直しました。

最初に「裸で暮らしている」と聞いたときには、
もしかしたら
少し痴呆のある方なのかもしれない、と思っていたのですが
そうでもなさそうです。

ともかくベッドの近くまで行き
内科の基本、話を聞くことから始めました。

体に関して今困っていること、
これまでの病気のことなどについて聞き進んだ後、
生活の様子について話を伺いました。

「いつも浴衣や寝巻きを着ていらっしゃるわけでは
 ないんですね。どうしてですか?」
と聞いたわたしに、
おばあさんは
お手洗いまで行くのに
間に合わなくて、服を汚してしまったことがあって
それ以降、またあんなことがあると嫌だから
着ないことにしている、と話してくれました。

おしっこについて、何か問題が起きた時には
尿がたまる膀胱や、そのまわりの筋肉の原因、
つまり、泌尿器にその原因があることが多いのですが、
このおばあさんの場合には
それだけではなく、
一日のほとんどを過ごすベッドからトイレまでの距離と
トイレに行くまでの通路に歩きにくく並んでいる家具、
そして、出歩かないことから
だんだん弱ってしまった足の力というような、
「おしっこをする」という機能とは
直接には関係のないことも
大きな理由となっているようでした。

「お食事はどうなさっていますか?」

おばあさんの娘さんは東京の郊外に住んでいますが、
毎日、朝か夕方、仕事の合間を縫って
一日に一度は顔を見に来てくれているそうです。

その際に、数食分のお食事を持ってきてくれて、
娘さんが次に来てくれるまでの間、
その食事を食べている、ということでした。

「娘も忙しいから、大変だと思うけれど、
 とてもよくしてくれて、感謝しているんですよ」

毎日遠くから食事を持って
顔を見に来てくれる娘さんがいらっしゃるなんて、と
びっくりしたのですが、
それでもおばあさんの一日の大半は
ひとりで暗い部屋のベッドのまわりで
過ごすことになります。

話を聞きながら見まわしたベッドの隣の棚には
変わった形の電話がありました。

「これは何ですか?」と聞いてみました。

その電話は、赤坂の警察署に直通のモニターでした。

「以前、ベッドと壁の間に落っこちて
 動けなくなったことがあったのよ。
 何とか、電話のあるところまで
 何時間かかけて這っていったんだけど、
 娘と連絡がとれなくて、
 困ってしまって110番にかけたの」

「すぐに親切なおまわりさんが二人来てくれて
 助けてくれたんだけど、
 今後こんなことがあると大変だからといって、
 直通の電話をつけてくれたのよ」

警察がそんなことまでやってくれるとは
知らなかったわたしは
すっかり感心して話を聞きました。

都心のビルの中で
ひっそりと暮らしていたこのおばあさんが抱える問題は、
単に、何か病気がある、ということではなくて、
食事のこと、住まいの環境のこと、
いざ、という時の緊急の対応、そして家族との関係など
健康についてわたしたちが考えるときに必要な、
さまざまな事柄がいくつにも重なっているものでした。

このおばあさんの家を訪ねたのは、
もう5年以上も昔のことです。

昨年、ニューヨークで往診を始めた時、
わたしたちが訪ねるおじいさん、おばあさんたちが
赤坂のこのおばあさんと
ほとんど同じ問題を抱えて過ごしていることを知りました。

そして、この街では
日本のやり方と、時には少し違った形で
この問題に取り組んでいます。

これから何回かは、
ニューヨークでのお年寄りの暮らしと
それを支えるサポートについて
少しご紹介していくことにしたいと思います。

では、今日はこの辺で。
みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2002-06-16-SUN

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