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樹

ゲームはまだまだ新しくなる! 新世代の主役たち

「まだ誰もやっていないことが、やりたかったんです」
「今まで特別に影響を受けたゲームは、ないですね」

静かな、でも力強い彼の言葉に、
「ほぼ日」はこれからのゲームの可能性を見ました。
新しい考えを持ったクリエーターたちがつくった
新しいゲームを、今回はご紹介したいと思います。

売り切れ続出の
「ピカチュウげんきでちゅう」を開発したチーム、
アンブレラの小澤さんへのインタビューは、
開始早々期待どおりの面白い話に注目が集まっています。
ピカチュウがどんなふうに言葉を理解しているのか、
連載第2回は、音声認識システムの話を中心に伺いました。

(第3回の2)
「目の前にあるキノコのほうが大事だと、  
 ピカチュウが思うこと」

音声認識の精度自体は、
ゲームに使おうと思ったときに要求されるレベルよりも、
十分すぎるほど高いと思っています。
もちろん、ゲームによっては、
もっと高い精度で認識してくれた方が
いいものもあるとは思うのですけど、
そういうふうになればなるほど、
コントローラーとかキーボードを使って
もっときちんと入力したほうが、
ゲームとしては、より快適になりますよね。
だったらそうすればいいだけだよね、って思うから。
くちで言ったことがなんとなく伝わっているっていう、
あやふやな感じのところもあるものとしては、十分楽しく
使える道具としての精度がすでにあったからこそ、
音声入力を使ってみようと思ったんです。

ぴかちゅう

精度的にはしっかりしているけれど、
言ったことをそのまんま
1対1の対応で反応するだけのものってのは、
最初おもしろいけどすぐに飽きちゃうし、
それは、その技術そのものがおもしろいだけで、
わざわざゲームである必要もなさそうだしなぁ、
と思ったんで、そこはずいぶん苦労しました。

最初はほんとに、
声をかけてパッて出てくれば、それだけで嬉しいじゃん、
って思っていたりもしたんですけど、
それはコミュニケーションというものとはほど遠い、
入力手段のバリエーションが
増えただけでしかないものですよね。
Aボタンを押したら「いま、Aボタンが押されました」
っていう表示が出るのと一緒。
最初は「おっ」とかって思うかもしれないけど(笑)、
それはゲームじゃないよなぁ、って。

声をかけてみて、
じゃあ、なかのゲームの世界にどんな変化が起こると、
ゲームとして、遊びとして、成り立つんだろう?
っていう部分で、試行錯誤が長かったですね。

結局、コミュニケーションするということは、
「中にいるヤツが自分の言ってることをわかる」ことと、
「自分に中のヤツらからなんか伝わってくる」こと。
そういうものをつくるのが、
音声を使ったゲームでの本質的に面白い部分なんじゃ
ないかって思ったので、そしたらやっぱり、
こっちがなんか言ったらそれに従うだけのヤツよりも、
むこうに強い意志があって、
こちらがなにかを言っても聞いてくれない
、ぐらいの
強力な個性がほしかった。
「きみが言っていることよりも、今、
 自分の前にあるキノコのほうが重要だ」みたいな。
これをなんとかしたい、というピカチュウの気持ちのほうが
強いってことを優先したかったんです

画面に向かって話しかける、という
わけのわかんない行為って、
ただでさえ声を出すまでの心理的な敷居が
すごく高いですよね。
そのうえ、知らないものに話しかけるってなったら、
けっこう辛いよなあ、というのが実感としてあったんで、
だったら、みんなが知ってて、
仲良くなりたいと思えるヤツであるほうが、
最初に声をかける相手として登場してくるには
適当じゃないか、と思った。
キャラクターはピカチュウで、という提案を頂いたのは、
願ってもないことでした。

小澤さん

ピカチュウがゲームの中でどういう認識をするかは、
いろいろな場面場面で、変えています。
おおもとの技術的に分解していくと、
まず外にマイクがあって、装置があって、
64本体があります。
この装置を「VRS」
(=Voice Recognition System、音声認識システム)

といいます。

例えばピカチュウにキノコをとらせたい場面で
「キノコ」、と声をかけたとしますね。
VRSのなかでは、あらかじめインプットされている
「キノコ」という言葉に近い言葉かどうかの判断があって、
そのほか、音の大きさ、音の長さ、といったような情報が
VRSで認識されて、ゲームのなかに送られてきます。
音声認識の結果を、64で動くゲームのなかで
どういうふうに扱うかは、
ゲームの状況によって変化させています。
「ピカチュウげんきでちゅう」の場合、
そのときのピカチュウの状態にあわせて、
「いま、キノコって言ったみたいだなぁ、でも
 今の状態のピカチュウは、なんか声をかけられたな
 っていうことぐらいしかわからないよ」
というような状況であれば、
「キノコ」という情報はもう捨てちゃって、ただ単に、
あ、声がかかったぞ、という状態にさせちゃって、
「なあに?」っていう動作をさせる、とか。

音声認識で識別しやすい言葉と、
ひとの耳で聞いたときの、
この言葉とこの言葉は似ているっていう
いわゆるダジャレっぽい言葉、
例えば「ピカチュウ」と「ギザジュウ」が似てるとか、
そういう言葉を、VRSの認識のレベルでは、
実際にそれを似てると思う場合もあれば、
すごく似てるような気がするけど
きちんと違いを聞き分けられる場合もあるし、
全然違う言葉なのに、同じ言葉だと間違って
認識しちゃうことが多い言葉もあるし。
場面場面で違っているんですね。
そこはやっぱり、人の耳に鼓膜があって、
耳のなかに、つち骨、あぶみ骨とか、そんなようなものが
震えて認識しているのとはちょっと違うパターンで、
似てるとか似てないとかってのが、あったりするんです。

ピカチュウ自身は、ひとが聞いているのと
同じ反応をするように、表現しています。
それは、聞いた言葉を
どういう単語として認識できるかという、
もっと技術よりの話になるんだけど。
ひとことで言っちゃうと、
今はただ単に聞きまちがえたんだ、っていう意味で、
ピカチュウはひとと同じように行動します。

ただ、その「聞きまちがいかた」が、
もしかしたら、ひととは違うんじゃないかなぁ。
それはまあ、よくわからないへんな生き物だから、
そういうことでいいんじゃないかなぁ(笑)

カラスとかが微妙に鳴き分けていたりするのも、
ひとから聞いたら、ただ「カア」としか聞こえないけど、
カラスにしたら、きっと何パターンかあったりして、
合図とか鳴き分けて送ってたりする、っていうのと一緒で。
そういうふうに、
誤認識はしやすい、誤認識は起こりうるもんだ、
ということを前提に、つくってます。
これが、こういうゲームの特徴なんじゃないか、と
思っていますね。

ピカチュウに意味のわかる言葉として
200〜300くらいは入れてあると思うんですけれども。
このゲームの世界観として、
これぐらいの言葉を聞き分けられるといいだろうな、
と思って入れたのが
たまたまそれくらいの数だったっていうだけで、
音声認識の技術的には、まだまだもっともっと
いくらでも増やせるし、
だからその数自体にはたいした意味はないですね。
どうしても、今、このケースでは
「ニンジン」っていう言葉を聞き分けてほしい、という
場面のパターン数として、このゲームの場合、
そのくらいの数だったということです。

コミュニケーションって、どんどん深くなればなるほど
特に言葉の意味とかはどうでもよくなっていくかなぁ、
って、ぼく自身は思うんですけどね。
ひととでも、そうでしょ。
よく、「あぁ」とか「ん」とか、こう、
適当ですよね(笑)。
どっちかっていうと、意味よりも「間」とか、
そういうほうが、コミュニケーションには
重要じゃないかなぁという気がしますね

ピカチュウともそうだし、そうじゃなくても、
猫とでも犬とでも、人とでも、ほんと、そうかなぁ。

でも、それはあくまでぼくにとっての理解。
たとえ同じことをしてたとしても、
遊んでるひとによってその捉え方は変わってくるから。
実際、ぼくと内山さん(※このインタビューに
同席してくれたマリーガルのアンブレラ担当マネージャー)
とでは、同じピカチュウをみているときでも
違う捉え方をしているし、
それは見ている人の持つバックグラウンドの違いから
くるのだろうし、また、ゲームのなかのピカチュウに
いろいろな側面があるから、でもあるし。

自分で持ってるのには
「こいつがぼくのピカチュウ」っていう意識はありますよ。
家にそういうのがいて、会社にもいるし、
テレビでみたり、誰かが遊んでたり、
どこかに飾られていたりするのを見ると、
「あ、うちのヤツの仲間だな」って、思います。
「あぁ、あんなところにもいるなぁ」って(笑)。

(内山さん)
ぼくもそうですね。
ピカチュウ自身を理解しているので(笑)。
勝手にですけど。
あぁ、こいつ、こういうことだろうなぁ、とか思って。
だから会話はすごく少ないですよ。ぼくは。
「ピカ」、「はい」、「そうね」、なんて。
Zボタンを押してしゃべってるときよりも、
離してずっと独り言でしゃべってるほうが多い

ずうっと触ってきたソフトだし、
ヤツとの付き合いも長いですから、
今日もそのへんにヤツがいる感じってありますよ。
ちょっとそこに静かに座っておとなしくしてろよ、
っていうような(笑)。
お、静かにしてるなぁと思ったら、いつのまにか
そのへん(マリーガルの庭)で
くるくる走り回ってたりするんですよ。
そのうち飽きて、部屋の隅でティッシュをまいてたり、ね。

 


というところで(第3回の2)
「目の前にあるキノコのほうが大事だと、ピカチュウが思うこと」
は終わり。次回は「進めることが目的のゲームじゃない」
というタイトルで小澤さんに話をすすめてもらいます。
お楽しみに。


1999-2-15-MON


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