SHIRU
まっ白いカミ。

45枚目: 「ある執事の思い出に。」

 

やあや。今夜は働くって事について
考えていたんだけど…

人が色々な仕事を選んでいくときに
"やりたい事"と"できる事"と"やってる事"って
必ずしも重ならないものじゃない。

ところがどうしてそれが重なって
天職としか思えない奴ってのが時々いてさ。
まるで生まれついての使命みたいに
ママの中でお腹蹴ってる時から足首を効かせたり
ミルク瓶しゃぶるにもタンギング入れたりするんだよ。

そういう奴を目の前にしていると
普通の人間は自分が何も出来ないような気がして
眩しくてサングラスでごまかしたり
何かしないと耐えられないのさ。

僕の昔からの友達にもそんな奴が1人いてね。
そいつの場合なんていうのかな…
執事っぽかったんだ。

小学生のうちからあんなに
そつが無い人間なんて
そうそういるもんじゃない。
天性の才能だったんだ。
ナチュラルボーン執事。

僕の好きな小説家の言葉だけど
執事ってのは
「次の間に控える黒電話」
みたいな雰囲気をもってる事が大事なんだ。
黒電話って知ってるかな。ダイアル式の重たくてさ
足に落としたら指が潰れて足ヒレになりそうな奴だよ。
黒くてつやつやと存在感はあるんだけど
決してでしゃばらない。

そんな小さな頃から老成していた彼だけど
いつも思い出すのは一度だけ冷静さを取り乱して
怒った時の事だな。
悪戯で上履きに入れちゃったんだ。
給食のカレーを。

でもそれだってすごく悲しい風でさ。
上履きを大事にしていたからで
ほんとは怒っていたんじゃ無いと思うよ。
だからそれからはもうやめたな。
カレーを上履きに詰めるのとかの一切。
もともと面白い事でも無かったんだ。

そういう縁で仲良くなってからは
何度も彼の家に遊びに行って。
お父さんやお母さんも見た事があるけど
それが全然執事っぽくなかった。
隔世遺伝とかいうやつか
うーん、なんなんだろ。
自分の家なのに
僕が自分の家でくつろいでいるようにもてなすんだ。
飲みたい葉っぱを聞くんだけど
当時、僕が知ってた紅茶の名前なんて
リプトンとP&Gだけでさ。

自分に頼まれ事が与えられたり
何か喜ばれる事を準備してるのが好きなんだな。
一緒にいると実に良い奴だったよ。
どこに遊びに行くにも下調べとかしておいてくれたし。
大学までエスカレーター校だったから16年間(!)…
彼はずっと心の次の間に控えてくれた感じ。
かなわないな…と思いながら
彼の存在感をいつも背負っていた。

で。僕が25歳の時。
広告屋を喧嘩するように辞めた夏だった。
部屋を安いところに引っ越さなきゃと思いながら
とぼとぼ帰って郵便箱を覗いたんだ。
すると僕が嫌々作ってたスーパーのチラシに
彼の訃報が混ざってた。

よくある話さ。
いつだって崖に1本咲いてたりする
あの変な花をねだられて
取りに行ってる途中に落ちてそのまんま。
女の子ってのはそういう花を欲しがるんだね。
お嬢様の頼みなら勿論、彼は黙って取りにいったさ。
そういう奴だったんだ。

でもそれは後で聞いた話。
僕は葬式には行かなかったんだ。
だって花をとりにいって死んだ執事に
花が捧げられてるなんて悪い冗談だろう?
誰が悪いんでもないんだ。
お嬢様とは何度か一緒に遊んだことがあるけれど
すごくいい子だったよ。

そうやって天に才能を恵まれた執事が
2代目のちょっと抜けたお坊ちゃまに
仕える前に死んじゃう事もあれば。
僕みたいのがスーパーのチラシを作って
喧嘩しながら長生きする事もある。ふん。

スーパーのチラシって
どうやって作るか知ってる?
あれっていつも急な仕事でさ。
卵1パックの値段とかそういうところは
印刷に回す直前まで空白にしといて
直前に数字が出てから慌てて入れるんだ。
そりゃもう頑張って注意はしてるんだけど
うっかり間違えてたりもしてね。

その時も「おひとり様3パック限り」の
卵1パック98円を間違えて68円にしちゃったんだよ。
部下の仕事に嫉妬するような低脳課長が
この時とばかりに嬉しそうに怒るんだ。
マックも触れないくせに。
クライアントに土下座してこいとかさ。
そりゃお金をもらってやる仕事だから
こっちが悪いのは分かるよ。謝ってきた。

だけど僕はデザイナーだからね。
ナチュラルボーンじゃないにしろ…
もっと時間さえちゃんとくれれば
みんなが卵をもっと買いたくなる
そんな素敵なデザインにコピーだって作れるんだ。

周りの連中だってそうさ。
モニタに向かいながらみんなして。
こんなのオレは本気じゃなくて片手間なのさ
…みたいな顔をしてやってるんだ。
その顔は誰にむけてるんだよ!
そう思わない?

口ではそう言っても
スモッグ食べてお腹は膨れないからね
今度はマックの使える上司がいるか
せめて時間をくれる仕事を探したんだ。

今じゃ携帯電話に貼るシールの注文を聞いて
その場で加工して出力するのが仕事の殆ど。
お客は若い女の子ばかりさ。
満足…? どうだろう。
執事には一生かなわないかなあ。
僕は崖に咲いてる変な花だけは
取りに行かないようにしようと思ってる。

いや。
もう行けないんだ、きっと。

 

おやすみ。

 

 

作文 : シル
shylph@ma4.justnet.ne.jp


++ Express my appreciation of Shio's cooperation. +++

1999-06-29-TUE

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