よりみち
パン!セ
中学生以上すべての人たちへ。
キミたちに、
伝えたいこと。



もし、息苦しいほどいまの自分が
たよりなく感じられるなら。
家を出る日を、夢見てみよう。
親の家を出て、ひとりで生きていく日を
思い描いてみよう。
家を出てひとりで暮らしはじめると、
自分の暮らしは自分のものになる。
親の決めたことに従うのではなく、
自分で決めたことに
自分で従うことができる。
これはもう、「従う」ということではない。
「自律」して生きるということだ。
日本には、自由と情報と物は
ありあまるほどあるけれど、
人の暮らしの「土台」となる決まりごとや
知恵や暮らし方が失われてしまっている。
日々の暮らしを大切に思い、
日々の自分をいとおしみ、
家族を思う気持ちがあれば、
それが「しっかり暮らしている」
ということだと思う。



家を出る日のために

辰巳 渚


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精神的につらい日々が続いたとき、
辰巳さんは会社をやめ、しばらくのあいだ仕事をせずに、
わずかな貯金で細々と、
でも自分の身の回りのことを暮らすことで、
自分を少しずつ取り戻していったと本のなかで語る。

朝起きて雨戸を開けて、窓を開け放って外の空気を入れる。
洗濯をして軒先に干す。天気がよければ、ふとんを干す。
トイレそうじをして、はたきでほこりを払い、
床そうじをする。
通帳に残っているお金を数えて、
夕飯や身の回りの、最低限の買い物に行く。
お店の人と他愛のない話をして家に戻り、
あさりのごはん山盛りにお味噌汁のみ、
という安上がりで手抜きだけれど、
大好きな献立を作って、食べる。
そんな日々の繰り返し。

会社をやめた辰巳さんの家に私が遊びに行ったのは、
ちょうどそんな頃だった。
会社をやめた理由は聞いていなかったし、
そのときも聞かなかった。
お昼どきになって、焼き魚とちょっとした煮物、
それからおいしいごはんとお味噌汁を一緒にいただいた。
「いつものごはんだよ。お金もあんまりないし……」。
そういえば、魚の切り身も、小さかったなあ。
いま考えれば、とっても質素なメニューだったと
思うけれど、私には、なぜだかそのときすごく
豊かなごちそうに思えて、
なんというか、だいじに、心を込めて食べた。
昼前に干したばかりという蒲団が、
畳にのびのびと広げてあったのが見えた。
なんだかとても気持ちがよくて、
なにかがリセットされた思いがした。
いまでもこの日の印象は、鮮明に印象に残っている。

ほどなくして、辰巳さんは元気になった。

辰巳さんがこの本で書いたのは、
きっと、そういうことなんだと思う。

打ち合わせのあと、
「ああ、私もきちんと暮らさなくては...」
とつぶやくと、
「私、きちんとした生活をしろ、なんて、
 ひとことも書いてないし、思ってないよ。
 きちんとした生活なんて、それだけでストレスだよ」
と、返された。
そう、辰巳さんが言いたいことは、

まず、最小限の「私」の暮らしを、
リラックスして、自分自身で自分自身に取りもどす。
そして、その積み重ねから生まれる知恵を、
いちばん大切にする。
ということ。

どんなに忙しくても、どんなにお金がたくさんあっても、
そこをないがしろにした暮らしは、みじめで貧しい。

(編集担当・清水檀)

2008-06-09-MON




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