PHILADELPHIA
遙か彼方で働くひとよ。
フィラデルフィアの病院からの手紙。

手紙37 運の悪いひと(4)

こんにちは。

運のわるいひとの話、
これで4回目になりますが、
今日は、心からみなさまにお伝えしたいことについて。

海辺の町で働いていた時のことです。
その病院は、その地域では唯一の総合病院で
昼夜を問わず、たくさんの患者さんが
訪れていました。

各科の医師が毎日当直をしていて、夜間の窓口である、
救急救命センターにやって来る患者さんの診察や治療で、
当直の夜は結構忙しいことが多いところでした。

当直の夜が明けて「じゃあねー」と帰れるのは、
夜勤の看護婦さんだけで
医者はそのまま日常の仕事が始まります。
昨晩あったことを同僚と話しながら
朝ご飯を食べたりするのですが
ある朝、当直明けの友だちが
「きのう、すごいことがあった。」と、
まじめな顔で話しはじめました。

救命センターは、病院の前を走る海沿いの国道に面していて
センター専用の駐車場から玄関口までの距離は
ごくわずかです。

いつもと同じように、救命センターには
たくさんの患者さんが来ていて
彼は診察に追われていました。
で、ふと、駐車場から、クラクションの音が
ずっと続いて聞こえてるのに気がついたそうです。

どうしたのかな、と様子を見に行った看護婦さんが
慌てて駆け込んで来ました。

車の中には若い男性が
運転席のハンドルに向かって、
前かがみに倒れこんでいました。
意識はなく、呼吸も止まっています。
同乗者はいませんでした。

すぐに、救命センターへ運び込んで
蘇生を行ないましたが、
残念ながら助けることはできませんでした。

その後、家族に連絡がとれ、詳しい事情を聞きました。
男性には喘息の既往があり、
その夜も、喘息発作が止まらないために
治療を受けにひとりで病院へ出かけた、
ということがわかりました。

この方は、病院へ向かっている間に
どんどん喘息の状態が悪くなって
ようやく、病院の駐車場までは来られたのに
車から出ることができず、
そこで亡くなってしまったらしいのです。

喘息がひどくなって、うまく息ができなくなり
体の中の酸素がどんどん足りなくなっていく状態のことを
喘息の重積発作と呼んでいます。

この方の場合は、この喘息重積発作のために息が吸えず、
呼吸不全となって亡くなったものと思われました。
最期は、ほんとうに苦しかっただろうと思います。

喘息というと、子供によくある病気、
というふうに捉えられることも多いのですが、
このように、大人でも十分起こりうるし、
命を落とすことにもなる、とても大変な病気のひとつです。

歌手のテレサ・テンさんも、たしか亡くなった原因は
喘息と発表されていたと思います。

また、今回のケースでは
患者さんは自分ひとりで病院へ向かっていたのですが
もし、運転している途中で意識を失っていたならば
道路を走っていた他の車や歩行者も
巻きこまれていたかもしれません。

患者さんそれぞれの事情はさまざまで
一概に言えないのは、重々承知ですが
救急外来を受診するような状態にある方は
できれば誰かと一緒に、
もし無理ならば、ためらわずに救急隊を要請してください。

ひどい喘息、突然の胸痛や腹痛、吐血、意識障害、
激しい頭痛などといった症状があるときには、
なおさらです。

書いてるうちにだんだん真剣になってしまいましたが、
今回は、「運が悪い」という言葉では
済まされないできごとについてお伝えしました。

次回からは、その喘息について、
ごく簡単な病気の紹介と
現在広く使われている治療法や
気をつけておくといいかもしれないことについて
お知らせしようかなと思っています。

では、今日はこの辺で。
みなさまどうぞお元気で。

本田美和子
 

2000-02-06-SUN

 
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