SHIRU
まっ白いカミ。

91枚目:「歯医者に行った。」

 

私は小心で人見知りする子供だったのに
歯の神経だけはクジラ並みに図太くって
子供の頃は乳歯が抜けるたびに
1週間ぐらい熱を出して苦しんでいました。
まるでシマシマ服をきた囚人が足につける
あの鉄球みたいな感じで
白い神経で歯がぶら下がって離れない。
舌の上で歯をころがしながら
そんな往生際の悪い乳歯は
近所の歯医者で強制的に抜いてもらうのですが
そこがまた抜くというか、むしるとか、ちぎる…といった
形容の方が適当な処置をする小林歯科。
終わった後にドラえもんガムをくれるのですけれど
「これを噛んでまた痛い思いをしに来てね。」
と看護婦さんに言われている気がして
唇ふくれ気分の麻酔でらりった口の中で
血のようなストロベリー味がしました。

その後、何度かの引越を繰り返して
小林歯科の魔の手からも逃れて
永久歯も人並みに生えそろったわけですが
この永久歯もどうした事かすぐに
小悪魔達がドリルでほじくって虫歯になり
歯医者との戦いがたえません。
「こりゃあ、抜かないと。」と
放っておけば片っ端から歯を盗掘しかねない歯医者
詰め物をすればそれが中で腐る歯医者
虫歯菌でも植え付けてるのか
行くと、行く前よりも虫歯が増える歯医者
1本直すと2本お釣りがやってくる歯医者
そんな悪魔的な歯医者にしか出会えないのです。
いつだったか、後ろを向いて話をしていて
ふと前をむいた瞬間に廊下の壁に激突。
そんな事で前歯1本を差し歯にした時さえも
差し歯はひと月としないうちキスした拍子に食べられ
3万円のセラミックディナーに化けました。

きっと私、歯医者に恵まれない星の下に
生まれついているんだと思いますが
だからって痛みには耐えきれず
このたび、懲りずにまた歯医者に行く羽目に相成りました。
光寿歯科医院と、駅前の三島デンタルクリニックの2択。
新しいもの好きの私は迷わず後者へ。

駅ビルの中にある真新しいクリニック。
扉の前に立つと私を誘うように扉がひらきます。
待合室には課長島耕作がひと揃い。
2人しかソファにはいないけれど平日の昼間だからさ。と
セルフ鼓舞しながら問診票に記入。そして耳ダンボ。
オーケー、悪い声は聞こえない。
そうして島耕作に羨望していると
「マエジマさん。診察室にお入りください。」
隣のお爺さんが席を立ち上がって
診察室の扉に手をかけました。う…
なんというのでしょう。
あれは全国歯医者さん連盟推薦品に違いない。
とても仕事に都合よさそうな分厚ーい扉。
出てきたお兄さんの表情をみるのですが
表情を失うほど酷い目に遭ったのか
麻酔で表情筋を殺されているのか
ただの歯垢除去の人だったのか
ぜんぜんお澄ましさんで分かりません。
島耕作が何をしてようとどうでもよくなり
胸の振り子が鳴る鳴る。
とうとう私の名前が呼ばれました。

待ちかまえていたのは
精悍な瞳に魅力的な鼻梁をした
マスクの上からでもハンサムと分かる先生。
体つきもしっかりしたスポーツマンタイプ。
私がどんなに暴れても目的を遂げるに違いない。
「よろしくおねがいします。どうか、どうかお手柔らかに。」
奥歯の現状に対する私の不満をひとしきり聞いて
先生は「それではちょっとみてみますねー。」と
仕事道具の覆いカバーをとりました。
鈍器から鋭利な刃物までズラリひと揃い。
まず道具や形から入って
手持ちのカードはぜんぶ使わないと気が済まない。
そんな才気先走る若者にありがちな人だったら
やだなあ…と思いながら
診察台に頭をあずけて覚悟を決めます。

「これは酷い医者にかかりましたねぇ…」
私の古傷を覗いて溜息をつく先生。
歯医者にまで溜息つかれる私の可哀想な歯たち。
「いまはもっといいペーストがありますから。」
と、がりがり古傷から粉っぽい埋めモノをとって
半乾きの緑スライムを針で埋められ
バーナーみたいのでちくちく固められ
最新の虫歯も同様に治療が進みます…

うわあ。
ぜんぜん痛くないよ!

「先生!ありがとうございますっ。」
治療が終わった瞬間。
私は先生の手袋つきの手をとってました。
手には私のツバがつきましたけど、気にしません。
それぐらい嬉しかった。
ここで酷い目にあわないと話題的に
綺麗に着地しないんですが、そんな事はしるもんか。
歯医者かくあるべし!

 

1999-11-12-FRI

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