PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙109 レジデントの暮らし・6 MAR2

こんにちは。

前回は、レジデント生活の中で
みんなが一番嫌っているローテーション、
内科の入院係・MARの仕事の内容についてお伝えしました。

MARは4人のレジデントが12時間交代で
シフトを組んで働きます。

昼間のMARは
ERに来る患者さんもそれほど多くありませんし、
なにしろ人手も多いので、
割とのんびりと過ごせます。

その代わり、夜のMARは
7時を過ぎた頃からだんだん忙しくなって、
11時前後からはERに缶詰になってしまいます。

MARが辛いのはそれからです。

当直のレジデントの過度な労働を避けるために
(翌日も夕方5時まで仕事をしなければいけませんから)、
夜の1時を過ぎると、
彼らは新たな入院をとらなくてもよくなります。

深夜1時から朝の7時までは
当直のレジデント達に代わって、
MARは独りで患者さんを診て、病棟への入院手続きをし、
その後の面倒もみなければなりません。

そんな夜のMARをやっている日の
深夜2時ごろ、
5件の入院を一度にやらなければいけなくなりました。

とりあえず、重症の人から片付けようと
ざっと全員を診て、順番をつけてから
仕事を始めました。

ERの人たちは
できるだけERのベッドを空けておきたいので、
入院が決まると、すぐに患者さんを病棟へ連れて行きます。

「お願いだから、わたしが入院のオーダーを書くまで
上に連れて行かないで」と頼んでおいたのですが、
もちろん、そんなことを聞き入れてくれるはずはなく、
5番目にまわした患者さんは
気がつくといなくなっていました。

「まったく、もう」と思いながら、
その患者さんの入院カルテを書いているときに
ポケットベルで呼ばれました。

相手は、当直の看護部長でした。
「今、病棟からクレームがきたんだけど、
 昨日の夕方から入院している患者さんに
 まだ、入院のオーダーを書いていない、というのは
 本当ですか?」
「それじゃあ困るんですが」

最初、一体彼が何のことを言っているのか、
わたしは理解できませんでした。

「えっ?」と聞き返したわたしに
彼が、さっきまでERにいた
5番目の患者さんの名前を挙げた時、
わたしは生まれて初めて、
自分の頭にかっと血が上っている、というのを感じました。

「わたしたちは、同じ患者さんについて
 話しているんでしょうか?」

「もし、そうなら、
 その患者さんがERに来たのは、昨晩ですが、
 入院が決まったのは
 1時間前にわたしが患者さんを診察した、深夜2時です」

「その時点で、その患者さんの状態が
 とても安定しているのを確認していますし、
 しかも、30分前には
 患者さんはまだERにいたのをわたしは確認しています」

「患者さんが昨晩から病棟にいた、というのは
 正しくない情報ですし、
 その間違った情報に基づいて、
 わたしに文句を言われても困ります」
かっとした勢いで、思わずこう、
まくしたててしまいました。

電話の相手は
「そうでしたか、誤解のようですね。
すみませんでした」といって電話を切りました。

アメリカ人から、
「I apologize」という言葉を引き出せれば
それは、もう大勝利です。

電話を切って、隣りを見ると
ERのレジデントの友達が、
「一体、どうしたの。そんなに怒ってるの初めて見た」と
笑っています。

「そうだと思う。
 だって、わたしもアメリカに来て
 こんなに怒ったの初めてだから」
と思わず笑ってしまいました。

ともかく、その患者さんの入院書類を作り上げてから、
わたしは病棟へ向かいました。

その時もわたしはまだむっとしていたので
「看護部長に電話したのは誰?」と
本人を探し出しました。

「正確じゃない情報でクレームをつけられて、
 とても迷惑です」

と、にっこり笑いながらも、文句は言う、という
こちらに来てから学んだやり方で彼女に話すと、
「不正確なことを言ったのは悪かった、と思うけど、
わたしは働き始めて間もない新人だし、
交代の時間が迫っているのに
オーダーがいつまでも来ないから
心配になったの」と反撃してきます。

不正確も何も、
病棟に来てから30分しか経っていない患者さんを
8時間も待たせている、と報告したのは
大間違いだし、
しかも、あなたの交代の時間は朝7時で、
今はまだ3時半だよ、と、
もう一言文句を言おうかと思いましたが、
もう疲れてきて、どうでもよくなったので
そこで止めておきました。

ここまで書いてきて、
「つまらない人間は
つまらないことに喜んだり、怒ったりする」という
ことわざを思い出しました。

落ち着いて考えてみると、
本当につまらないことで腹を立てていて
自分でもおかしくなりますが、
慌しいMARの仕事に辟易していた当時のわたしには
大問題でした。

今回はわたしの愚痴に付き合ってくださって
ありがとうございました。

次回は、レジデントの卒業式の日に
友達が家に来てくれた時のことをお伝えしようか、と
思っています。

では、みなさま、どうぞお元気で。

本田美和子

2001-08-05-SUN

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