SHIRU
まっ白いカミ。

142枚目:『シングルベッドと3つの夢』

 

 今夜は衛星FAXでの投稿が届いてます。ええと、<オウサマノヒダリハナ>星から、P・Nはヒドラっ娘(その3)さんのお便りです。ありがとーう!

 「こんにちは。地球人は頭がひとつしかないと聞きます。いろいろな帽子をかぶりたいけれど頭がひとつしかなーい!…私(1〜3)にはそんな悩みはないけれど、結局は3つの頭の間で常に髪型やアクセサリーについての言い争いが絶えません。とくに私(2)の悪趣味な服装は耐え難く、私(3)がちょっと気を緩めると宇宙船の破片のような下着が意志に反して履かれているのです。隣で安っぽい硫黄臭の香水にまみれて、あのワッフル頭が軽薄そうに揺れているのを思うだけで頭痛がしてきます。せめて同じ環境で育ったのだから趣味が似通ってくれればいいのに。どうも医者に言わせると、私たちのこの体躯は危機を安全に乗り切るための生物学的な解答のひとつだということで、多数決がとれるように脳の生物学的構造からしてアプリオリに差異が設けられているようなのです。確かにいつも隣に違う考えをぺちゃぺちゃと喋る頭に囲まれていては精神を病む暇もありませんし、現に自殺も、殺人事件もここ数百年で1件も起きていませんし、危険なこともまずどっちかの頭に諭されます。精神的な危機に際しては確かに強靱な構造といえるかもしれません。

 あらゆる面でこの3頭体は私たちの文化を特徴立てています。映画が1体分の料金で3頭とも楽しめる…と聞いたら地球の人たちはうらやましがるでしょうか。でも鞄から銃がでてくるような映画をこよなく愛する私(2)や、外国の恋愛映画が好きな変人の私(1)とでは趣味が重なりません。私(3)はシリル・コラール監督の作品が好きなのですが、ビデオで借りてきて一人で夜中に起きている時に鑑賞するように努めています。そういえば先日、ウディ・アレン映画で私(1〜3)は初めて最後までようやく観れましたっけ。こんどのボーナスが沢山でたらメイド・イン・ジャパンの、それもソニー製の三分割画面のテレビとヘッドホン3つをまとめて買おうと思います。そう…映画は殆どを輸入に頼っていますね。国産の映画はいくつかあるのですが、どれもテーマが分裂しているとか、シナリオに統一感が感じられないと地球の評論家は酷評するので地球でロードショーになったことはないと思います。そんなことはないと思うのですが私たちの国内には批評家という職業自体がまだ存在しませんし、テーマという語彙も星間辞書には載っていますが理解しづらい概念のひとつなんです。統一感という感覚もいまひとつ…だって理論立てて犯人が決まるような推理小説なんて私(1〜3)の誰かが先に犯人を言ってしまったらそれでおしまいです。推理モノでは私(1〜3)は国産の「ムトムト刑事捜査録」シリーズを気に入っています。毎回、犯人が捕まるまでその動機が希薄すぎてわからないところ、そもそも被害者がいたかどうかもわからない捜査の立脚点、そして理不尽に起きて理由もなく解決する難事件の数々、どれもが偶然性に満ちていて最高です。

 どうやら感覚自体が生物学的な構造に左右されるわけですし、そもそも批評行為や創作活動というのは頭が一つしかない劣種の(他意はありませんが情報交換と議論の昇華、表現を単一個体内で行えないという教科書的な意味で。)生物がおもに行うものなのかもしれません。基本的に映画監督や画家、デザイナー、作家といったクリエイティブ職はこの星ではどれも誰もがなりたがらず、事故でひとつ頭になった者がやむにやまれず就く職種とされています。だって考えてもみてください。絵筆を持っていては貴重な体が1頭しか使えません。ただでさえ肉体に比べて頭脳は3倍も余っているのです。頭脳労働に就くものは誰にでもできるやっつけ仕事だと陰で軽蔑され、基本給の平均値でいっても両者の間には7倍近い格差があるのです。そして肉体労働の中でも大きなボルト締めや洗面台の下のあのパイプを曲げる仕事のような力仕事に就くものは長者番付にもたびたび登場するような高給を得ています。

 こんな私たちヒドラ一般の恋愛については、単頭生物の方々がその1個きりの頭でもっとも疑問に思われていることでしょう。ただでさえ何事にも考えすぎで用心深すぎるきらいがあるのに、私(1〜3)の3頭全てが双方で納得して、7年に及ぶ妊娠と50年に及ぶ幼虫飼育に踏み出すに足る相方をみつけるのは幻想の力を借りても非常に困難です。またヒドラの男性体は射精と同時に死亡するので、それだけの愛情と残せる遺産がなければ、相当に酔った勢いでもまず誘いには乗ってくれません。そんなことで昨年の国勢調査では平均初婚年齢が200歳、出産年齢が530歳を突破して高齢出産による事故が女性の死因として少なくないのが社会問題視されています。私(1〜3)も宇宙結婚紹介所に登録はしていますが、私(3)は性格と趣味を重視、そして外見重視の私(2)と、私(1)は年収が頭平均1000万ギルダー以上の相手を希望で、しかも出産を前提に結婚する意志のあるヒドラ男性体、なのにこっちは平凡なヒドラ女となったらいくら検索したってデータベースから王子様が現れるわけがありません。これで、この国で唯一の恋愛小説は3万ページを越える大作だと聞いても納得頂けるでしょうか。それはまるで宝探しに成功した、生涯を賭けた壮大な冒険記を読むようなものなのです。私(1〜3)も学生時代、一夏を費やして3頭交代で語りあいながら昼夜無く読み続けたものです。私たちは決して少産ではなく、1回の妊娠で平均50〜80個の卵を産むのはもしかしたら地球人よりも多いかもしれませんね。こうして自然と優性主義が強力に働くようになっているのです。ただ…このまま出生率が推移すれば、高年齢化にも歯止めが効かないとあって政府による脳内ドーパミンや甘いお酒やかわいい下着の配給などの補助政策も始まってはいます。未だにその効果はあらわれていないようですが。

 正直、単頭生物になってみたい。後先考えずに衝動のままに行動してみたい…と思うこともときどきあります。でもそれは叶わないし、隣星<オウサマノミギハナ>星の住人のように頭が生まれつき偶数個だったりしなかっただけいい気もします…。なにせ、かの星では朝に自宅を左腕からでるか右腕からでるかで議論したまま夜になって、また玄関で朝を迎えることも珍しくないそうなんです。わずか20年余りの彼らの生涯の大半が不毛な議論で消えてしまうのはあまりに可哀想に思います。事故で頭が奇数個になり、優柔不断さに欠けてから居心地が悪くなりこの星に亡命してきた親友がいたのですが、彼(4)の話では街で石を投げれば哲学者にあたり、跳ね返った石が教祖にあたるんだそうです。多数決の論理も独断の論理も働かないので、左腕か右腕かを決めるなんてことから、あらゆる事に哲学や宗教が必要になるからです。国では与党である神聖左腕派と右腕学派の間で長らく派閥闘争が続いているそうです。時には両腕同時に家を出る派、もしくはアバンギャルドにも足から家を出ることを主張する純粋理性足物主義派などが隣の頭から突如としてあらわれることもあり、そのまた隣の旧派の長老頭から頭突きをくらったりもするそうです。彼(1・3・4・6・8)はそのレジスタンス活動を通じて銃弾を浴び、「頭が割れて5つに減数したおかげで、亡命を3秒で即決できたよ。」…と、たんこぶをみせながら私(1〜3)の前でよく笑いました。強固に反対していた1つがちょうど潰れたのが幸いだったといえるでしょう。残った5つのどれもがいい男でした。あと2つほど頭が潰れていればなと、不謹慎にも私(3)がブロックの塊を手にしたところを私(1)に止められて私(1〜3)は涙したものでしたっけ。もう今月には彼の120回忌になります。好物の星のチーズかまぼこを今年も供えに行くとしましょう。

 …余計な昔話で時間を取ってしまいました。ドラッグで潰れていたと思った私(2)がもう隣でうめいてて目覚めそうです。私(1)が今日の出社担当だというのに、体を無理に痛めてひどい私(2)。説得しようとすると返事だけは素直にしといて、私(2・3)の休んでる隙に無茶をしてこっちにつけを回すのです、まったく。もう外は薄明かりで小鳥がろれつの回らない舌で鳴きだしました。もちろんこの星の小鳥も地球でいう小鳥の3倍うるさくさえずります。…ああ、色々なことについてまだまだ伝えたいし、私(3)はこうして書けば書くほど書き足りない気持ちがわき出して、気持ちばかりが頭の何歩も先に急いていきます。こうした人知れずに前のめりになりながら私(3)が考えられる時間はとても貴重なのです。できればいつまでもこうしていたいのですけど、でも私(2)の意志と混ざって乱れた筆致はおみせできませんし、なにより目覚めたばかりの私(2)の意志の強さでこの手紙を破り捨ててしまう恐れがあります。私(1)の為にもこれ以上の体力は使わないでおかないといけないし、こんな長々と書き連ねたわりに慌ただしく筆も末になりますが、何よりもまず体が大切だということは私(1・3)も何よりいつも痛感しています。みなさまも、どうぞ健康には気をつけてがんばってくださいね。いつも、これからも、番組楽しみにしています。それでは、さようなら!!」

2000-06-15-THU

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