SHIRU
まっ白いカミ。

25枚目:「花」

 

目覚めるなりパンツにニットで行こうとして
一応、花見らしくいこうと
バーゲンを待たずに買ったスカートに改めた。
チュール生地を重ねて、ひらひらするたび
ピンクと白の裾が綺麗に移ろうやつだ。

JR蹴出駅で電車を降りる。
駅を出て目の前の文具屋「美芳堂」の
変わらないたたずまい。
さんざん万引をしたこの店に入ってみる。
私は中学生だった頃にタイムスリップする。

あちこちで万引するという事は
そんな童心に戻れる扉を
たくさん作っておくという事なのかも知れない。
…ってなんというか

1.絵が描きたい
2.使われていない絵の具がある
3.だからそれは使われてしかるべきだ。

そんなむちゃくちゃな理屈が正論に思えて
コートのポケットに一杯の絵の具を持ち帰っていた。
たかが絵の具でもバーミリオンや
コバルトブルーチントじゃない澄んだ色が欲しいとき
ドクロマーク付きの本物は高価なのだ。

1階で籠に絵の具を入れたら
2階に登る廻り階段の所でポケットに移し替える。
妙に平然を装おうとして
オーバーアクションになるのを押さえつつ
しばらくして1階へ。
2階で手に取ったイラストボードを
レジで買ったりしてさり気なく店を出る。
心臓の鼓動が普通に戻っていく。

今はそんな事とてもできない。
罪悪感は無いと思うのだけど
それぽっちで会社をクビになるなんて
リスク計算する気にもなれない。
そうして盗んだ絵の具は
殆ど使わないままロフトの方、奥
段ボールの中。

埃の積もったピアノ
錆びたフルート
固まった絵の具
そういった類のものは持っているだけ哀しい。

何も買わずに店を出ると5分ほど歩いた。

集合は蹴出公園内…蹴出の池。
芝生のまん中にあるこの池には
遊んでいた子供が時々落ちては騒ぎになっていた。
深さは中央でも1メートルと無いので
事故にはならないのだけれど…
いつしか小さな木製の柵がつけられていた。

桜の枝に登って座っているのだから
いやでも目に付いてしまう。
どうやらこちらにも気付いたらしく…
スカート姿を指さして笑っているようだった。くそ。

「おーい、翠! シート敷いてあるから来いよ」。

登と公司と私は映画で時々使われるような
男2:女1のどこかちぐはぐなトリオ設定
同じ中学でずっと一緒に遊んでた。

1.行動力があって思考力のない男A
2.思考力があって行動力のない男B
3.どこか間に入って問題を持ち込む女

騒々しい宴会グループからはちょっと離れて
1本植わった、五分咲きの下となかなかのスペース。
どうみても工事に使う青いビニールシートのござが敷かれ
澤ノ井と書かれた大きな瓶の日本酒が用意されていた。
持参の素甘や御手洗団子を食べる。

「これって大福の皮?」
「こういう菓子なのよ、スアマっていう」。

揃って会うのはずいぶん御無沙汰。
ふと口を出る「最近何してる?」なんて言葉
昔は使いもしなかった。

登がフォークリフトを運転していて
金型を突き刺して会社に反省文を書かされた事。
公司が冬休みにエジプトに行って来た話だとか
同級生で早くも結婚した子の近況。

「だんご3兄弟って知ってる?」
「あれのせいで駅前の団子屋、団子が3つに減ったんだぜ。」

遠くから賑やかな音楽が聞こえる。
紙コップに注がれる良い匂いのお酒に
ぐるぐると酔った赤い目で池を眺めていると
突如、白いワニが池からあがってきた。

「わ、ワニ!」
「翠。飲み過ぎだ」。

飛びついた私を登は冷たくあしらう。

「ワニ工学に基づいてないから
 この池は暮らしにくいワニ。伝えてくれワニ。
 ワニ!! ワニィ!!」

それだけ言うと白いワニは
震える私をよそに池にもどっていった。

「そうだよなぁ、ワニも暮らしにくいべな」。
「ちょ、ちょっと公司。なんであんた見えてるの?」
「だって友達だべ」。

…なんだか酔いが回ってて
細かい事なんてどうでもよかった。

「公司さ、中学生じゃないんだから
 その擬不良調で話す癖。やめろよ」。
「だってウチのゼミよ、俺とか一人称でゆってる女の子いるべさ」。

どこまでもへなちょこな花見だった。
3人は飲むだけ飲んで
うだうだと流れるままに喋り疲れ
花降る中、芝に転がって昼寝状態だった。

「しかし…いい花見だ。ニッポン人で良かったよ、俺」。
「J花見だな」。
「ああ、J花見だ」。

馬鹿ばかり言って…。
呆れながら一緒になって寝転がった。
一点の曇りも無い青空に吸い込まれる。

(あ。J晴れ…) 。

心の中でそっと思うだけにして
まぶたを閉じる。

風が芝生を流れる音。
2人はまだ色々と話している。

「J相撲」。
「J一休」。
「ぎゃは、なんだよそれ」。
「お。J晴れってのどうよ!」

くっ…。

 

 

 

シル (shylph@ma4.justnet.ne.jp)

from 『深夜特急ヒンデンブルク号』

1999-03-29-MON

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