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第21回 日本の将来

近頃ひどく日本の将来を憂いている。
原因は、本質をはずし続けている、
わが「国」そのものにある。
国力を向上していかなければならないという
このタイミングで、「ゆとり教育」を敢行。
小学校では「台形の面積」の計算式を
教えないようになるという。
はっきり言って唖然とした。

なるほど、記憶力と、保身・安定のための
クリエイティブネスしか持ち合わせていない
文部省の官僚や、何故これほどまでに
unsophisticatedなのだと思わせる
代議士の目からみると、
台形の面積は「不必要」としか思えないのだろう。

(女性差別発言、帝国主義崇拝発言を、
 『いつもは気をつけていてもつい油断した瞬間に
 「自然」な感じで思わず』発してしまい、
 後で不本意ながらの「謝罪」を繰り返す、
 とても下品で下等な頭の悪いオヤジが、
 一体何故政治家なのか、この国では?
 と感じていらっしゃる諸兄も多いことだと思う)。

それは、台形の面積を学ぶことが
「何故今まで必要とされてきたか」を理解できないからだ。
彼らには全く知性というものを感じない。
そもそも、何であんな輩が我々の血税を自由に操って
好き勝手にしているのかは全く不明。
中にはきちんとした人たちもいるのだろうが、
そうした人がリーダーシップを取れない状況にあるのは
火を見るより明らかだ。

小学生にとっては、将来の人生において「台形の面積」を
実生活の中で計算する機会があるとはとても思えないが、
「何故、上底と下底を足して2で割ると
面積を求めることができるのか」を
「考える」過程を知ることは極めて大切である。

「図形の面積の概念を学ぶ」ということは、
実は「暗記する」だけである。
直角の4辺で囲まれた図形(長方形や正方形)の
タテとヨコを×(かける)という記号でつないで
得られた数値を「面積」とする、
という定義を覚えるだけなのである。

一方、「台形の面積の算定方法を学ぶ」ということは、
実はこれも「暗記」だけで乗り切れるのだが、
しかし、公式の暗記よりももっと大事な
「思考」を促すきっかけになる(但し、教え方によるが)。
これは、「何事に対しても思考停止を起こさない人格」を
形成する上で、非常に重要な要素の一つであろう。
決して、公式そのもの、あるいは計算結果が
重要な訳ではない。

「極論を言うのはやめろ」とのご批判を覚悟で
言い放ってしまうと、台形の面積の求め方の
本質的な意味合いを理解していない人間と一緒に
社会生活をしていくことなどご免被りたい
という気持ちで一杯だ。

翻って、
「日本国における意志決定の馬鹿さ加減問題」に
目を移すと、この「台形の面積」の話は、
およそ問題のほんの一角に過ぎないであろう。

問題解決のプロセスそのものに問題があるのか
(これは官僚の責任)、それを意志決定するプロセス、
もしくは意志決定する人の判断力を含めた
スキルに問題があるのか(これは代議士の責任)、
もしくはその両方なのかは不明である。

「こんなことはビジネスの世界だったら
 あり得ないことですよ」とか、
「官僚や政治家はだめだ」などと
マスコミを通じて知識人、一般人を問わず
曰っているのをよく目にするが、
これは「そういう意見もある」という
レベルの問題ではなく、「絶対にそう」である。
もう少し真剣に考えた方がよい。
とにかく、我々は「格好が悪い」。

2000-02-07-MON

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