第7回 エロスの問題
糸井 ぼくは、この映画を京都で観たんですね。
中沢 ほう。
糸井 客席には、お年寄りがすごく多くて。

で、ぼくをふくめた、おおぜいの観客が
あっちこっちで、泣きながら観てた。
本木 ええ。
糸井 すごい映画だなあって思ったのと同時に、
こういうテーマをあつかった作品が
こんなにもたくさんの人に、
すうーっと「わかられちゃう」って、
なんだか、うれしいような、不思議なような、
そんな気分がしたんです。
中沢 よく考えてみると、おどろきですよね。
このテーマで、ここまでヒットするのって。
糸井 ちょっとむかしだったら、
インテリの人たちが
好んで評価しそうな映画ですからね。
本木 うーん‥‥そうなんですか?
中沢 差別の問題とかも、入ってますし。
糸井 うん、現代という時代は「死」や「生」を
人の肉体から遠ざけてしまった‥‥とか、
いろんな言いかたで
あたまのいい人が語りたがりそうな映画として
観られちゃったと思うんです、すこし前なら。
本木 われわれとしても、
「寝ころがって観てもわかってもらえる」
くらいの加減を探しながら、創っていました。
糸井 それが、大成功したんだと思う。
本木 脚本の小山(薫堂)さんも同じ気持ちですし、
とくに、滝田(洋二郎)監督は、
ニュアンスを残しながらも、
「わかりやすさ」に、こだわっていました。
中沢 うん。
本木 だから、逆にいうと、
おふたりみたいにインテリのかたが‥‥。
中沢 そんな言いかた(笑)。
糸井 ちっちゃなころからマルクスの‥‥(笑)。
本木 ええ(笑)、反応してくださるなんて、
ぼくのほうこそ、おどろきでした。
糸井 映画自体、「両側」に通じてるんだよね。
中沢 そう、そう。通じてる。
糸井 ポップスとして聴けるキャッチーさもありつつ、
荘厳なオーケストラを聴いちゃった‥‥気もする。
中沢 深遠な内容を伝えることに、成功しちゃってんですよ。
本木 はぁ‥‥。
糸井 あと、さっき中沢くんが言ってた
「死」に対する日本人の意識の変化も、
大きいんでしょうね。
中沢 うん、つまり、映画の観客、受けとめる側も、
この映画の内容と似たようなことを
感じはじめてるんだってことだと思うんです。
糸井 そう、だからね、ぜんぜんヘンな意味じゃなくて、
運も良かったんだなと思います。
中沢 「15年前じゃなくて、今」という
できあがった時期のことも含めてね。
本木 ああ‥‥なるほど。
糸井 『ファンシイダンス』のときに
「お坊さん」だったモックンが主演だし。
本木 あははは(笑)。
糸井 あの禅僧って「ポップス」じゃないですか。
本木 そう‥‥ですね。
糸井 あの映画が、お坊さんが「ポップス化」してしまった、
ということを描いてるとするなら。
中沢 つまり「お坊さんの不在」を、ね。
糸井 こんどの映画で「納棺師」が、
それまでのお坊さんの役割を引き受けたんですよ。
本木 様式的で‥‥でも、リアルな方法で。
中沢 そう、様式だけどリアルなんですよね、
納棺って。

たとえば「茶道」とか「華道」の所作って
いま、完全に形式的になってますよね。
糸井 たんなるカタチになってる。
中沢 どうして、あんなふうなやりかたで
お茶を飲まなきゃならないかって、
わかんなくなっちゃってるでしょう。

お花なんかも同じだと思うんだけど、
この納棺は‥‥観ててリアルなんだよなぁ。
本木 ああ‥‥。
糸井 ひとつには、やっぱり「死」というものが、
ぼくらにとって
つねにリアルだから‥‥なんでしょうかね。
本木 まず、ほんもののご遺体が
目のまえに、横たわってるわけですし。
中沢 そうだよね‥‥そのリアルさ。
本木 ぼく、納棺の儀式に立ち会っているときに、
納棺師というのは、
役者という職業的視点から眺めても、
本当におもしろい存在だなって思ったんです。
糸井 わかります。
本木 それぞれのお宅という「劇場」も毎回ちがえば、
ご遺族という「観客」もちがう。
中沢 ご遺体という「相手役」も変わるしね。
本木 本番一発勝負だし。
糸井 うん。
本木 ジャズのインプロビゼーションみたいな要素もあるし、
場の空気を読んで、
遺族を誘導し、儀式をとりしきるところなんて
どこかオーケストラの指揮者のようでもあるわけです。
中沢 ほほう。
本木 でも、きっと、
役者は役に同化し、共鳴しようと
自分自身をアピールするけど、
納棺師は、遺族に寄り添うのが基本。

つまり、目のまえにいながら、
「黒子」を演じるんです。
糸井 なるほどね‥‥ぼくがね、その「黒子」に
まず「持ってかれちゃった」のは‥‥
いっちばん最初の、冒頭のシーンでしたね。
本木 ああ‥‥。
糸井 さわるじゃないですか、ご遺体の。
中沢 ああ‥‥。
糸井 股間を。
中沢 うん。
糸井 あれで、この「納棺」にまつわる「エロスの問題」を
いともカンタンに、解決しちゃったんですよ。
<つづきます>


2008-12-03-WED

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN