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樹

 NINTENDO64ソフト
「ポケモンスナップ」
 制作した「ジャックアンドビーンズ」の
 開発秘話を満載してお届けしている、
 今回の「樹の上の秘密基地」です。

 


ソフトが完成して、ようやくスタッフも
3年半の開発の苦しみから解き放たれる時がきました。
彼らの喜びの声を聞いてください。
また、今回は「ジャックの豆の木プロジェクト」生みの親である
宮本さん、岩田さん、糸井による特別座談会をお届けします。
ゲームは出来た、さて、あらためて問われる
「ものを作るとは何か?」必読です!

(第5回の5)

「 特別座談会・今だから言えること」
 
〜 ものをつくるとは何か 前編 〜


糸井重里(以下糸井)
「ものを解決する喜び」って、
人間のホルモンとまでは言わないけど、
一番の楽しみじゃないですかね。
つまり、矢で的を射る喜びだったり、
女の子をくどいてパンツを脱がせる喜び
だったり、さ。
食いたいものを手にする喜びだったり。
それって、一度味わっちゃうと、もう
抜けられないよね。

宮本茂さん(以下宮本)
「あ、わかった」っていうものがあると。

糸井:
目的のある集団が強いのは、
獲得目標がはっきりしてるから、
それを喜びに結びつけるっていうことが
出来るでしょ。
だから、宮本さん、前によく言ってた。
「どんなチームでも、途中でへとへとに
なってても、ゲームが出来ると、そのあと
みんな飛ぶんですよね。」って。

宮本:
うん。

糸井:
だいたいは「動機」の問題だよね。
大きいのは動機だと思う。
今までだったら、「偉くなる」とか、
「給料が上がる」「いい家に住める」とか、
そういうことに全部納得させられて
きたんだよ。うまいことさ。
で、「なんか違うような気がする」って
思ってそれを口に出しても、
「でも、おまえ金欲しいだろ?」「ええ」
ってなってきたんだけれど、
もう、いま、親の世代からそうじゃなく
育ってて、ある程度ちゃんとメシが食えて
家もある、っていううちで育った子は、
それがすごいもんには見えないよね。
ああ、あれ、同じだ、うちの親と、って
思っちゃうよね。
考え方変わったんだと思う。

宮本:
ぼく、何が動機なのかな。
そう言われると困るなあ(笑)。

加藤博孝 (かとう ひろたか)
プログラマー

最初は、終わったらさっさと
撤収しようと思っていたんですが、
いざ行ってみると、みなさんが
すごくよくしてくれたんで、
打ち上げが終わってからすぐに
元の会社に戻ったんですが、
ものすごく惜しかったですね
いざ離れるとなると、惜しいな、
もう少しやりたいな、という思いが
ありまして。
みんなにずいぶん世話をかけて
しまいましたし、迷惑なお願いも
したんですが、とても温かく接して
くれたことに、感謝しています。

糸井:
昔みたいに、「決まりごと」を盾にとって
責任を逃れるっていうことを
やりにくくなった分だけ、
「個人の責任で責任を逃れる」という
形になったって考えると、
ちょうどいいのかもしれないね。
「だっておまえ、そういうもんじゃ
ないだろうよ」っていう言い方は、
出来ないじゃないですか、もう。
「ええ、僕はダメなんです」って言葉が
返ってくるからさ。

イトイ

岩田聡さん(以下岩田)
何だろう、責任をとりたくないというか、
人のことまで左右してしまうようなことを
平均的に嫌ってますよね、みんなね。
それは割に合わないっていう感覚が
前面に出てくるっていう感じがしますね。

糸井:
女の子にふられたくない、みたいなムードと
けっこう似てるよね。
で、一方では、ものすごい裏切りに
あったりあわせたりしてる、みたいな。
そうとう、辛いんじゃないかなぁ。
今、若者をやってるっていうのは。

宮本:
その意味でも、ジャックチームの
スタッフのキャリアと年齢を考えると、
彼らだけで運営するっていうのは
けっこう難しかったね。

糸井:
うん。ジャックの子たちに限らずさ、
今の若いひとたちだけで
ものを作っていくって、難しいと思う。
スタッフ同士で揉めたりするわけだし、
自分とは意見のあわないひとに、
自分の考えを伝えて納得させるのって、
面倒なことだもん。
リーダーだって同じに若いわけだからさ、
そんときに、それを何かのかたちで
分からせる方法ったって、ないですよ。
ちょっと離れてみればさ、
「石ノ森章太郎だって、最初は
少女マンガからデビューしたんだぞ」

とかさ、類似の例は山ほどあるわけだよ。
そういう話ができるじゃないですか。
それが説得力ってやつですよね。

猪ノ口幸治(いのくち こうじ)
ディレクター

団体戦の楽しみというか、
喜びを感じました。
それまでは小さなプロジェクトで
やってましたから。
やってる途中は、野球のグラウンドで
自分だけで走り回っている感じが
ありましたけど、最後、試合として
見ると、全員がかみあってて、
うまいことやってたんですね

 

 

 

 

岩田:
自分は、どこかの時点で、当初自分が
考えてた、ジャックの理念の旗を
降ろさないといけなかったんだなぁ、と
思いましたね。
やっぱりね、チームに核があって
「この人の言うことを聞きなさい」って
いうふうにすべきだったと、
反省してますよ。
でも、ある意味では「新しい試み」として
考えていた部分でもあったんで、
今回の組み合わせ、チーム構成に対して
うまく機能しなかったというだけだった、
とも言えるのでね。
この新しい試みが、どんなケースでも絶対に
成功しない、っていうわけじゃなくて、
この顔ぶれには適していなかった、って
いうことだから。
まあ、途中で何度か修正して、最終的には
もちろんあるレベルの運営ができたから、
完成したんですから。

イワタ

それこそ私は、どんなに時間について
個人に裁量を与えていても、
必要が分かれば、みんなちゃんと
朝から出てくると思っていたのに、
現実にはそうはならなくて、
あるとき、「今日から完成まで、
全員朝10時半に来なさい。
来ないものは遅刻だ。」っていうような
ことを言ったのね。
言いながら、おれはこんなことまで
言わなければいけないのか
って思って。
これはもう、すごい、自分にとっての
敗北感があることだ、みたいなね。
「そういうことが自分で分かるやつらだ」
と思ってつき合っていたんで、
残念でしたね。

編集部:
それって、開発期間の3年半のうちの
どのくらいの時期のことですか?

岩田:
最後の半年です。
やることはもう、目の前にてんこ盛りに
あって、やるべきことも見えてて、
その量と残された時間から考えたら、
仕事の密度をあげるしかない、って、
誰もが分かって当然のタイミング。

東山 静 (ひがしやま しず)
デザイナー

終わってよかったです。
ただ「お世話になりました」。
その気持ちだけです、今は。
東京は初めてだったし、知り合いも
いなくて1人だし、
生活も環境に慣れなくて、すごく
苦しかった。
仕事も「CG経験者じゃないのは
あなただけです」と言われてたので、
ものすごく焦って、逆に落ち込み
すぎた時期がありました。
でも、そのときに社長がメールの
やり取りをしてくれたんですよ

今思うと、とてつもなく馴れ馴れしい
ことを書いてるんですけれど、
それがすごく助かったというか、
誰かが私の話を聞いてくれただけで
落ち着けたんです。
ほんとにいっぱい感謝してます

 

 

 

宮本:
糸井さんにも2度くらい
「励ましに行ってください」って言ってね。

糸井:
僕は、その岩田さんを見ていて、
「岩田さん、これをどういうふうに
するんだろう」っていうのが、なんか
すごく、お兄さんを見ているみたいな
気持ちで見てた

ときどき別の打ち合わせで会うと、
報告してくれて。
「いやあ、岩田さん、」って言って。

ミヤモト

宮本:
ぼく、岩田さんに言ってましたっけ?
「ジャックに集まった人たちの気持ちとか
意識という問題でいけば、『キャベツ』
(編集部註:糸井がハル研と一緒に開発
しているN64のゲームソフト)を
ジャックで作るべきなんじゃないか」って。
ぼくは真剣にそう思っていた時期が
ありますよ。
そのほうが、ジャックのみんなにとっても
すっきりするんじゃないか、って。
たとえ大幅な路線の変更になっても、
彼らの第1作目がそうやって世に出て、
ちゃんと答えを得ていくことのほうが、
彼らにとっては重要や、と思ったんです。

けど、そしたらみんな、今度は
糸井さんのほうを見ちゃうのかな。

糸井:
また「赤ちゃん」やっちゃうのかもね。

宮本:
動かない状態になっちゃうでしょうね、
それはそれで。

篠原 (しのはら)
プログラマー

ハードウェア担当出身ということも
あって、ゲームプログラムだけじゃ
なくて、社内の いろんなことに
手を出している
んです。
ソフトだけをやるわけでもないし、
ハードだけをやるわけでもないし。
そういう枠を越えて、
いろいろできるんで、 面白いですね。
今回、いろいろ苦労も
ありましたけど、完成して
本当に良かったと思います。

 

 

 

糸井:
割と「毒」なんですよ、俺って。
瞬時の説得力で場をまとめちゃうから、
俺が帰った後でみんなすごい宙ぶらりんに
なるんですよ。
そうやって、壊しちゃうんだよな(笑)。
だいたいはさ、出かけていって、
ハシゴをパーンとはずして、
「ほら、歩けるじゃないか。
そしたら次は空中遊泳だ!」
みたいにして
帰ってきちゃうから。

宮本:
それ、僕もそうかもしれない。
だから、ほんとにしょうがない最後には
一緒にやる。
で、やってると、何となく分かってきた
ような気がする、ってみんなが言う。
だから僕は、ジャックに関しては
けっこうハシゴを蹴って帰ってきたような
ところがありますよね(笑)、毎回。


糸井:
宮本さんが「これはいけるよ」と言った、
っていうようなことを、
みんなはすごく励みにしてたね。
で、だからって、宮本さんが何かを
してくれるとは思っていないから、
その程あいがよかったんじゃないですか。
もし、俺が行ったらさ、みんなと
一緒になって考えちゃってさ、
「よし、じゃ、ぜんぜん違うことしよう!」
とかって言い出しちゃってさ。
これは恐いですよ。
「ピカチュウで、写真で」なんていう
ところには、落ち着けなかったと思うよ。
「もっと疑え!」なんて言って(笑)。

宮本:
僕もね、ひどいんですよ。
カメラマンが歩き回って何かしてたときに
言ったと思うんですけど、
「これね、この手法をとことんやったら、
マリオ64と同じプログラムと、
同じシステムをまず組んだうえに、
『スナップ』っていうゲームも
作らなあかんのよ。
そんなん、誰がやるの?」って。
「64にそれだけの能力があるの?」って。
このチームにだけってことじゃなくて、
だいたいどこでも同じこと言ってる。
いつも僕の論法ってそうなんですよ。

岩田:
うん、それ、ひどいこと言ってましたよ。

宮本:
言ってましたっけ?
ほかんとこでもそう言いますから。

岩田:
宮本さんってやっぱり、すごくその部分は
理詰めで考えられてて。
このチームの持っているリソースの限界や
強みや弱みや、そういうものから判断して
ロジカルに出来るのはこの範囲で、
この部分に勝負をかけるべき、とかね。

川瀬シゲゾー(かわせしげぞー)
デザイナー

出来上がりに関して、すごく満足して
いるというわけじゃないのですが、
こんなに大きなプロジェクトを
自分たちで終わらせたことは、
非常にいい収穫になったと思います。
こんな大きなものを作ったのは
初めてでしたから。
自分の想像を超えるところがあって、
「満足」という表現とは違うけど、
「こんなに世間が騒ぐものを
作ったんだ」 という気持ちですかね。

特に自分の担当したグラフィックの
表現については、まだまだやれる
だろう、って思っている部分が
いっぱいあります。
「グラフィック、きれいですね」
と言われるけどまだまだですよ。
いや、謙遜じゃなくて、本当に
そう思っています。

 

 

 



「早くこの先が読みたいぞ」という方、 慌てないで、
ちょっと待っててくださいね。
次回もこの特別座談会の続きをお伝えします。
ますますパワーアップする3人の対談、友だちにも知らせるんだっ!


1999-6-15-TUE


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