今日も金魚は。

試験の風景。

学校の夢って、見ませんか。
もう、何年も何年も昔のことなのに。
それも、たのしくわいわいやってる
学校の風景じゃなくて、
なんだか妙に焦ってる場面だったりして。

よくわかんないけれど、
なんかの試験受けてたり。
ぜんっぜんわかんなくて、
時計の音のこちこち響く教室で
ひとり途方に暮れてたり。

届いたメールを読んで、
そういう風景を思い出したのでした。

=
今日、学校でのテストが終わりました。
テストから開放されて見る金魚、
いつもより輝いてる〜〜!!
心が開放されると
ものの見え方って変わりますよね。
(モリ)

試験って、そうだったなあ。
オトナになったいまとなっては
あのときの「試験という重み」なんて
ちょっとした不自由くらいにしか思えませんけれど、
当時は試験を迎えるたびに、
「これさえ終われば」という
身に差し迫る重苦しいなにかを
いちいち感じていたように思います。

あと3教科だ、とか。
明日で終わりだ、とか。
やっと物理が終わった、とか。
終わったらまずアレだろう、とか。
何度も見てしまう教室の時計、とか。
わからないながらも書いてみる答え、とか。
試験用紙の裏に書き殴る筆算、とか。
折れるシャープペンシルの芯、とか。
あきらめて答案用紙をひっくり返して
ぼんやり眺める黒板の文字、とか。
教室の揺れるカーテン、とか。
鳴り響く最後の試験の終わりのチャイム! とか!

直前や最中の重苦しいなにかはさておき、
終わったときの開放感や明るさは、
なんだかうらやましく思います。
一夜漬けの知識が頭からどんどん解き放たれて、
あっという間に忘れ去られていくようなあの感じ。
そこだけ味わうっていうのは、ま、無理ですよね。

試験が終わった人も、
これから試験だっていう人も、
試験と無縁な人も、
試験を出す立場だっていう人も。
今日も金魚を、ご覧ください。




永田

メールは、kingyo@1101.comへ、よろしくです。  

2005-02-04-FRI
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