SHIRU
まっ白いカミ。

illust:Yukiko Inoue

どなどなどーな

53枚目: 「南でドナドナを歌う女子大生」

 

九州あたりに、牛の直腸の中でじゃんけんしている、
若くてカワイイお姉さんがいると想像してみましょう。
そんなお姉さんがいろんな「動物ばなし」を
送ってくれたらいいな、と思いませんか?
ぼくは、思います。

こんにちは、シルです。
そんなことでゲストスピーカー
"つのきり特派員"のゆうきさんをお迎えしました。
色々とメールで教えてもらってるうち
これをひとりじめするのはあまりに勿体なくて…。
動物ばなしを編集して使わせてもらう事にしたのです。
「できれば農学部を受験するおとこのこが増えてほしいもの(切実)。」
…との事ですので。若い男の子はそこのトコ
きちんと頭において読んでくれますように。
切実らしいです。

 

 

ゆうき:
同じ大学生にも関わらず私は毎日大学におります。

ちなみにうちは農学部。
先週は付属農場(遠い)に専用スクールバスで護送され、
4日間様々な作業におわれました。

私は羊の毛刈りと爪切りだけで
なんとか釈放されたのですが
(他の作業のときは人目につかないように
 152センチのからだをさらに微小化)
友人は豚の去勢だの牛の去勢だの(こればっかり)
牛の角切りだの(牛の角って血管と神経が通っているのですよ)
その切ったとこにやきごてを当てるお仕事だのいろいろとやらされ
結果「人間なんて汚い」という結論に達してしまいました。

こんな女子大生とコンパしたいという酔狂な人もおり。
捨てたら切っちゃうぞ、が決め台詞です。それでは。

シル:
わ、私も大学にいるんですけどね!時々。
スクールバスで農場に向かった乙女が
羊の毛を刈ってる光景なら微笑ましいのですが
まぁ…色々と…あるものですね。 ひぃ。
遊んでばかりの学生に見習わせてやりたいもの。
そんな人間の汚さに目を背けず強く生きて下さい。
あと、つのきり特派員に任命します。

ゆうき:
研究室が決定しました。「家畜繁殖学講座」です。
精子の研究をしていくことになるようす。
どんな悪事をはたらくのでしょう、私。

ゆうき:
なんか今日はじめて研究室に行ったのですが、
突然始まる器具洗浄のレクチャー。
先輩方が実験でお使いになられた(そしてほったらかされた)
フラスコやピペットやなんかをわれわれ召し使い3年生が
ひたすら洗うのでございます。えー、洗剤で洗った後、
アルカリ、塩酸と浸けまくり。ちょっとやっただけで
アトピー気味のおててはかさかさです。
きれいな手、さようなら。
3年いっぱいは毎日このくりかえしだそう。
すでに将来に不安を抱いております。

ゆうき:
最近動物実験の中止を訴える人が多くて、
私も心情的にはわかるのですが、
実際マウスやらモルモットやら
はてはヤマネまで(天然記念物では・・・??)
実験に使ってる友人に囲まれていてはどうしようもなく。

でも倫理観は失いたくないなあと思ってみたり・・・。

 

ゆうき:
おはようございます。
6時に起床し、7時半から器具洗い。
「郵便局に行ってから講義出るから代返しといて。」
とは言ったものの、現在図書館に篭っています。
あと20分で終わる、講義。
だって1こまめは大嫌いな「畜産資源科学」。
なんか聞こえはいいんですが要するにどうやって
ぶたさんや牛さんをぶっころして、ばらしてお肉にするのかな?
という説明なので・・・。どうしてもこの講義の後は
野菜ばかり食べてしまうのです。今日はすでに
お昼ごはんのサンドイッチ(ハム使用)を確保しているため、
できれば聞きたくない・・・。

シル:
畜産資源…。おお、そういう言い方をするのですか。肉を。
私のいる経営学科だと講座名はグローバルマネジメントとか
ビジネスエコノミクスとかやっぱり名前だけはカッコイイ講義が
多かったりするのですが、内容といえば…ま、いいや。

ゆうき:
どこの学生も自分のやっている内容には不満があるようす。
やはり「隣の芝生は青い」のですね。

なんかうちの講義は
動物を殺して食べなくてはいけない人間を
必死で正当化しようとしているようで。
小難しい講義名もそのためでは?
と思ったりしてしまいます。

えっと、昨日はマウスの受精卵を
違うマウスの子宮に移植する実験を。
でもなにしろちっちゃいので
・・・1匹殺してしまいました。医療ミス。
執刀していたおとこのこは
けっこう責任を感じていたようす。

 

ゆうき:
本日の実習は、「直腸検査」。略して「ちょっけん」。
ええ、牛のおしりから腕をつっこんで中を検査するという
原始的極まりないものです。
いちお目的のブツは、「卵巣」。まさに手探りの世界で
その鶏卵より小さい臓器を探し出すことが
我々に託された使命なのです。

いざ、腕を入れてみます
(あ、数年前までは素手だったのですが、
O−157事件以来ビニール手袋使用。昔は
腕に黄色い色がついてとれなかったとか・・・。ひい。)

・・・。うわ、あったかい・・。
冬は「出したくない」という人がいるというのもうなずけます。
牛の深部体温は38度以上。
そして、広い!! 中で手を振りまわしたり。
先生いわく「じゃんけんできるよ」。ほんとです。
私は牛の腸内に小宇宙があったとは!!と
感動してしまいました。

しかし卵巣はみつからず・・・。あきらめて腕を抜きました。

そして大学に戻ってきた私たちに知人は「臭いよ。」。
自分たちでは「思ったよりにおいついてないねー」と
喜んでいたのに・・・。
それでも学食でお茶したり。いやがらせのようです。
こんな女子大生って世の中にいるのかなー?と思いつつ
今日も器具洗浄・・・。

シル:
今度、牛の腸内でじゃんけんする機会があったら
ぜひ予備知識を役立てたい。

ゆうき:
初心者はきっと牛の腸内ではぐーを出してくるので
めいっぱい広げたぱーで対抗してください。

 

シル:
牧場のある生活かぁ…。
夜でも薄明るい東京の空の下
ハイジを思い浮かべるのです。
(間違えているのでしょうね。)

ゆうき:
ええ、まちがっています・・・。
うちにも山羊はいるもののゆきちゃんのように
白くも小さくも可愛くもなく、
胃内を観察できるようにどてっぱらに穴を開けられ
ご丁寧に蓋までついています。
かぱっと開けて手をつっこんでは
中身を研究している教授がいるのです。

シル:
そ、そんなあ。(涙目)

 

ゆうき:
大学から車で1時間の屠殺場に行くことが決定。
あ、正しくは「食肉加工センター」というんだそう。
「通信傍受法」と同じようなもの??

えー、先週行った人々の報告によりますと、
まず入ってきた牛やぶたをスタンガンのようなもので屠殺。放血。
そのあとはベルトコンべアーのようなものの上で、皮をはぎ、
内臓を取り出して・・・というという作業が行われるんだそう。
ちなみに、「どの瞬間からお肉ってかんじ??」と尋ねたところ、
「うーん皮はいだくらいかなあ・・・」とのお答え。ほうほう。

ご親切なことに卵巣をとる作業は
我々にやらせていただけるそうで・・・・・
ひそかに「小さな親切・・・」と
つぶやきながらでかけるつもりですが。
飛び散る鮮血、内臓取り職人などかなり未知の世界のようです。
「ああ楽しみだなあ」とつぶやくことも忘れてはいけません。

シル:
屠殺って字自体が…変換しても出なかったりするんですね。
食べてるくせに、みないふりするなんて。
頑張って血沸き肉踊るような経験をしてきて下さい。
うわあぁ…。(わりと調理前の素材に弱い。)

ゆうき:
が、がんばって現実を直視してきます。
知人に「当分お肉食べられなくなるよ。」と脅されましたが。

 

ゆうき:
おはようございます。安らかな眠りを雷に妨げられ。
そうじゃなくても今日は実験に使用中のマウス&ラットの
えさ係をおおせつかっているため休日出勤。
どうもねぼけていたのかラットに男性ホルモンを投与するための
注射針をちくっと指に刺してしまい、一気に目が覚めました。

もしかしてヒゲが生えて藪内さんのようになったり、
のど仏が出てきたり、声が野太くなったりしてしまうのかしら、と
少し余計な心配までしてしまいます。
いちお教官に相談に行ったところ
「そこにあるやつ(薬用石鹸ミューズ)で洗っといて下さい。」とのこと。
薬用だからって、先生。

シル:
先生…。
最近、私は食べ過ぎなのか。
心なし体のラインがふくよかになってきた気がします。
カレーに女性ホルモンって含まれていたかしらん…。
確か、明日ですよね。急性ベジタリアンになる日。

ゆうき:
では本題を。

大学を8時に出発。9時に目的地に到着・・・。
う、車を降りた瞬間から鼻を刺激する家畜臭
(あとできいたところ豚のにおいだったそう)。
例の建物は意外にも国道沿い、
外壁を水色と白で清潔そうに装っているのが
逆にいろんな想像を掻き立てます。

路上で白衣と帽子(給食係のような白いもの)、長靴で武装し、
事務所にご挨拶したのち本拠地に乗り込みます。

エアーカーテンをくぐってふとガラスの向こうを見ると・・・
吊るされたお肉。ただただ呆然。
だって全長(あたまから足先)3メートルはありそうなのです。
でかい!!こんなにでかいのかー。 こんなにあるんだったら
もっと安くてもいいのに、肉。

処理室に侵入。思ったよりせまいです。
なにより想像していた血のにおいはあまりなく
・・・・かわりに、臓物のにおい。思わず顔が歪みます。
でも嗅いだこともないのになんで
「臓物のにおい」だとわかったのか?
われながら 不思議。

部屋のいちばん奥は開いていて、
向こうに順番を待つ牛がちらっと見えます。
あいつら何考えてるのかなあ
・・・あ、新しいのが1頭入ってきました。
しきりがあってよくみえなーい・・・と思ってるうちに
しきりの上からのぞいていた牛の頭が消えました。
電気で殺したようです。次に出てきたときには
もう頭がない・・・。首のとこから血がだくだくと。
そういやこの部屋の床、赤いのです。
やはり血が目立たないように??
よく見ると頭は取ったのに耳だけが
皮についたままです。なんか笑えます。
あ、このへんから集団のテンションが異常に上昇。
崩壊していたもよう。

シル:
わあ!ビビッドな描写。
牛の頭が消えるシーンにはぞくっときました。
人間の食べ物に対する「狩猟」の部分が
ぽっかりどこに消えてしまったのかを見つけたような…。

ゆうき:
えっと、頭を取った死体は
なにやら金具に引っ掛けて吊るします。
最初は両足を鎖で結んで。
(皮をはいでからはアキレス腱のとこにひっかけます。)
処理室内の移動は全部吊るした状態で、
天井のレールを使って行います。

皮はぎ。あおむけにした牛のおなかに
皮はぎ職人がナイフで切れ目を入れると、
白とピンクの中間のような脂肪が見えます。
そこから削ぎ切りにするように
ナイフで皮をはぐのですが、さすが職人、うまい。
カラートーンを台紙からはがすようにいともたやすく。
ホルスタインはなんか・・・大きな家の玄関に
敷いてあるよなあ、あんなの。マットのようです。
おなかのほうからはがして、
最後に背中の部分を切り離すので途中
牛がマントを付けているようでやはり笑えます。
あの、一輪車っていうんですか?手押し車みたいなやつ。
あれにいっぱいになるくらいです、牛皮。
和牛のほうは、一言でいうと「アンコウの吊るし切り」です。
あれを想像していただければ
真実はあなたの目の前です。
ぴーっと入った切れ目がやたら桃色で印象的。

職人技によって筋肉と脂肪があらわになった牛
(もう牛というのもはばかられる)、
続いては内臓取りです。
トミーズ雅に似た逞しい職人さんが台上に。
前回行った人々から
「みんなたくましいよ。」
「内臓の人はかっこいいよ。」と
言われていたため注目。
(死体を目前にしても色事は忘れない人間って凄い。)
確かに体格がよいおじさんです。
目の前にぶらさがった牛を眺めてしばし考えているようす。
どうやったらいちばん効率がいいかとか考えてるのかなあ。
おもむろにナイフを腹に突き立てます。
ここでもアンコウを想像していただけると幸い。
重力に従ってすべての臓物が
「ぼとぼとっ」とも「びちゃ」とも形容し難い感じで落ちてきます。
なんといっても胃袋、でかい・・・。
3歳児くらいなら入れそう。ぱんぱんの氷枕のよう。
獣医さんが肝臓などをチェックする中、
やっと私たちのお仕事です。
そそくさと内臓に近づき、
大腸を目印に卵巣を捜索。・・・ちっちゃい。
あの牛のサイズからして
やはりうそのようにちっちゃいのですが
すべての牛はここから生じるのですね。
それにしても近くで見ると
内臓の周りの脂肪が多いことにびっくり。
そして始めて見た動く「ギョウチュウ」にまたびっくり・・ ・。
えー、「動くそうめん」です、と報告しておきます。

それにしてもあの臓物の量。
「なんに使うんだ?」
「日本中モツ鍋しても余りそう・・・」などと
余計な詮索をしているうちにベルトコンベアーで
臓物は隣の部屋へ。
ちょっと覗いてみるとおばちゃんたちが
まるで昔の洗濯のように胃やなんかを洗っておりました。
あのまんま肉屋にあっても納得できる感じ。

対して肝心の肉のほうは現実味がないというかなんというか、
あれがお店に並んだり日々口にしている「牛肉」と
同じ物だとは最後まで思えませんでした。
通いなれている先輩に
「最初は肉食べられなくなりましたか?」ときくと、
「全然大丈夫。今はここに吊られてる状態でも
おいしそうかどうかわかる。」との力強いお返事。
うーん。でも私も気持ち悪くはなんなかったなあ。

本日は23頭から卵巣を採取。2時間半。
最初はおもしろかったんですが
やはり10頭くらいで飽きます。
あの流れ作業を日々こなしてるおじさんたちってすごい・ ・ 。
部屋の壁には 「食肉の 衛生向上 消費者安心」
というなんとも字あまりな標語が・・。
頭が下がる思いです。

帰りにコンビニでごはんを調達。
「カルビ丼」を発見。さすがに買う人はいませんが。
でも肉食べれそうです。ベジタリアンへの道は断念。
意外と強い自分を発見してちょっと感動した一日でした。
それではまた。

シル:
作業、お疲れさまでしたー!
ゆっくりお風呂でも入ってお休みください。
丁寧なレポート、面白かったです。
あんまりなリズムの標語は…
今度から牛を食べるとき
少し真摯になりそう。

 

 

ゆうき:
なんかいろんな人に恥をさらしているような気もしますが。
まあいいや、どうせ牛臭い女子大生。
でもちょっと、プラダ持ってミニスカートで歩いてる女の子に
憧れてみたりもするのさ・・・。

シル:
そんなとんでもない!
プラダもって振り回す女の子より
プラダの素の方がずっと色々出来るし
食べられるし素敵じゃないですか!
(…と、フォローになったのでしょうか、我ながら。)

 

レポート:ゆうき
ききやく:シル

5.17-7.5.1999

E-Mail: shylph@ma4.justnet.ne.jp

1999-07-16-FRI

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