いきものの先生 野村潤一郎
第6回 クワガタムシも笑うんだ。
野村 本来父親は、
種だけ撒いて去っていく存在です。
次の人がせっせかせっせか
掻き出すこともあるわけですから。
一方、畑側の母親の母性はものすごく強くて、
父親の父性より勝っています。
ほぼ日 なるほど。
野村 ところが、それに勝るものがもうひとつあって、
それは、犬と飼い主のテレパシーです。
ほぼ日 そうなんですか。
野村 「父ちゃんヴィオちゃん通信」
というのがありまして。
ほぼ日 はあ。先生のワンちゃんの。
野村 この間亡くなったんだけど、
ヴィオラっていう犬だったんです。
僕とヴィオちゃんはですね、
いっつも心の中で呼び合ってたの。
僕が「ヴィオちゃん」と呼ぶと
向こうが「父ちゃん」と呼ぶ。
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
ほぼ日 テレパシーで?
野村 はい、そういうものですね。
僕が海外に行くとどうなるでしょうか。
ほぼ日 どうなるんでしょうか。
野村 成田空港でも、まだつながってます。
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
「離陸しますので、
 シートベルトをお締めください」
ウイ〜ン、クォォォォオア〜、
♪チャラリラ〜(機内アナウンスの案内音)。
ほぼ日 はい、はい(笑)。
野村 そうすると、
「ヴィオちゃん」‥‥「父ちゃん」‥‥
「ヴィオ‥‥ちゃん」「父‥‥ちゃん」
通信のインターバルが
だんだん長くなっていきます。

そして海外の、
ニューギニアあたりまで行っちゃうと、
もう届きません。
でも、ふたたび成田空港に降り立つと
復活します。

ビ〜、ジャジャジャジャジャ、
ザザッ、ザザッ(無線電波のノイズのような音)、
「ヴィオ」、ザザッツ、
ザザザザザッツ「父ち」ザッ
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
「ヴィオちゃん」ザザッ
「父ちゃん」「ヴィオちゃん」「父ちゃん」

ほぼ日 本当ですか。
野村 成田からスカイライナーに乗って
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
中野駅からタクシーに乗って
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
「ヴィオちゃん」「父ちゃん」
そして、玄関のドアまで来ると既に
おもちゃくわえて「おかえり」。
ほぼ日 へええ。
野村 僕が成田に降りたときに
犬が部屋でウロウロし出すから、
そうするとみんなが
「あ、院長先生、成田に着いたね」
って、わかるんです。
ほぼ日 すごい。
ほかの動物‥‥たとえば
猫にはないんですか?
野村 猫にはありません。
猫といういきものと
犬といういきものが違うからです。
ほぼ日 残念。猫にはないんですか。
野村 猫と犬が違うからこそ、
猫と犬がいるんですから。

猫は猫のすばらしさがあって
犬は犬のよさがあります。
例えば、飼い主が強盗に殺されても、
猫は何もしません。
でも、それは猫が悪いのではなく、
猫がそういういきものだからです。

犬は集団で獲物をしとめるから
チームを組む能力に長けています。
猫は一匹でハンティングするから、
単独行動が得意で、
爪も牙も鋭く、足も速く、
動物として洗練された形をしています。
灰皿と万年筆は違うんです。
それだけのことで、
どっちが偉いなんていえないんです。

ほぼ日 動物とすごすことで
見えてくるものはたくさんありそうですね。
野村 うん。やっぱり、
動物を飼っている人は、
「違うな」と思いますよ。
まずは、自分が食べること以外のところで
人間以外の命を愛せること。
ひとことでいうと、心に余裕があるんですよ。
ほぼ日 いやおうなくそうなりますね。
野村 でしょ? そうすると、
その人の人生ってずいぶん違うな、と
思うんです。
エジソンやレオナルド・ダ・ヴィンチなど、
人間圏で成功している人たちは、
例外なく動物好きですよ。
ほぼ日 ああ、なるほど。
野村 「動物が嫌いだ」と言っている人で
成功している人は、
僕はひとりも見たことがないです。
自分の力で何かを切り開いて、
文化や文明を作り出した人たちは
例外なく動物が好きで、
自然科学に興味ある人たちばかりです。
ほぼ日 いろんな人を思い浮かべると、
たしかにそうかもしれません。
野村 余裕のない人間ほど
「犬にも心はあるんですか?」とか、
わけわかんないことを言うんですよ。
クワガタムシだって、
突っつけば怒るでしょ?
ほぼ日 はい、はい、怒ります。
野村 かみついてきますよね?
でね、怒るってことは、泣くんだよ。
ほぼ日 はあ。
野村 で、泣くってことは、
笑うんだと思うなぁ。
ほぼ日 ええ?
野村 僕が3歳ぐらいのとき、
カナリアのオスとメスを飼っていました。
ところが、うちのおふくろが
エサ箱を掃除するときに、
メスの足を鳥カゴで挟んじゃった。
それがもとで、メスは死んでしまいました。
そうしたら、それまでいつも
唄っていたオスが、
急に唄わなくなったの。
エサも食べなくなって、
いつもうずくまるようになって、
そして、死んじゃいました。

そのときに、思ったんですよ。
「食べものを食べてりゃ
 生きていかれるってわけじゃねえんだな」って。

大人になってからの結論は
「体はご飯を食べて生きていくけど、
 心って、
 愛や夢を食って生きてんじゃないかな」
ということでした。

カナリアも人間も、
本当は
夢食って生きてるんですよ。

ほぼ日 夢を。
  (つづきます!)
2008-05-15-THU
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